The Little Mermaid-10年の宝物-[6] ※人魚姫パロ翌日。 城では王子とヨコザワの結婚パーティーが 着々と準備されていました。 ホールは華やかに飾り付けられて、 王子とヨコザワを祝福する品がたくさん運ばれてきます。 その山のような品物の隣に、どこか物憂げに 正装した王子が立っています。その姿は心ここにあらずといった様子でした。 対する隣のヨコザワもいつもの服ではなく、 こちらも正装をして、表情はいつもよりも朗らかです。 運ばれてきた品を見ながら、時折王子に何かを話しかけています。 そこに出ていくのはためらわれましたが、 この体が消えてしまう前にどうしても直接王子に渡したかったリツは、 紙に包んだそれを大事に抱えて、おずおずと近づいていきました。 「あ…」 今までの憂いの表情が嘘のように、リツを見つけた王子の顔には わずかな喜びが浮かび上がります。 「どうかしたのか?」 そう尋ねられて、リツは紙に包んだ本をそっと王子に差し出しました。 「これは…?」 それを受け取った王子は不思議そうにそれを見つめます。 今、それを説明する訳にもいかず、 リツはとっさに届いた祝いの品の山を指差しました。 「結婚の…祝いなのか?」 その問いかけに頷くと、王子は複雑そうな顔をします。 対するヨコザワは満足げな顔を浮かべてリツを見ました。 「お前もわかってるじゃないか。 よかったな、マサムネ。こいつにも祝福してもらって。」 「…」 ヨコザワの一言に王子の顔はさらに曇ります。 リツはその表情に苦しくなりましたが、 勇気を振り絞って、ヨコザワの手を握りました。 「!?」 突然の行動にヨコザワ、そして王子も驚いたように リツを見つめてきます。 (どうか…どうかこの人を幸せにしてください。) 自分には叶えられぬ望みを、ヨコザワに託し リツは精一杯頭を下げます。 例え、この婚儀のきっかけが嘘だったとしても ヨコザワが王子を愛していることは痛いほどわかっていました。 だから、リツは必死に頭を下げます。 あの浜で、愛情に憧れていると呟いた王子を どうか幸せに、愛で包んであげてほしいと祈りながら。 「お前…」 ヨコザワがぽつりとつぶやくと、リツはそっと手を離し 今度は王子に向けて深く頭を下げます。 (マサムネさん…どうか幸せになって。) こぼれてしまいそうな涙を抑え込み、 顔をあげたリツは満面の笑みで微笑みかけました。 そして、もう一度軽く会釈をして、2人に背を向けます。 「おいっ…」 「王子、ヨコザワ様。 そろそろ婚儀が始まりますのでご準備を。」 歩き出したリツを追いかけようとした王子は 城の者に止められて、追うことはかないませんでした。 (これで…よかったんだ。) リツはその足で城を出て、あの浜へと向かっていました。 遠くからは婚儀が始まった合図の鐘が鳴り響いています。 その鐘は王子の幸せを祝う鐘。 それを聞くリツの心は穏やかでした。 *** 城の中では婚儀が厳粛に進められていました。 聖歌が歌われ、神父が聖書を朗読し祈りを捧げます。 式が進んでいく中、王子はどうしても さきほどのリツの様子が頭から離れませんでした。 互いの指輪が交換された後、 誓いのキスを促す神父の声さえ、今の王子には遠く聞こえます。 なぜ、あんな風に笑ったんだろう。 王子は、彼が自分を好きでいてくれると確信していました。 そして自分が彼を愛していることも。 本当ならすべて捨てて、彼と2人どこか遠くで 暮らしていけたらいい、そう願っていました。 しかし、それはかなわぬ願い。 逃げたところで、もし捕まった時、 罰を受けるのは王子1人ではないのですから。 あの浜で、彼に人魚なのかと問いかけた時、 王子は本当に人魚だなんて思っていたわけではありません。 しかし、あの10年前に見た人魚とあまりにも そっくりな彼に王子は一目惚れしたのです。 だからもし、あの時、彼が自分の気持ちを悟って 頷いてくれたならすべて捨てて2人で逃げるつもりでした。 まるであの本のような運命的な出会いを信じて… そこまで考えて、ふと先ほど彼に渡された 祝いの品を思い出します。 あれはちょうど、本と同じような大きさ重さで… 「!!」 そう思った瞬間、王子は婚儀の最中であることも忘れ、 それを置いていた台へと駆け寄りました。 「マサムネ!?」 叫ぶヨコザワにも目をくれず、王子は彼がくれた 包みを乱暴に開きます。 そして、そこに現れたものに目を見開きました。 「これ、は…」 王子は本を掴み、はじかれたように城の外へと飛び出していきました。 *** 「やっぱり燃やせなかったんだね。」 浜で海を見つめていたリツのところへ、 いつのまにかイサカが近づいてきていました。 その問いに、リツはこくりと頷くと イサカは困ったように笑いました。 「君は本当にそれでいいのか?」 イサカはそっと光る粉をリツに振りかけながらそう尋ねてきます。 途端、リツの体は人魚の体に戻り、 その瞳にもエメラルドの輝きが戻りました。そして… 「あ…」 リツは久しぶりに自分の声を聴きました。 驚いた顔でイサカを見つめると、イサカは苦笑いをしながら答えます。 「最期くらい、本来の姿で迎えたいでしょ? これはおまけ。君が消えてしまうことに変わりはないけど。」 「イサカさん…ありがとう。」 消えるときは人魚の姿で。10年前、王子と出会った時の姿で。 そう思うと、リツの胸には幸福感すら湧き上がります。 「で、さっきの問いだけど…あ。」 何かを言いかけたイサカが、らしくない驚いた顔で リツの後ろを見つめます。 「え?」 そんなイサカを不思議がって、リツも後ろを振り返ります。 そこには、リツが想像もしていなかった人が立っていました。 「あの時の人魚は…本当にお前だったんだな。」 確信を持った口調でそう問いかけてきたのは 今、城で婚儀の最中であるはずの王子でした。 その答えをごまかそうにも、今のリツは人魚の姿に戻っていて 今更人間ですなどという言い訳は通用はしません。 「…」 口をつぐむリツに王子は1歩1歩近づいてきます。 しかし、その顔は瞬く間に驚きに変わりました。 「お前…その体…」 王子の言葉にリツ本人も変化に気づきました。 すでに尾ひれのほうから、リツの体は泡へと変わり始めていました。 「嘘をついて…ごめんなさい。」 「そんなのどうでもいい!なんで…なんで消えてんだよ…」 王子は取り乱したように、叫びました。 その間にもリツの体はゆっくり泡となって海へと溶けていきます。 「これは…俺の罪です。人魚であることを捨て、 人間になった俺への当たり前の罰なんです。」 リツはまだ残る尾ひれの部分を大事そうに撫でながら 穏やかに王子に語ります。 「俺は…10年前、あなたを見て恋をしてしまった。 ずっと焦がれてた。あなたが落とした本をずっと持ちながら。」 リツは王子が手にした本を見つめながら、10年間の日々を思い出します。 楽園で兄達と過ごした毎日。 こっそり隠れて海面に上がった数えきれないほどの嵐の夜。 そして、王子のそばで過ごした1週間。 「人魚が人間に恋をする。 叶わない願いを持った罰です。」 「それが罰っていうなら…俺だって受けるべきだ! 俺は…俺だって10年前からお前が…」 王子は消えそうなリツに駆け寄って、 その体を思いきり抱きしめました。 「ずっと好きだった。他の誰も目に入らないくらい。 一瞬だけ見えたお前が…10年間ずっと。」 暖かな腕に抱かれて、その言葉をもらっただけで リツは満たされる思いでした。 しかし、その薬指には誓いのリングがはめられていて、 どれだけ心で思おうと、王子はすでにヨコザワと婚儀を交わしたのです。 リツの消える運命は変わりません。 「どうすれば…どうすればお前は消えなくて済む?」 儚くなっていく腕の中の存在に王子は必死に問いかけました。 しかし、本を燃やすという答えをリツは伝える気はありません。 「なぁ…答えろよ…まだ、まだ名前すら聞いてない!」 「な、まえ…は…リツ…です。」 リツは最後の力を振り絞って、自分の名前を告げました。 せめて、王子の心の中の片隅に、自分が残っていられるように。 「リツ…リツ…!!嫌だ!消えるな!愛してるんだ…」 「あり、がと…マサムネ…さん…」 最後に、リツは小さく笑ってその瞳を閉じました。 ←5 7→ [戻る] |