Re-Takaritsu-3_5 | ナノ


 The Little Mermaid-10年の宝物-[5]
※人魚姫パロ


「悩んでるみたいだね、リトルプリンセス。」


不意にそんな声がして、リツの前にいきなり人影が現れました。
それは、人へと化けたあの魔法使いの魚人・イサカでした。



(イサカさん!!)


「君にこれを渡しに来たんだよ。」


そういってイサカはリツにある物を手渡しました。
それは、リツが10年大事にしていたあの本でした。


(!!)


リツはそれを受け取ると、思わずぎゅっと
胸に抱きしめました。そうするだけで、王子のあの腕の
温もりが蘇るような気がしたのです。



「すっかり恋しちゃってるねぇ。」


イサカのその言葉に、リツははっとします。
この本を返せば断ち切れると思っていたのに
その本に王子の存在を求めるなんて…


「でも、下からずっと様子見てたけど
 王子は別の男と結婚しそうなんだよね?」


イサカのその言葉に、リツは頷くしかありませんでした。
そう、例えこの気持ちが断ち切れない思いだとしても
想いが叶うことなんてありえないのです。


「ちょっとそれだとまずいんだわ。」


リツが沈んだ表情でいると、イサカはこともなげにそう言います。
なにがまずいんだろう、リツがそう思ってイサカを見つめると
不意にその目が真剣さを帯びました。



「このままだと、君は消えてなくなる。」



イサカのその言葉を、リツは一瞬理解する事が出来ませんでした。

(俺が…消える?)


「君のその人間の体は、もちろん俺が作った魔法薬でできたもの。
 ただし、それだけじゃないんだ。」


リツはますます訳が分からなくて首をかしげます。
それだけじゃないというのは一体どういうことなんだろう?


「あの薬はね、服用したものの強い願いがあってこそ
 完成する薬なんだ。君の場合は、あの王子様への恋心だね。

 それを原動力として魔法が発動したわけだけど、
 もし、その恋が叶わなければ魔法は効果を失って
 君の存在自体が泡となって消えてしまう。」


イサカの話す言葉はとても信じられませんでした。

それは王子とヨコザワの結婚が決まれば、
リツが泡となって消えてしまうことを意味しています。



「俺が来た理由はそれなんだ。
 君のお兄さん達に頼まれてね。どうにかリツを救ってって。
 それぞれの大事なものを差し出してくれたよ。」



大好きな2人の兄の顔がリツの脳裏に蘇ります。


優しくて面倒見のいいショウタ。
明るくて楽しいチアキ。

自分を大事に大事に可愛がってくれた2人の兄。


きっと、イサカのところで事情を聞いたのだと思うと、
リツの瞳からは大粒の涙がこぼれていました。



自分はやはりとんでもないことをしてしまったのだ、
後悔の思いがリツを押しつぶしそうになります。



「だから君が人魚に戻れるように、
 その本に魔法をかけさせてもらった。」

(この本に魔法…?)


そういえばイサカはこれを渡しにきたといいました。
リツは胸に抱いた大事な本を見つめます。
一体、どんな魔法がかけられたのだろうと。



「その本を燃やせば、君は人魚に戻れる。」

(!?)


「その本には君の深い想い、そしてあの王子の
 深い想いが込められているからね。
 それをこの世から消してしまえば、
 君は元通り人魚の姿に戻り、声も瞳の色も戻る。」


人魚に戻れる。声も、瞳の色も。
それはリツにとって願ってもないことでした。

しかし…


(この本を…燃やすなんて…)


あの日、王子が船から叫んでいた姿が思い出されます。
荒れた海にまで飛び込んで拾おうとした

それこそきっと王子にとって宝物のような本なのです。



「それを燃やさない限り、君は消えてしまうよ?
 ほら、これを見ればいい。」


イサカはそういって、リツの目の前に丸い球体を
浮かび上がらせました。そしてそこには
ヨコザワと見たことのない男が映っています。



『よかろう、お前とマサムネの婚儀を認める。』

『ありがとうございます、国王様。』

『アレは誰とも婚儀を結ぼうとせんからな。
 本来は妃を迎えるべきだろうが、命を救ったお前なら
 国民も納得するであろう。』

『もったいなきお言葉です。』

『ではさっそく、明日婚儀を執り行うとしよう。
 マサムネにもそう伝えておけ。』

『わかりました。』




(うそ…)


リツは今自分が見た光景に思わず絶句しました。
ヨコザワと王子の婚儀が決まってしまったのです。


「これで…君の命のリミットは明日いっぱいになった。
 それまでに本を燃やさなければ…」


その先はわかるね、イサカはそう言って海へと戻っていきました。




残されたリツは本を抱きしめ、悩みます。

王子の結婚が決まってしまった今、
リツが生き延びるには、この本を燃やすしかないのです。

大事なものを差し出してまで、
イサカに自分の命を助けるようにと願ってくれた兄達。



(俺は…)



「おい!!」


決断を下そうとしたリツの背後から、焦ったような声がかかります。
慌てて本を隠したリツが振り返るとそこには息を切らせた王子がいました。


「ここに、いたのか…」


リツを見つめる瞳は優しくて、リツは胸が苦しくなります。
近づいてきた王子は、リツの瞳に溜まる涙に気づいて
それをそっと拭ってくれました。


「ヨコザワの態度なら俺が謝る。嫌な思いさせて悪かった。」


神妙に謝ってくる王子に、リツは必死に首を横に振ります。
そんなリツを見て、王子はふっと微笑むとリツの隣に座り込みました。


「ここにいると、昔の事思い出すな。」


唐突に話し始めた王子にリツは戸惑いながらも耳を傾けます。


「10年前、船に乗ってる時に嵐にあったんだ。
 その時にさ、海で何見たと思う?」


その問いかけにリツはどきりとしました。

まさか…でも人間は人魚の事なんて知らないはず、
そう思って冷静を装ったリツは首を振ります。



「すごく綺麗な瞳の人魚を見たんだ。
 エメラルド、あれと同じ色をしてた。」


リツは今度こそ、心臓が爆発しそうでした。
10年前、リツは王子に姿を見られていたのです。

しかも王子は人魚の存在を知っていました。


「その人魚は俺に気づいて、すぐに海に潜っちまった。
 俺は慌てて身を乗り出して姿を目で追った。

 でもその時に大事な本を海に落としたんだ。
 ずっとずっと大事にしてきた本を。」


動揺がばれないように俯いていたリツは、
やっぱりあれが王子の大事なものなのだと改めて知ります。


「さっきも部屋で言ったけど、国王や王妃は
 俺に興味のない人で、愛情なんてもの俺は受けずに育った。
 だからかな、本の中に描かれる愛情ってものに憧れてるんだ。

 あの本の話は特に好きだった。
 でも廃版になってもう手に入らないんだけどさ。」


遠くを見つめるその瞳は懐かしさと切なさを
含んでいて、リツはきゅうっと胸が締め付けられます。


「王子なんてなんでも欲しいものは手に入ると
 みんなは思うんだろうけど…
 実際欲しいものなんて1つも手に入らないんだ。

 全部、俺の手から消えていく。」


そういうと、王子はリツの手をそっと握ります。


「だからもう…失いたくない。」


その声に、リツの心臓は悲鳴をあげます。
王子が失いたくないもの…それは…


ピルル…ピルル…


潮騒の音にまぎれて、王子の携帯電話が鳴ります。
リツは嫌な予感がしました。



「…なんだヨコザワ。」


リツの想像通り、電話の相手はヨコザワでした。
電話の内容を聞いていた王子の顔がどんどん曇っていきます。


「それは…国王が決めたことか。」


最後にそう言って、王子はそれ以上何も言わずに
電話を切りました。


「明日、俺とヨコザワの婚儀が執り行われるらしい。」


淡々とした事務口調に、
リツはどうしていいかわからなくなります。


「俺は…お前を助けた時…
 お前が10年前のあの人魚だと思った。
 瞳の色は違っても、お前はあの人魚にそっくりだ。」


その言葉にリツは息をのみました。


「ひとつだけ答えてくれ。
 お前は…あの時の人魚なのか?」


王子は思いつめた顔でリツにそう問いかけます。


言葉にはしなくても、王子のその瞳が
自分への想いを伝えてきます。


今、自分があの時の人魚だなんて答えれば
王子は明日の婚儀を断ってしまうかもしれません。

そんなことをすれば、国王の言いつけに背いた
王子が罰を受けることになるのは明白です。





リツはそっと首を横に振りました。
王子は自分が10年間焦がれた人だから。


一緒に暮らして、嫌いだと思ったりもしたけれど
やはり、リツは王子が大好きだったのです。

そんな人を不幸にするわけにはいきません。




「そう…だよな。バカげてた。
 城に戻るぞ。まだ掃除が途中だろ。」


首を振ったリツを見て、王子は悲しげに笑いました。


その顔に気持ちが揺らぎそうになりましたが、
リツは自分が決めた覚悟を胸に
こぼれそうになる涙をこらえるのでした。


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