The Little Mermaid-10年の宝物-[4] ※人魚姫パロ王子によって、お城へと連れ帰られたリツは その見たこともない風景に目を輝かせます。 煌びやかな装飾。 たくさんの着飾った人間たち。 海の中とは違う世界に、ただただ圧倒されました。 「とりあえずその服、どうにかしねぇとな。」 不意に、王子にそう言われてリツは自分の姿を見下ろします。 人魚の時は、上の服だけでよかったのですが 人間の姿となるとそうもいきません。 しかし、イサカが着せてくれたのだろう今の服は ぶかぶかのシャツ1枚で足が半分隠れるか隠れないかの長さでした。 今気づいたその事実に、あたふたしていると 王子はさらりととんでもないことを言いました。 「なんかエロいし、そのままでもいいけど?。」 (エロ…!?) 声は相変わらず出ませんが、 リツの白い肌は一気に赤く染まってしまいます。 その様子を見た王子は、にやりと笑いました。 その笑みが自分が思い続けた王子とはかけ離れていて リツはその胸に小さな不安を覚えるのでした。 *** それから1週間がたった頃。 城の専属医に検診されたリツは、 海難事故にあい、ショックで記憶と声を失ったと診断され 王子であるマサムネの世話係として お城にとどまっていたリツは 理想と現実という言葉にうなされる毎日でした。 (こんなことなら人間になんてならなきゃよかった。) 足の痛みに耐え、王子の部屋の掃除をしながら、 リツは心の中でそう思います。 (あんな人だって知ってたら…こんなことしなかったのに。) 10年間、淡い恋心を王子に抱いてきたリツにとって 現実に一緒に生活し始めた王子は憧れぶち壊しそのものでした。 横柄・横暴・俺様・極悪非道。 執務はできるが、その姿はまるで鬼のよう。 仕事のできない人間は容赦なく切り捨てます。 リツに対しても態度は厳しく、 『なに?この程度も出来ないの?』 『一緒に食事しないと、掃除場所追加。』 等々、かけられる言葉には初日の優しさのかけらもなく 王子の部屋の掃除に関しては特に厳しく 何度もやり直しをさせられる毎日でした。 リツがずっと抱いてきた優しい王子像は ガラガラと音を立てて崩れていったのです。 しかも、その王子のそばにはいつもあの男がいました。 タカフミ・ヨコザワ。 あの嵐の夜、王子を助けたのは自分だと嘘をついた男は 王子を助けた功績により、城の警備兵から 昇進して、王子の護衛役に任命されたというのです。 もともと王子とヨコザワは親しい関係だったのもあり、 その功績も昇進も疑う者はいませんでした。 それどころか王子とヨコザワがそれ以上の関係だと 噂する者も多くいました。 真実を知っているのはリツだけなのです。 しかし、口のきけないリツは事実を告げることができません。 (はぁ…なんかやだな。マサムネ王子なんてもう嫌いなのに。 もやもやする…) ここへ来てからの王子の態度で、10年の恋は冷めたはず。 それなのに、王子とヨコザワが親しげにしているのを見ると 未だに胸が苦しくなるのです。 (きっと…これは人間になった副作用なんだ。 人魚に戻れたら…海に戻れたならこの気持ちも消えるかな…) 楽園にいる兄達は元気だろうか? きっと自分を心配して探し回ったに違いない、 そう思うと、とてつもない罪悪感に見舞われます。 あんな幻想の王子に憧れて、 人魚であることを捨てて陸にあがったのは やっぱり間違いだったんだ、リツは窓から見える 青い海を見つめながら溢れるままに涙を零しました。 「おい、掃除終わったのか?」 そこへ後ろから声をかけられてリツはびくっと体を強張らせます。 声の主は振り返らないリツに苛立ったのか、 どかどかと歩いてきて強引にリツを振り返らせました。 「おい、聞いてんのか…!?」 慌てて手で涙を拭いますが、その手を王子に掴まれてしまいます。 隠そう、逃げようともがいてもその力は強く、抵抗は不可能でした。 「どうして泣いてる!何かあったのか!?」 王子は驚いたように言った後、 リツが見つめていた窓から同じように海を見つめます。 そして… 「…泣くならここで泣けばいい。」 そういって、王子はリツをそっと抱きしめました。 思ってもいなかった優しい態度に、リツの瞳は動揺に揺れます。 その姿はまるで10年前のリツが恋した人のようで リツはたまならくなりました。 (そんな…急に優しくしないでほしい…) そう思うのに、その優しさが嬉しくて突き放すこともできないまま リツは王子の腕の中で静かに泣き続けます。 「なぁ、お前ってもしかしてさ…」 王子がリツの髪を優しく梳きながら、何かを言いかけた瞬間。 部屋のドアが開き、ヨコザワが入ってきました。 「マサムネ、今日の執務の件だが…」 そこまで言ってヨコザワは目を見開きます。 その視線はマサムネの腕の中のリツに注がれていました。 「何をしてる。」 「別に。」 「別に、じゃないだろ。拾い物の使用人と何をしてたんだ。」 「目にゴミが入ったみたいだから見てただけ。」 王子は事もなげにそういうと、抱き寄せていたリツの体を離します。 離れていく温もりに名残惜しさを感じながらも、 睨みつけてくるヨコザワにリツは慌てて頭を下げました。 そんなリツの様子に、ヨコザワはふんっと鼻を鳴らして とんでもないことを言い始めました。 「そういえば、俺とお前の婚儀の件、 国王様にも軽く話しておいたからな。」 その言葉にリツは思わず顔をあげてしまいます。 王子とヨコザワが…婚儀? 信じられないその話にリツは立ち尽くすしかありません。 人間の世界は男同士の婚儀も認められているとは 聞いていましたが、まさかそれが王族にも 許されるとは思いもしませんでした。 「は?何勝手に話進めてんだ。大体俺は認めたわけじゃ…」 「国王は特に何も言ってなかったぞ。跡継ぎは 側室でも娶って産ませればいいとおっしゃっていた。」 「あのおっさんは俺に興味がねぇんだよ。」 さらりと言った王子の言葉もリツには驚きの内容でした。 まだ一度も会ってはいないけど、国王といえば 王子の父親。その父親が子供に興味がないなんてあるのでしょうか。 「お前だってその辺の貴族の女と結婚するより 俺のほうがいいだろ? どうせお前は誰とも結婚する気がないんだから この際、それなりの身分がある俺で構わないとさ。」 「ケバい女どもに興味はないが、それとこれとは別だ。」 王子は吐き捨てるように言って、 それから不意にリツを見つめてきました。 そして、その唇が少しだけ小さく動きます。 「俺は…お前が…」 それはヨコザワには見えも聞こえもしない言葉。 しかし、リツの胸には大きな衝撃を与えました。 続きを、続きを聞かせてほしい… リツは無意識にそう思ってしまいました。 (あなたは俺を…どう思っているんですか?) 「とにかく、この話は進めさせてもらう。 お前が妙な気を起こす前にな。」 2人の間に流れる空気を断ち切るように、 ヨコザワの厳しい声が部屋に響きました。 「どういう意味だ…」 「わかってるはずだ。お前はこの国の王子なんだ。 身分あるきちんとした相手が必要だってことくらいな。」 そう言い放ったヨコザワの目は、王子ではなく リツに向けられていました。 あまりの烈火のような視線にリツは耐えきれず、 痛む足にも構わずに、王子の部屋から飛び出しました。 「おい!」 「放っておけ。あんな身元もわからないやつ。」 「うるさい!」 王子は引き留めるヨコザワに構わず、 飛び出していったリツを追いかけて部屋を駆け出しました。 勢いのまま、お城まで飛び出したリツは自然と あの浜辺まで来ていました。 心が痛くて張り裂けそうで、 リツは砂浜にしゃがみ込み途方に暮れてしまいます。 (嫌だ…もう嫌だ…どうして…こんな気持ちに…) 横柄で横暴な王子。いくら10年焦がれていたからといって もうその想いは消えたはずでした。 それなのに、王子とヨコザワが婚儀を結ぶと聞いた瞬間、 リツは今まで味わったことのない悲しみに包まれました。 そして、ヨコザワに、お前が王子のそばにいるのは ふさわしくないと言われた気がして、どうしようもなく 苦しくもなりました。 嫌いなはずなのに。もうどうでもいいはずなのに。 どうして…どうして…心残りなんて、 そこまで思って、リツはあることを思い出します。 (そうだ…本。マサムネさんの本。) あの本を返せていないから、だからこの気持ちが いつまでも消えないのだ、リツはそう思いました。 あれを返してしまえば、きっともう悲しい思いなんてしない。 あれはリツと王子の10年を繋ぐ唯一の思い出なのですから。 (でも…人間になった日。気づいたらここにいたから 本、持ってこられなかったんだよな…) イサカの家で薬を飲んだ時は手に持っていたのに、 浜まで運んでくれたイサカが本までは気がまわらなかったのでしょう。 (どうしよう、人間のままじゃ楽園には戻れない。 でもこのままじゃ俺は…) リツはそっと膝を抱え、俯くしかありませんでした。 ←3 5→ [戻る] |