The Little Mermaid-10年の宝物-[3] ※人魚姫パロ「あの人なら…きっと…」 どんどん泳いで、リツたちが住んでいる辺りからかなり離れた場所。 楽園のはずれにある家の前にリツはいました。 そこはみんなが魔法使いだと噂する怪しい魚人の住処でした。 リツは震えあがる気持ちを抑えて、その扉をノックします。 「はーいはい。今でますよーっと。」 そんな陽気な声が聞こえて、ドアががちゃりと開かれました。 「おやおや、可愛い人魚さんが何の用かな?」 「あの…えっと…お願いがあって…」 リツは想像していたより、ずっと気さくそうな魚人の男に 少しだけ緊張感がほぐれて本題を切り出そうとします。 「ふーん、とりあえず中へどーぞ?」 「あ、はい。失礼します。」 そう促されて、リツはおずおずと家の中に入ります。 「そんなに緊張しなくても取って食ったりしないから。 俺こう見えても海藻食主義者なんだよねー。」 「は、はぁ…」 飄々と掴みどころのない男に、リツはきょとんとしながらも すぐに自分の目的を思い出しました。 「あ、あの…魔法使いさん!」 そう呼びかけると男は目を丸くした後、けらけらと笑い始めました。 「魔法使いさんか、そりゃいい。」 自分が呼んだ呼称は間違っていたのだろうか? リツは不安に駆られて男に確認します。 「あの、あなたは魔法使いではないんですか? 俺はあなたが魔法使いだと思って…」 焦って喋るリツに、男は目を細めて再び笑います。 「いんや、魔法使いであってるよ。ただし、 魔法使いさんって呼ばれたことはないな。 俺の名前はイサカ。呼ぶならこっちで、な。」 「あ、そっか…ごめんなさい、イサカさん。」 いくら魔法使いでも名前くらいは持っているもの、 魔法使いさんという変な呼び方を謝罪すると イサカはまたおかしそうに笑いました。 「楽園で評判のお姫様は本当にかわいいね。」 「お、俺、姫じゃありません!」 「物の例えだよ。君達兄弟はこの楽園一帯で お姫様って呼ばれてるからね。 まぁ、もっとも上の2人は魚人のユキナとハトリに もっていかれたってみんな嘆いてるけど。」 イサカはそういうと、リツの前の椅子に腰かけます。 「それで、そのリトルプリンセスが このような辺地に何の御用かな?」 からかうような物言いに少しむっとしたリツでしたが 頼れるものはこのイサカしかいません。 「俺…俺、人間になりたいんです!」 「へ?」 思い切って、自分の思いを告げるとさすがのイサカも きょとんとしてしばらく動きません。 「この身体を人間の体にしてください!お願いします!」 しかし、真剣に頼み込むリツを見て、 イサカもその目の色を変えて、リツを見つめます。 「…確かに俺ならその願いをかなえてやれる。 ただし、その代償はでかいぜ?」 イサカのその言葉にリツははっとします。 代償と言われても、リツは自分のお金などわずかしか持っていません。 「あの…いくらくらいでしょうか?」 困ったように尋ねるリツに、イサカは怪しい笑みを浮かべました。 「代償は金じゃねぇ…そうだな。お前のその声。 それとその瞳の色をもらう。 そうすれば人間になれる薬、作ってやるぜ。」 「声と…瞳の色… あの、それは目は…見えますか?」 目を奪われてしまったら2度と王子を見る事が出来ない、 人間になっても探すことすら困難になるとリツは焦ります。 「心配するな。目はちゃんと見える。 お前の兄弟たちと同じ色になるだけだ。」 その言葉を聞いて、リツは安堵します。 声と色くらい…王子に会えるのなら安いものでした。 「あと…」 しかし、リツの決心を鈍らせるようにイサカは続けます。 「人間の足になれば、歩くたびに針で刺すような痛みに襲われる。 それでもいいのか?」 試すようなイサカの言葉。 しかし、リツの想いは揺らぎませんでした。 「お願いします。薬をください。」 「…わーった。ちょっと待ってな。」 やれやれといった感じで、イサカは家の奥へと消えていきます。 そして5分後、その手に小さな小瓶を持って戻ってきました。 「これを飲めばお前の声と瞳の色は失われる。 代わりにその人魚の尾ひれは人間の足となり歩くことができる。」 「ありがとうございます!!」 喜び勇んで、小瓶を受け取るリツを見ながら イサカは大きくため息をつきます。 「まったく。声や色を失ってまでどうして人間に?」 その問いかけにリツは答えるべきかどうか迷いました。 しかし、自分が発する最後の声でこれだけは伝えておきたかったのです。 「好きな人の、ため…」 そういって、リツは小瓶の蓋を開き中身を飲み干すと その場に崩れ落ちるように気絶しました。 「人間に恋した人魚姫、か。」 *** (ん…) リツは気が付くと、あの浜へと打ち上げられていました。 重い瞼を開いて、自分の姿を確認すると その尾ひれは足へと変わっていました。 (やった!人間になれたんだ!) 喜びのあまり、リツは叫びました。 しかし、その声は空気を震わせることはありません。 (あ、そっか…声、でないんだ。) 改めて声が出ないことを実感すると少しだけ恐怖を感じましたが これも王子に会うためです。 慣れない足をどうにか動かして、立ち上がってみると 筆舌しがたい激痛がリツを襲います。 (痛いっ…!) その痛みに歩くことはおろか、立っている事すらできず リツは砂の上に倒れこみました。 その時。 「おい、そこのお前。大丈夫か!?」 リツの耳に聞き覚えのある声が届きました。 慌てて上半身だけを起こすと、 そこには会いたくてたまらなかった王子が立っていました。 王子は一瞬、リツの姿を見て驚いたような表情をします。 リツは自分が人魚だとバレてしまったのだと思い、 慌てて逃げようとしますが、歩き出そうとする足には 痛みが走りまたすぐに倒れてしまいました。 「おいっ!」 倒れて足を抑えうずくまるリツに、王子は駆け寄って その体を起こしてくれます。 「足、怪我でもしてるのか?」 その言葉に、とりあえず王子にも足に見えているのだと 安堵した律は『大丈夫です』そう告げようとしました。 しかし、口はぱくぱくと動くだけで 声にはなってくれません。 「お前…声もでないのか?」 驚いたような王子に、リツはとりあえず頷きました。 それで意思疎通ができると理解した王子は 頷くか首を横に振るかで応えるようにとリツに言って、 いくつか質問をしてきました。 足を怪我してるのか、誰かと一緒だったのか、家はこの近くなのか。 文字を書くことはできるのか。 その4つの質問にリツは首を横に振りました。 「そうか。それで…行くところはあるのか?」 5つ目の質問。その質問にも首を横に振りました。 人間の姿になった以上、もう兄たちの元へは戻れません。 リツは帰る家を失っていました。 「それなら、うちの城に来ればいい。」 そういって王子はいきなり、リツを抱え上げ歩き始めました。 そのいきなりの行動に、リツは驚いて固まってしまいます。 「言い遅れたが、俺はマサムネ・タカノ。 この国の王子だ。一応な。」 しかし、そうして自己紹介をしながら自分に笑いかけてくる 王子の暖かな腕の感触に、リツはなんだか嬉しくなってしまい こくんっと頷いて、そっと体を寄せたのでした。 ←2 4→ [戻る] |