この雨が止んでも 大型の双子台風が近づいてきた事により、 大学は休講。入れていたバイトも休みになった。 俺は自室の窓際で、叩きつけるような雨を見つめている。 荒れ狂う雨と風。 その風景に、嫌でもあの日のことを思い出す。 両親が、この世から消えた日を。 いつもは、それを考えないようにしている。 考えて塞ぎ込んだって…もう2人は帰ってこない。 俺が悲しんだら、兄チャンに心配をかけるから。 両親の事を話したら『お前のせいじゃない』と気を使われるから。 だから、1人ぐっと口を閉ざす。 それでも、こんな雨の日は…自分を責めずにはいられない。 俺があの時、風邪なんかひかなければ。 早く帰ってきてなんて言わなければ。 たらればの言葉が頭の中をぐるぐると渦巻いて 俺の心を深い闇へと引きずり込んでいく。 俺さえいなければ…両親は今も元気に生活していたのかな。 父さんと母さんと兄チャン。 兄チャンはM大に行って、キャンパスライフを満喫して いい成績を残して、それを父さんが褒める。 姉チャンと結婚して、真浩が産まれて、 母さんは初孫に顔を綻ばせて笑うんだ。 実現しなかった暖かな未来。 それを奪ったのは俺。 もし、もしも…俺の命と引き換えに2人が 戻ってくるなら、俺はすぐにでもこの命を差し出す。 やりたいことはたくさんある。 漫画だってもっともっとたくさん読みたいし、 友達とも遊びたい。 でも、そんなもの両親の命に比べたら些細なもの。 兄チャンと両親が幸せに暮らせる未来を選べるなら俺は… そこまで考えて、ふと脳裏に1人の顔が浮かぶ。 わがままで、俺様で、自信家で… でも人一倍寂しがり屋な…俺の恋人。 さっきまで、両親が戻ってくるなら 自分の命なんていらないと思っていたのに、 ウサギさんのことを考え始めると 途端に自分が消えてしまうのが怖くなる。 素直になんて言ったことないけど、 ずっとね、ウサギさんのそばにいたいんだ。 ずっと、その声をその温もりを俺だけに向けてほしい。 だって、俺がいなくなったら… ウサギさんは他の人を好きになるかもしれない。 その声を、その温もりを俺が知らない誰かに あげてしまうかもしれない。 そんなのは…耐えられない。 手足を動かすのも面倒だと思っていたのに、 考えだしたら、無性にウサギさんの傍にいたくなった。 視界にはいっているだけでいい。 俺の世界を雨じゃなくて、 ウサギさんでいっぱいにしてほしい。 そしたらこんなバカなこと…考えなくて済むから。 痺れたような体を立ち上がらせて、自室のドアを開く。 俺とウサギさんが住んでいる空間。 見慣れた光景が少しだけ胸のざわつきを抑えてくれる。 その光景の中に、求めてやまない姿。 電話をしているのか、むずかしそうな顔で受話器を掴んでいる。 相川さんから原稿の催促でも来たのだろうか。 邪魔をしないように、階段へそっと足を向ける。 すると、ウサギさんの声が耳に届いてきた。 「ほんとに…早く引き取ってもらわないと迷惑なんだよ。 もう何年置いてると思ってるんだ。」 迷惑。その言葉に体が過剰反応する。 例え俺に向けられたわけではない言葉でも その言葉は俺にとって苦しい言葉だった。 「長年の付き合いだし、情けで置いてやってはいるがそろそろ限界だ。 新しい部屋を借りるなりなんなりすればいいだろ?」 あれ…? ウサギさんの言葉に引っ掛かりを覚える。 それって…何の話? 長年の付き合い、新しい部屋を借りる? それに…何年も置いてるって… 「邪魔なんだよ。俺は自分のテリトリーを犯されるのが 嫌だって何度も言ってきただろ。 お前の大事なものなんだから手元に置いておけよ。」 ウサギさんのテリトリー、大事なもの… あれ…嫌だな。 俺…今、何を想像した? ウサギさんのところに長年の付き合いの情けで 何年も置かれてて、テリトリーを犯していて、電話の相手の大事なもの。 「何度も言わせるな!迷惑だと言っている! 春までなんか待てるか!」 春まで…? その言葉が決定打だった。 ウサギさんが迷惑だと言っているのは、俺だ。 電話の相手は多分、兄チャンだ。 足元がふらついて、俺はぺたりとその場に座り込む。 視界がぐるぐる回っていて、よくわからない。 なんで今更? ウサギさん、俺を好きって…ずっと離さないって あれは…全部ウソだった? だって、今の会話に他に当てはまるものなんて俺は知らない。 ほんとは…ずっと俺が迷惑だった? 「いいか、今週中には引き取れ。それ以上は待たん。」 ガチャリっと乱暴に受話器が置かれる音がする。 それと同時にウサギさんの深いため息。 そして、不意にこちらに送られる視線。 「美咲?起きたのか?」 何事もなかったかのように、俺に話しかけるウサギさん。 なんで…なんでそんなに普通なの? 「…美咲?」 返事をしない俺に、その問いかけは疑問の色を強くする。 ウサギさんが階段を上がってくる足音が聞こえた。 「っ…」 反射的に立ち上がって、俺は部屋に飛び込む。 この頬に伝うものを見られてはいけない。 「おい、美咲!?」 寸でのところで俺は部屋に鍵をかけてベッドへと逃げ込んだ。 外からはウサギさんがドアを乱暴に叩く。 「美咲!どうしたんだ!?」 その声は本当に訳がわからないといった様子で 怒りよりも悲しみがこみあげてくる。 どうして、あんなこと言った後に平気で俺と話ができるの? 「美咲!返事をしなさい!!」 ねぇ、俺はどうしたらいい? だって、こんな状態じゃウサギさんとまともに話なんかできない。 「っ…く…ぅ…」 伝うだけだった涙が、氾濫したようにこぼれだして 口から嗚咽まで溢れ出す。 「美咲…泣いてるのか?」 その嗚咽は外にまで聞こえているらしく、 ウサギさんの声がさらに焦りを見せる。 「美咲、頼むからここ開けてくれないか? 何があったか知らないが…1人で泣いたりするな…」 ウサギさんの声は優しい。 でも、今はその優しさが怖い。 だって、俺は迷惑なんだろ? ウサギさんは優しいから、今まで俺を追い出さなかったんだろ? 追い出したいなら…優しくなんか、すんなよ… 「…美咲、ドアから離れてろ。」 しばらくの沈黙の後。ウサギさんの押し殺したような声がして、 その言葉の意味を理解できずに、俺はただドアを見つめる。 次の瞬間。 耳をつんざくような破壊音とともに、 暗闇を守っていた俺の部屋が廊下の明かりの侵入を許した。 蹴破られたドアの向こうに立つウサギさん。 逆光でその姿ははっきりと見えない。 「美咲…」 ただ、その声だけがその人影をウサギさんだと俺に教える。 驚きのあまり、俺は数秒固まっていたけど 慌ててベッドの中に潜り込んで、自分の姿を隠す。 きつく目を閉じれば、また世界は闇に覆われる。 でも、その闇は俺の体と一緒に温かい体温にくるまれた。 まるで、海底に差し込む一筋の太陽のように その温もりは俺をひだまりのような心地よさへといざなう。 「美咲…理由は聞いたりしないから。 せめてここで泣いてくれ。1人暗闇で泣かれたら… お前を守ってやれない。」 響く声はどこまでも優しく、さきほどの電話のことなんて 忘れてしまいそうになるくらい心地いい。 でも…忘れてしまうわけにはいかない。 俺がいることで迷惑になるなら…はやく消えないと。 この温もりは…嘘なんだから。 「うさ、ぎさん…」 「なんだ。」 「俺、明日にでも…出ていくから。」 「…は!?」 「今まで…気づかなくてごめんね? ずっと迷惑かけてたなんて…思わなくて…」 「何を言ってるんだ…美咲?」 暗闇の中、やっと動き出した唇に言葉を乗せる。 迷惑をかけたなら、謝らなきゃ… 「俺、ちゃんと出ていくから。 兄チャンと喧嘩したりしないで…」 「ちょっと待て。美咲、お前何の話をしてるんだ? 俺には何が何だかわからん。」 「ごまかすなよ!!さっき…ちゃんと聞いたんだ! 迷惑だって…はやく引き取れって…!」 俺の叫びに呼応するように、雨はさらに激しさを増した。 いっそ、この雨が両親みたいに…俺を消してくれたらいいのに。 そしたら、こんなに痛い思いしなくていいのに。 「……」 ウサギさんは俺の叫びに唖然としている。 やっぱり、聞かれてないと思ってたんだ。 「ウサギさんの気持ち…ちゃんとわかったから。 ほ、ほら、あれだよ。どうせ就職したら 出ていく予定だったんだしさ。」 無理やりに明るい声をだして、ウサギさんの腕から逃れようとする。 この腕に抱かれていたら…俺はきっとわがままを言ってしまう。 ウサギさんと離れたくないって。 何を引き換えにしたってそばにいたいって。 だから、俺がこれ以上困らせないうちに その手を離して…ウサギさん。 「…バカか、お前は。」 祈るような気持ちでもがいていると、 強引にかぶっていた布団を引っぺがされる。 そして、至近距離にウサギさんの顔があった。 それに驚く暇もなく、ベッドに組み敷かれて 涙だらけの顔にキスの雨が降ってくる。 「やめっ、やめろよ…!俺は…!」 「お前はどうして俺の言うことを信じない?」 「え…?」 そうつぶやいたウサギさんの顔は…泣きそうだった。 どうして…ウサギさんがそんな顔すんだよ。 「俺はお前に何度も言った。 好きだ、愛してる。一生離さないと。 お前はそれを全部ウソだっていうのか?」 「だって…電話で…」 「…あれは本の話だ。」 「ほ、ん…?」 目の前が真っ白になる。 本の話…? 「さっきの電話の相手はお前の苦手な上條だ。孝浩じゃない。 あいつがもう何年も前から、俺の書庫に大量の本を 置いてて、いい加減邪魔だから引き取れと言ったんだ。」 「嘘…」 「嘘をついてどうする…バカ。」 勘違い…?全部俺の勘違い? 「お前が迷惑なんて一度も… いや…正直、家庭教師の初めのころは確かに思ったが、 一緒に住み始めてからは、ただ毎日お前が愛しいんだよ。」 鈍器で殴られたような衝撃を受けて放心する俺を、 ウサギさんはゆっくり抱き起して 自分の腕の中にすっぽりとおさめる。 「バカだな…こんなに泣いて…」 宝物を抱くように、優しく俺を抱えながらそっと窓の外をみる。 「この天気のせいか?」 「っ…」 冷静さをかいていたのかもしれない。 雨に心を惑わされて、自分という存在が軽く見えて… すがろうとしたウサギさんの拒絶めいた言葉に その真偽すら確認しようともしなかった。 「大丈夫だ、美咲。」 「ウサギさん…」 「俺はお前を離したりしないよ。ずっと。 この命が尽きるまで、お前の傍を離れない。」 こんなに愛してくれる人の気持ちを疑ってしまった。 この人を残して、出ていこうとした。 消えてしまいたいなんて、思ってしまった。 「お前をこんな風にしてしまう雨なんて… お前の世界から消してやるよ。」 もう一度、俺をそっとベッドに横たえると ウサギさんは開け放たれたカーテンをすべて閉じた。 そして、ウサギさんは雨音すら俺の世界に届かないように… 俺の耳に愛の言葉をささやき続けた。 愛してる、愛してる。 この雨が止んでも、お前だけずっと。 *おまけ* 「おい、秋彦。取りに来てやったぞー。」 俺は幼馴染の秋彦にせかされて、 あいつの家に預けていた本を引き取りに来ていた。 「さっさと持って帰れ。 その本のせいで一悶着あったんだからな。」 「なんだよ、一悶着って。 だいたい広いんだからちょっとくらい…」 そこまで言って、俺は背後に負のオーラを感じ取った。 ばっと振り返るが誰もいない。 「どうした、弘樹。」 「…いや、なんでもない。」 秋彦のほうに視線を戻すと、また背後に 鬱々とした視線が突き刺さってくる。 「お、おい…秋彦。」 「なんだ。」 「た、大したことじゃないんだが 俺の後ろに何かいないか…?」 俺は恐る恐る秋彦に尋ねる。 すると秋彦は、物憂げな顔をしてぽつりとつぶやいた。 「言っただろう?一悶着あったって… 弘樹、はやく帰ったほうがいい。何か起こる前に…」 「わ、わかった!じゃあ、これ持って帰るから!!」 不穏な空気を感じとって俺は一目散に秋彦の家を後にした。 なんだっていうんだ一体。 *** 「大成功、ってところか。なぁ、美咲。 これで許してくれるか?」 「ぷぷっ…あんなビビってる上條初めて見た!」 「楽しそうだな、お前。」 「だってもとはといえばカミジョーのせいじゃん。 俺があんな…恥ずかしいマネ…を…」 「なかなか可愛かったぞ?」 「うっせぇバカウサギ! 紛らわしい電話してたウサギさんだって 同罪なんだからな!」 「じゃあ責任とって、たっぷり愛してやる。 さぁ、ベッド行くか。」 「そんな責任の取り方はいらーん!! 離せエロウサギィー!!!」 *END* 110902 脱稿 【後書き】 台風が来たので、ウサミサ雨妄想。 ウサミサで雨はテッパンですよねー。 今回はカミジョー先生に紛らわしいことを してもらって、美咲に凹んでもらいました。 いつもは生意気な美咲が弱々しく凹んでると ウサギさんは焦ると思います! そして美咲が安心するまで甘やかしてくれそう(*/∇\*) 何気に本編ではヒロさん初登場でしたw [戻る] |