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▼ 『男装してるつもりはないけど男の人に見られてた真選組狙撃手の可愛い女の子が土方十四郎に傷物(そこまででもない)にされて彼とこっそり組内恋愛する話』2

 翌朝。
 土方に言われた通り、というか、普段どおりに、鼻まで隠れる黒いインナーの上にしっかり隊服を着込むルイ。髪を後ろで縛れば、いつもの線引ルイの完成だ。
 昨日はあのまま夕食をとらずに寝たから、今はいつもの2倍お腹が空いている。今朝のご飯は何かなぁとルイは元気に部屋を出た。

 そして、昨日のあれは胡蝶の夢に終わらなかったという現実を突きつけられる。

「よ……よォ。」

 部屋の前に土方がいる。彼は隣の部屋との間にある柱に背中を預けて座り、タバコをふかしていた。彼はルイが出てきたのを確認すると、携帯灰皿で火を消しておもむろに立ち上がった。

「ふ、副長、おはようございます。」
「おはよう。昨日は何もかも俺が悪かった。」
「……いえ。」
「返事が遅い。」
「あれは夢ではなかったんだなぁと思いまして。」
「夢だったらどんなに気が軽いかと思うぜ。」
「ですよね。」

 土方だって夢がよかったと思っていた。昨日の一連の出来事が全て夢で終わっていてくれたら、今日もまたいつも通りの一日が過ぎていったはずなのに。ルイの意識の中心にいる土方だっていつもと変わらなかったはずなのに。
 しかし、夢だったらどんなにいいか、そんな土方の言葉がルイには辛い。自分のせいで土方を縛ってしまっている。

「でもなぁ……。」

 そこで逆接の接続詞。
 反応して、にわかにルイの心が浮上してくる。

「わ……悪くねェって思っちまって……悪いな、お前は嫌だっていってんのによ……。」

 土方は視線を中庭に逃し、頬をほのかに染めてそう言った。
 ああなんて夢の中のようなシチュエーション。しかし引っ張った頬をが痛い、ありがたいことにこれは現実である。

「いえ、平気です……わたしも土方さんのこと、ずっとお慕いしておりましたから。」

 ならばそのお気持ちにお応えせねばと素直になるルイ。彼女も土方に向かい合いながらも視線を中庭に向け、ぼそっとつぶやく。

「は……マジかよ……。」
「入隊初日から。」
「ずっとかよ……。」
「ずっとです……だからあの、本当は嬉しいんです。でも、そんな、傷物にしたから、とか、そんな理由でわたしのことを嫁に取るとか……そんなこと言われても嬉しくなくて。」
「……まぁ、そうだよな。昨日は本当に義務感で言っていた。」

 土方の今の気持ちは、恋に落ちたと言うにはあまりにも軽薄で。女だから好きになれると言う最低な理由が一番近い。
 しかし彼は元々、ルイのことを悪く思っていなかった。仲間に対して寡黙だが愛想がないわけではなく、先輩に対する気遣いができて、自分の私生活で他人に迷惑をかけていない。言われた仕事は粛々とこなし、失敗は少ない。刀はからっきしだが銃の扱いは隊士の中で一番うまく、遠距離の攻撃にとても強い。むしろ好意的な男だ、とすら思っていた。だからそんな男が本当は女だと分かったいま、それならそいつと将来一緒になることになっても悪くないかな……
 なんていうのが土方の本音だ。

「だから、交換日記からはじめてください。」

 女はいても恋には疎い土方十四郎。彼は懐から大学ノートを取り出して、両手でしっかりそれを持ち、頭を下げながらルイに差し出す。表紙にはご丁寧に『交換日記 土方十四郎 線引ルイ』と書かれている。達筆だ。

「こ、交換日記。」

 旧家の出であるルイは、兄が家を継ぎ自分は嫁に出されるだけの道具であると、自分を卑下している。だから人を好きになっても恋愛などしたことがない。とはいえども本や噂やら、そんなもので男女の仲というものは分かっているつもりだ。
 交換日記とはまた古風な。

「嫌か。」

 お願いしている態度に圧が加わった。

「いえ、よろしくお願いします。」

 断る理由も断れる雰囲気もなかったので日記を受け取る。圧を加えてきたのは自分だというのに、受け取ってくれた!と言うように笑顔を咲かせる土方が可愛いと思ってしまった。

「できるだけ1日交換だ、3行書け。それと、他の隊士には見つからねぇようにしろ。命令だ。」

 『恋人』と交換日記を書くのに命令と言うか。土方には公私混合されないよう気をつけなければ。
 交換日記は部屋に隠しておこう、と、ルイは部屋に戻ろうとする。すると土方はふすまに掛かったルイの手を掴んだ。

「何してんだ、食堂行くぞ。」

 彼は、ルイが部屋に戻って食堂には行かないのかと勘違いする。え?と言うようにルイは目を少し大きくして首を傾けた。日記、部屋に隠してきます、と、ルイは伝える。すると土方は自分の勘違いに気付いて、また顔を赤くした。
 関係が変わると相手の性格まで変わって見える。こうしてみると鬼の副長も威厳なしだなんて思ってしまう。それは流石に本人には言えないが。

「……こっから先はいつも通りだからな。」
「はいっ副長っ!」

 くるっと踵を返す副長の後ろをついて歩く。少しあいた距離は普段通りだ。ルイは土方と歩く時間が好きだった。前を歩く土方は、ルイがじっと見つめていても気づかないから。ちょっと伸びた襟足、黒いベストと白いシャツから分かるかっちりした肩、動くたびに揺れる刀……ずっと見ていても飽きない。
 すれ違う隊士たちは土方に挨拶をして、その後ろにいるルイに気付いて声をかけてくる。昨日のよそよそしさはあまりない。しかしジロジロ見られるのは変わらなかった、ルイの性別を確認しているのだろうか。

「チッ。」

 前方から舌打ち。ルイが色々な方向から見られていると気付いた土方だ。ルイはこんなことになってすみませんと改めて謝りたかったが、今は普段通りにしなければいけない、口は開けない。
 食堂はいつも通りの朝の風景。ごたごたがあったぶん、ルイと土方はいつもより遅めに到着。ルイは山崎の姿を見つけて、いつも通りに彼に近寄った。

「おはようございます。」
「あ、おはよう線引さん。昨日どうだった?女装したところ見たかったなぁ。」
「……昨日は……。」

 失敗したこともそうだが、それ以外のことを思い出して気分を落ち込ませるルイ。そんな彼女を見て山崎は、失敗したことがあるのだな、と察する。

「む、無理に話さなくていいよ!ご飯とってきたら?」
「行ってきます……。」

 彼が深追いしてくれなくてよかった。昨日のことは頭の中を整理するまでうまく話せなさそうだ。
 ルイはカウンターで和食定食を頼む。いつも通りに食堂のおばちゃんがおはようと挨拶をしてくれて、ルイもそれに力なく返す。今日は元気ないわねぇ、なんて、顔なじみのおばちゃんに言われる。ルイは乾いた笑いを返すのみだった。

「……お前、朝は和食派か?」

 気づかぬうちに隣に立っていた土方。

「はい、朝は白いご飯が食べたいですね。」

 彼の手にはマヨネーズと、ルイが頼んだものと同じ和食定食の盆があった。

「俺もだ。食生活の齟齬には問題はなさそうだな。」

 なんの確認だ、と、言いそうになって口を閉じる。大方、結婚後の食生活についての確認だろう、聞かなくても分かる。ただ、マヨネーズの使用量については考えなくてはいけない。

「マヨネーズは好きか?」
「嫌いではありませんが、土方副長ほどはかけません。」
「わかった、覚えておく。それじゃあ、会議遅れんなよ。」
「はい。」

 土方はそれだけ言って食堂の隅に行ってしまった。ルイも作ってもらった和食定食を持って山崎の元に戻る。山崎は1人焦った顔をしてルイの到着を待っていた。先ほどカウンターでルイと土方が話をしているのを見て、先ほどのルイの話からしてあったであろう昨日の失敗について何か言及されて、ルイが凹んでいるのではとでも思ったらしい。戻ってきたルイがいつも通りだったので、山崎は安心して自分のご飯に向き合い直した。





「みんなもう知ってると思うが、先日、宇宙海賊『春雨』の一派と思われる船が沈没した。」

 朝食後の緊急招集。下っ端以外が狭い部屋に集まって、先日捕まえた麻薬を売っていた貿易商について近藤の報告を聞いていた。
 貿易商の扱っていた麻薬・転生郷の販売元は『春雨』という宇宙海賊で、昨日ルイ達が捕まえる予定だった天人も春雨の一派の構成員だったことがわかった。しかしその春雨は2人の侍に潰された。昨日あの店に春雨の構成員が来なかったのは、すでにその一派が潰されていたからだったことが分かった。ルイは一安心、である。任務は失敗したが、これであの麻薬の出所が1つ減ったのだから。

「しかも聞いて驚けコノヤロー。なんと奴らを壊滅させたのは、たった2人の侍らしい。……驚くどころか誰も聞いてねーな。」

 隊長副隊長達はがやがやと私語をするばかりである。ルイと山崎は1番後ろの列でヒヤヒヤと汗を流している。土方がランチャーを撃った。部屋が静かになった。ルイは1番隅で、土方の情けが入ったのか、爆風を浴びるだけで済む。

「……春雨の連中は、大量の麻薬を江戸に持ち込み売りさばいていた。問題はここからだ、その麻薬の密売に、幕府の官僚が一枚かんでいたとの噂がある。」

 自分の師匠の命を奪った麻薬。あれが転生郷だったかは分からない、だから麻薬は全てが恨めしい。それが幕府によって流出していたなんて許せるものではない。ルイは眉間にしわを寄せた。

「で、だ。そんな中、幕府の要人護衛の任務が入った。攘夷浪士集団に命を狙われているらしい。護衛というよりは、その集団の検挙が主な任務だ。一番隊と二番隊、十番隊、あとは監察の山崎と事務の線引を連れて行く。早速今から出発だ。」

 幕府が麻薬の密売に関わっていたかもしれないなんて話を聞かされた後の、幕府要人護衛、となると、隊士たちはあまり乗り気でない。しかし入った仕事ならばやらないわけにはいかない。乗り気でない態度を見せていると、また土方がランチャーを構えたので、室内はまた静かになった。

「浪士たちが直ぐ現れてくれればいいけどね。」

 隣の山崎が嘆息した。ルイはウンウンと頷く。長期戦になりそうだ、気を引き締めていかなければ。




 カエル面(名前は忘れた)をした天人を護衛して2日が経った。江戸の一等地にある大きな屋敷では、隊士たちがウロウロして攘夷派の奇襲に備えている。しかし何も起きずに丸2日が経とうとしているので、なんだか空気がゆっくりしてきた。
 ルイはいつもと変わらず、瓦屋根の上に腹ばいになったり、屋内では屋根裏の破風の下の窓から周囲を警戒したり。基本的に1人で屋敷の外を眺める日々だ。天気に恵まれて良かった。ルイの仕事は雨が降ると作業効率が格段に下がってしまう。
 瓦屋根から庭を見おろす。雑談しながら歩いている隊士やら、ミントンの素振りをしている先輩やら……なんだか呑気なものである。

ドォン!
 そんな時、にわかに銃声、しかも狙撃銃の音だ。ルイの見ていた方向とは逆だった。ルイは冷静にモシン・ナガンを構え、背の高い建物の外階段を走り降りる覆面の人物を見据えて迷いなく撃つ。
 弾はその右足首に命中。人影は脚をもつれさせ、階段から転げ落ちた。山崎と他の隊士が2名屋敷を出て行った。ルイは他にも仲間がいないかと辺りを警戒する。家の中、電信柱の陰、草場、くまなく探すが他に人影はない。

「局長!」

 下から声がした。ルイは瓦屋根から少し下を覗く。近藤が肩から血を流していた、先ほどの弾は彼に当たってしまったようだ。近藤は隊士に担がれて部屋の中に入って行った。
 局長が心配だが、自分の仕事を放棄するわけにはいかない。ルイは変わらず屋根に腹ばいになった。
 先ほどの仕留めた人影が消えている。しかし山崎たちはまだ周囲を探している。しまった、目を離した隙に逃げられてしまったか。脚を片方負傷して直ぐに遠くには逃げられないはずだ。もしかしたら狙撃をした建物に潜伏しているかもと、その建物をスコープでくまなく探すが、建物のなかには人影どころか人が住んでいる様子もなかった。廃屋なのだろう。しかし廃屋ならむしろ使いやすくていいと思うのだが。もしかしたら見つからないだけでまだその中にいるかもしれない。視野が狭くならない程度に、あの建物を警戒しよう。


 日が暮れ、3度目の夜がやってきた。
 建物の中からズルズルと何かを引きずり出す音がして、ルイはなんとなく下を覗いた。沖田である、沖田がカエル面の足を引きずって外に出てきた。カエル面は気絶しているのだろうか、ビクともしない。沖田はカエル面を丸太にくくりつけ磔刑にする。そしてそれを門の近くに立てると、下で焚き火を始めてしまった。あれはやっていいことなのだろうか、いや、よくないのでは。ルイはそう思いながらも、初日のカエル面の態度のでかさに腹が立ったので、特にやめさせにはいかない。中から出てきた土方も沖田を諌める様子を見せたが、なにか話し込んだ後に焚き火を大きくし始めた。

 ルイは目の端に動くものを捉えて、門の向こうの道路を見た。門の向こうから大勢の人影が現れた、昼間の狙撃手もいる。攘夷派が現れたのか。

「土方副長!沖田さん!きました!」

 屋根の上から叫び、門の外を指差す。すると門の外からカエル面を狙った銃弾が飛んできて、彼の頬をかすめて行った。

「おいでなすった。」
「派手にいくとしよーや。」

 沖田と土方、そして門番たちが剣を抜く。その後ろからは、回復したらしい近藤が他の隊士たちを引き連れてやってきた。
 敵の数は30名ほどだろうか。ルイはとりあえず相手の狙撃手を狙い、彼の両足を撃ち抜いた。これであの男には2発決めたことになる。身動きが取れなくなった彼を、隊士がお縄にかけた。
 この距離なら狙撃銃よりも拳銃の方がいい。スターム・ルガーMk2にサプレッサーを付けて構え、居場所がばれないように1発ごとに狙撃位置を変えて、屋根の上や2階の窓を渡り歩く。数が多くて狙いが定まりにくい。味方に当てないよう、浮いた駒の脇や太ももを狙う。屋根にあがるハシゴは外してあるし、建物の中に敵が入ってくるまでは、敵が来ることは考えずに撃ちまくれる。
 やがて30分もしないうちに攘夷派全員を捕まえることができた。ほとんどが気絶させられているため、敷地内は静かになる。そのうち隊士が呼んだパトカーが十数台到着して、攘夷派は牢屋送りとなった。
 これで今回の任務は終了か。ルイは久しぶりに地上に降りた。

「線引もご苦労だったな。」

 ちょうど降りた先にいた近藤がルイの頭を撫でた。

「すみません局長。狙撃手に気づけず、みすみす局長にお怪我を……。」
「気にしなくていい、お前のおかげで楽に戦えた。やはり狙撃手がいるといいな。」
「勿体無いお言葉です。」
「次も頼んだぞ。……ヨシ!我々も撤収だ!」

 近藤の掛け声に、野太い、オー!という返事が響く。長い任務が終わった、やっとゆっくり眠れる。




 と、思ったが。
 自分の部屋に戻ったルイは、先日の報告書を書いていないことを思い出し、まだ眠れないことを嘆いた。
 3日間の任務があったとはいえども、提出をこれ以上遅くしてはいけない。そして同時に、土方との交換日記のことも思い出した。見つからないようにと、押入れの中にある普段は使っていない布団の間に挟まっていた交換日記帳を引っ張り出す。報告書と一緒にこれも土方に渡しに行かなければ。
 硯に向かい筆を立てる。報告することは決まっているし、所感は必要ないので、意外とすんなり書くことができた。しかし問題は交換日記の方だ。ノートの表紙をじっと見つめる。表紙が折り曲げられた跡があり、土方は既に何か書き込んでいるのではないかと読み取れる。思い切って開いてみると、予想通り、1ページ目に土方の書き込みが見られた。ぴったり3行書かれている。

・昨日は本当に悪かった、謝っても謝りきれない。勢いで嫁にもらうなんて言ったが、今は仕方なくそう思っているわけではない。幸せにするから安心してほしい。今日は帰ってきてから近藤さんと呑んだ。お前の女装がすごく可愛かったと褒めていた。俺もそう思う。

 なんて甘い文章なんだ。一通り読み終わったあとノートを布団の上に投げ捨て、顔を手で覆って唸るルイ。二度見ができない。しかしはやく書かなくては。あと2時間もしないうちに日付が変わってしまうし、土方もそろそろ寝る時間だろう。爆発物を触るかのようにノートをそっとつまみ上げ、再び机の上にのせる。恐る恐る開いて、また文章を読み返して赤面。できるだけ上を見ないようにしながらルイは筆を取った。

・任務お疲れさまでした。ノートをお返しするのが遅くなってすみません。来週は花見会ですね、わたしは留守番ですが、しっかり屯所を守ります。今度一緒にお花見に行きたいです。副長大好きです。

 勢いで書いて、乾くのを待つためページを開けたまま、布団に顔を突っ込む。書きすぎたか、素直に書きすぎてしまっただろうか?いや、これくらいなら大丈夫だろう、自分が過敏になっているだけだ。ノートをうちわで扇ぎ、乾いたことを確認して閉じる。そして報告書と一緒に持って部屋を出た。
 ルイと土方の部屋は、同じ長屋の端と端にある。長い縁側の通路を、寝ているであろう隊士たちを起こさないよう、音を立てないようにして小走り。長屋の1番端の土方の部屋には、まだろうそくの明かりがついていた。障子の戸をコンコンと叩き、口元の布を外して、線引です、と、小声で言う。中からは土方の、入れ、という返事が来た。

「失礼します、報告書と……あの、日記を。」
「あ、ああ。ご苦労。」

 部屋の中はタバコの香りで充満していた。よく香ってくる土方のにおいだ。

「まだお仕事中でしたか?」
「明日の朝イチでとっつぁんに渡すものがあってな。……いま書き終わった。持って来たもんよこせ。」
「はい。」

 交換日記の上に報告書をのせて土方に渡す。土方は報告書を机の隅に置き、交換日記に向き合った。

「ま、待ってください、わたしの目の前で読もうとしないでください。」
「お前はそこにいろ。」
「ひぃ……。」

 そしてノートを開く土方。最初は真顔で読んでいたが、やはり最後の方にやられたのか、段々と顔が赤くなっていく。そして読み終えてすぐにノートをバンと閉じて、まるで先ほどのルイのようにノートを部屋の隅に投げた。内容が嫌で投げたのでは無いのはよくわかる、顔を片手で押さえて赤い耳だけ露出さかかている彼の態度から丸分かりだ。

「ふくちょ……。」
「返事は書いてする。」
「はひ。」
「ちょっとこっち来い。」
「え。」
「はやくしろ。」

 赤い顔を上げた土方がバンバンと畳を叩く。ルイが言われるままに叩かれた場所まで近寄ると、土方はすっと身体を傾け、ルイの膝の上に自分の頭を乗せた。

「ふ、副長!?」
「うるせェ、静かにしろ。俺ぁ疲れてんだ。」
「そんな、でもこれ膝枕……。」
「やわらけえ脚してんな、女子かよ。」
「女子です、副長、あの、」
「名前で呼べよ、ルイ。」
「トシさん……。」
「う"。」

 自分で呼ばせておいてなにを照れているのだ、照れて爆発しそうなのはこっちだというのに。土方はルイに背を向け、彼女の太ももに頬をくっつける。類は太ももの上に乗る重量感と暖かさに戸惑いながら、いつもより近くにある黒髪に手をのせてみた。ピク、と、土方の目尻が動く。嫌がっている様子はないので、髪の流れに沿って優しく頭を撫でた。

「トシさん、お仕事お疲れさまでした。ゆっくり休んでくださいね。」
「……やべぇなこれ。寝ちまいそうだ。」
「寝てもいいですよ、掛け布団はここから手が届きますし。」
「んなことしたらお前が眠れないだろ。」

 そう言いながら土方はすぐに頭を上げようとする。ルイは少し強めに彼の頭を押さえて、大丈夫ですから、と、念を押した。

「……意外と強情なんだな。」
「そんなことないです。」

 よしよし、と、頭を撫でるのを続行。土方の耳は真っ赤だが、彼をねぎらうのをやめない。

「寝れねェ。」
「緊張してます?」
「しないわけないだろ。」
「わたしも緊張してます。」
「……そういうこというな、余計わけわかんなくなる。」

 ルイの手を除け、無理やり起き上がる土方。どうしたんですか、と、不安そうにルイが聞けば、彼はそっぽを向いてしまった。

「これ以上膝借りてたら起きれなくなっちまう。」
「寝ても大丈夫だと申し上げたじゃないですか。」
「邪念払うために素振りがしてぇ。」
「邪念……?」
「気にすんな。」

 床の間に飾ってあった木刀を取り、軽めに振るう土方。再びタバコに火をつけて、白い煙をふわっと吐き出す。

「ではまた今度、たくさん寝てしまっても大丈夫なときに膝枕をさせていただきます。」
「いいのか。」
「もちろんです、わたしは、あの……トシさんの、その、恋人……ですから。」
「お、おう。」

 ルイの言い逃げ。言った後にどっと後悔が寄せてきてしまったので、おやすみなさいも言わずき部屋を出てしまう。不躾なやつだと思われていそうだ。
 今度はちゃんとおやすみなさいを言おう。





 せっかくの真選組恒例花見の日なのだが、ルイは寂しく留守番組だった。ルイは戦闘員ではあるが事務員ある。それに入隊して1年経っていない。だから今年は下っ端として屯所に残り、急な事件に備えることとなった。
 とはいっても夕方まで何も起こらなかったし、むしろ屯所の中庭で1本の桜の花を見ながら、食堂のおばちゃんや他の留守番隊士たちとご飯が食べられて楽しかった。それでもこの場に土方がいないのはちょっと寂しくて、やっぱり休みが合う日には2人でお出かけがしたいなぁ、なんて思う。

 日が暮れた頃。隊士たちがぞろぞろと帰って来た。酔いが抜けていないのか、顔がほんのり赤い人が多く、まだ花見気分を持続させてのほほんとしている。ルイは彼らの中に土方を探すが、どうもいないようである。

「沖田さん。」
「お、喋った。」
「……もうっ。」
「土方のヤローなら酔っ払って万事屋の旦那とどっか行ったぜい。」
「……わたしの訊きたいこと、よくご存知でいらっしゃいますね。」

 三番隊隊長よろしく無口キャラで通っているルイを、そのネタでいじるのが沖田は楽しいらしい。彼もほんのり頬を赤くしていて、もう一度飲み直したい、なんて言っている。まだ未成年のはずなのに、立派な酒呑みである。
 ところで土方。酔っ払って万事屋の旦那……銀時とどっか行ったとはどういうことだ。あんまり羽目を外しすぎない人に見えていたのだが、意外と節操なしなのだろうか。

「探して来ます。」
「気をつけろよー。」

 花見会場がある公園と屯所の間にいてくれるといいのだが。薄暗い道路をキョロキョロしながら歩いている、と、街灯で照らされた自販機の前に倒れている人影があった。酔いつぶれた人だろうか、まったく迷惑な人だ……と、思って近づくと、その迷惑な人はルイの探している人その人であった。

「トシさんっ。」

 黒い着流しがでろんと剥けていて、あられもない格好になっている。

「ん……あー、ルイ。ルイかぁ。」
「ルイです。今お水買いますから。」

 顔を赤くさせて、目をとろんと眠そうに開けている表情が、なんとも扇情的である。もしここが『そういう』通りであったら、間違いなく土方は『そういう』人に連れ去られていたであろう。
 ルイはすぐそばの自販機でミネラルウォーターを買い、土方の口元に運んだ。1人で飲める、と、眉を寄せる土方。怒っているように見えるが全然怖くない。おぼつかない両手でペットボトルを掴み、彼はごくごくと喉を鳴らした。

「あれ、ここどこだ。……あ、ルイちゃぁん。」

 土方の介抱をしていたところ、もう1人ぶん聞き覚えのある声が聞こえて来た。声のする方を見ると、白いフワフワの頭髪……万事屋の坂田銀時だ。

「銀時さん。」
「なぁにー迎えに来てくれたの?銀さん嬉し。」
「副長と一緒に呑んでたんですね。」
「一緒にぃ?あのねルイちゃん、俺とそのニコ中を一緒にしないでくれるう!」
「はいはい、銀時さんもお水飲んで。」
「はぁーっひじかたくんと間接キッッッスとか死んでも嫌だわぁ。ルイちゃん俺に飲まして。マウストゥマウスしてえ。」
「1人で水も飲めねェのか。」
「てめーは飲めんのかよ。」
「たりめーだ。」

 水が飲めるか飲めないかなんて乳幼児じゃあるまいし。なんて思いながらも、ルイは慌ててもう一本ミネラルウォーターを買うと、蓋を開けて銀時の前に差し出した。

「んん、ありがとーっ。」

 銀時はにへっと笑ってボトルに食いつく。

「あーおいし、ルイちゃんに買ってもらったお水おいしー。」
「俺だって買ってもらった。」
「俺のの方が愛情こもってるー。」
「斬るぞ。」
「だめです副長、いくら副長がお嫌いな銀時さんだとしても、昏睡状態の市民を斬っておいては評判が下がってしまいます。……銀時さん、大通りでタクシー捕まえるので帰りましょう?」
「ルイちゃんも一緒に帰ろー。」
「はいはい、一緒に帰りますからタクシー探しに行きましょう。立ってください。」
「あ?テメェルイに手ぇ出す気か、剣を抜きやがれ。」
「副長!……トシさん!めっ!一緒に行きますよっ。」
「おめーも万事屋と一緒に帰ろうなんざ何言ってやがる。」
「はいはい!」

 土方と銀時の着物の裾を引っ張り、2人を立たせる。千鳥足の彼らだが無理やり引っ張っていかなければ今日が終われない。花見の終了時間から何時間経ってると思っている、どんだけ酔っ払ってるのだ。
 大通り、飲屋街に出ると、やはりこの時間は酔っ払った客を狙ったタクシーが列をなしていた。ルイは目の前に停まっていたタクシーの運転手に会釈をし、後部座席の扉を開いてもらった。

「はい、銀時さん先に乗ってください。」
「おー。」

 どかっと後部座席に腰を下ろす銀時。少し車体が傾いた。彼はそのまま体を引きずって奥に座り、隣の座席をポンポンと叩く。ルイちゃんもはやく、と言っているらしい。

「運転手さん、歌舞伎町の万事屋までお願いします。」
「あいよ。」

 ルイは運転手に行き先を伝えると、銀時の呼ぶ声を無視して後ろの扉を手動で閉じた。すぐに発進するタクシー。酔いが覚めたようなびっくり顔の銀時。ルイはおやすみなさいと手を振った。まさか万事屋まで行くなんてそんな骨の折れることはしない。

「トシさん、お待たせしました。わたしたちも屯所に帰りましょう。」
「んぬん……ルイ……。」
「飲み比べでもしたんですか?そんなに酔っているトシさん見たことないです。」
「そんなもんだ。あー……正気に戻ってきた、みっともないとこ見せちまった。」
「ちょっと弱ってるトシさんは可愛かったです。」
「かわいーなんて言われて喜べるか。さっさと帰るぞ。」

 言葉通り、土方はすこし覚醒したらしい。足腰はしっかりしてきたし、彼の目の焦点もはっきりしてきた。それでも頭が強く痛むのか、彼は額やこめかみを押さえている。
 ルイはそんな土方を見てこっそり微笑み、また目の前に停まっていたタクシーに手を挙げた。彼女は先に後部座席に乗り込み、後から倒れこむように乗ってきた土方を抱きとめる。土方はぐでんと座席の背もたれに体を預け、首は上を向かせた。

「真選組の屯所までお願いします。」
「あいよー。」
「……トシさん、10分もしないでつきますけど、辛かったら寝ていていいですからね。」
「んー……ついたら起こせ。」
「はい。」

 背もたれからズズズと背中をずらし、ルイの肩に頭を移す土方。お酒とタバコと汗の匂いがダイレクトにする。それもいやだと思わないのは、惚れた弱み、みたいなものなのだろうか。ルイも頬のすぐ横にある土方のさらさらな髪に自分の頭を預けてみた。





「おーい線引、あっちで怪談話するんだがおめーもこねぇか?」

 とある蒸し暑い夜、である。夕食を終えたルイが部屋に戻って勉強でもするか、と、廊下を歩いていたところに、同僚から声がかけられた。彼は、怖い話が揃ってるみたいだぜとニヤニヤ薄気味悪い笑みを浮かべている。
 ルイは怪談話や幽霊おばけなんてものがあまり得意ではなかった。信じているかどうかといえば微妙ではあるが、得体も知れない何かという存在が気持ち悪くぞわっとする。彼女は行きませんと言うように、フルフルと首を横に振る。

「今日は無理か、また今度誘うわ。」

 すると同僚は、付き合いの悪いルイの返事は予想の範囲内、と言うように、じゃあまたとひらひら手を振って去って行った。

 その翌日から、一晩に2,3人の隊士が、不調を訴え床に伏せるようになった。彼らは道場に集められて寝せられ、外部から呼んだ医者に診てもらっている。しかし体調不良の理由はわからない、らしい。今日で倒れた人は18人目になってしまった。
 ルイは今のところ何の問題もなく仕事をこなせている。倒れた隊士は心配だが、無闇に近づくのは良くないだろう。それに経理の仕事が残っていて手放せない。

 夕方、まだ比較的日が高いところにある頃。ルイはようやく領収書の整理を終えて、気分転換に中庭を散歩しようとしていた。事務室を出て中庭に入ると、そこには謎の光景が広がっていた。
 庭の木に万事屋の3人が吊るされているのだ。なんの見間違いかと目をこすってみるが現実は変わらない。

「お、線引じゃねぇか。」

 木の前にある庭石に腰掛けていた沖田がルイを呼ぶ。ルイはへこと一礼して沖田の元へ寄った。

「あーっルイちゃん花見の時はひどいぞ、俺と一緒に万事屋に帰って一晩中手取り足取り介抱してくれる約束したのに!銀さんのこと弄んだよね!?」

 ぐったりしていた銀時は、ルイを視界に入れた途端中途半端に元気になった。花見の夜の話か。タクシーに乗せられ1人帰されたのを根に持っているらしい。

「線引、旦那とそんな約束したのか?」

 ふるふる、ルイは横に首を振る。

「旦那ぁ、適当言ってると真っ二つですぜ。」
「ゴメンナサイ……。」

「銀ちゃん、私頭爆発しそう。」

 銀時の隣の女の子が苦しそうに言う。彼女は確か、銀時に神楽と呼ばれていた子だ。
 しかし沖田には下ろす気は全くないらしい。ルイも、上司のやったことに対して真っ当な理由もなく反発するのは問題であるとして何もしない。人命救助が真っ当な理由である自覚はあるが。
 結局、縁側で近藤と共に一連の出来事を眺めていた土方が、万事屋3人のロープを切って解放させていた。
 なんでも万事屋の3人は拝み屋だか霊媒師か何かを装って、屯所でアルバイトをしていたらしい。しかし目立つ3人組だ、簡単にバレても仕方ない。
 隊士たちが襲われうなされているのは幽霊のせいかもしれない、と、近藤は考えているらしい。真選組が人間の外敵にここまでボロボロにされるはずはない、となればやはり敵は幽霊なのだろうか。そうなればルイはそういうのが苦手なので手を出したくない。それに銃撃が効かないなら他に対処する方法を持っていないので、逃げる他ないだろう。
 近藤はまだ夕方だというのに、怖いからと言って、神楽にトイレまでついて来てもらうことにしたらしい。大の大人がどうしたものか。しかしルイには気持ちが分からないでもない。怪談話や得体のしれない出来事のあった後は、できるだけ1人でいたくないものだ。実際今夜1人でトイレに行くのはちょっと勘弁である。

「ぎゃあああああああああ!!」

 そんなことを考えてると、いきなり遠くから断末魔が聞こえて来た。聞き覚えのある声、近藤のものだ。近藤は神楽とトイレに行ったはず。そこで何が起きたのか。中庭にいた5人は、声に反応して反射的に足を走らせた。
 トイレに着いて、ルイは中に入るのをためらってしまったが、そのうちに土方と銀時、万事屋の眼鏡がトイレに突っ込んだ。ルイも遅れて中に入る。
 近藤が便器に顔を突っ込んで用足し中だった尻を半分出している。さながらスープレックスをかけられたように。

「近藤さん!」

 土方が慌てて近藤を救出した。幸いなことに彼はまだ『何も出ていない』状態であった。ルイは近藤の頭と顔を手ぬぐいで軽く包み、水が鼻や口から入らないように、水滴が落ちないようにと押さえる。
 土方と万事屋の眼鏡で近藤を局長室に運ぶ。隅に寄せられていた布団を広げて近藤をそこにおろす。近藤はうなされていて、険しい表情をしていた。

「赤い着物の女が……。」

 近藤の上体を土方に起こしてもらい、ルイは局長のジャケットとベスト、スカーフを外した。ワイシャツのボタンも上2つ開けておく。

「う……あ……あ……赤い着物の女が……来る……こっちに来るよ……。」
「近藤さーん、しっかりしてくだせェ。いい歳こいてみっともないですぜ、寝言なんざ。」
「これはアレだ。昔泣かした女の幻覚でも見たんだろ。」
「近藤さんは女に泣かされても、泣かしたことはねェ。」

 起きてくだせぇ、と、沖田が近藤の首の骨を曲げている。近藤は死にそうな顔をしていたので流石にやめさせた。
 赤い着物の女、など事件の起きているここ数日どころか前から屯所内では見たことがない。そんなに目立つ女がいたら、さっさと追い出されるか、噂になって全員の耳に入るはずなのだが。

「……やっぱり幽霊ですか。」

 万事屋の眼鏡が神妙な面持ちで言った。


「俺ァなァ、幽霊なんて非科学的なモンは断固信じねェ。ムー大陸はあると信じてるがな。アホらし、付き合いきれねーや。オイてめーら帰るぞ。」

 そう言って立ち上がった銀時の手は、それぞれ眼鏡とチャイナ服の少女の手をしっかりと握っていた。少女に手が汗ばんで気持ち悪いと言われる銀時、もしかしてこれは?

「もしかして銀時さんって、」
「あっ赤い着物の女!」

 ルイが『幽霊だめなんですか?』と問おうとするのを遮って、沖田がが叫んだ。するとルイの目の前から銀時が消えた。彼は派手な音を立てて押入れにダイブしている。

「……なにやってんスか銀さん?」
「いや、あの、ムー大陸の入口が……。」
「旦那、もしかしてアンタ幽霊が……。」
「なんだよ。」
「土方さん、コイツは……あれ?」

 沖田が土方に声をかけるのに合わせてルイも隣にいる土方を見た、が、いない。音もなくいつのまにかどこかに行ったのか。……見覚えのあるスラックスと白靴下が、床の間の壺から生えてガタガタと震えていた。

「土方さんなにやってるんですかィ。」
「いや、あの、マヨネーズ王国の入口が……。」

 そうか、トシさんもこういうのが苦手なのか。ルイは一方的に親近感を抱いた。しかし他の3人の目は冷たいものである。

「わかったわかった、ムー大陸でもマヨネーズ王国でも行けよクソが。」
「なんだその蔑んだ目はァ!」
「ん?」

 チャイナ服の少女がビビりの2人を冷たい目で見る。そして彼女の目は2人からその後ろの襖に移動。何かに反応した彼女の目線を、ルイも追って見る。と……襖と襖の間からこちらを覗く人が。

「驚かそうったって無駄だぜ、同じ手は食うかよ。」

 そんなこと言われても後ろに確かに何かがいるのだ。しかもそれはルイだけではなく少女はもちろん、沖田と眼鏡にも見えているらしい。4人は悲鳴をあげて逃げ出した。

「倉庫!倉庫に隠れやしょう!!」

 沖田を先頭に4人は廊下を走る。後ろから土方と銀時が異変に気付いたらしく猛ダッシュで追いかけてくる。ルイたちは後ろの2人に気をかけれずすぐに倉庫に飛び込んだ。すると外からは2人の断末魔が。

「しめたぜ、これで副長の座は俺のもんだぃ。」
「沖田さんっ。」

 野望に溢れる沖田をルイが諌めた。

「あ、近藤さんがあんな感じだし局長に飛び級か。」
「そんなことを言ってはいけませんよ!」

 沖田は明かりがないと言って、懐から新品の蚊取り線香を取り出す。奇跡的に折れていないそれに、ライターで火を灯した。あまり明るくなった気はしないが、まぁ、最近屯所内に蚊が増えていたしちょうどいいか。
 この狭いコミュニティで、犬猿の仲らしい沖田とチャイナ服の少女が喧嘩を始めてしまう。ルイも眼鏡もこんなところでやめてくれと言ったが、喧嘩中の2人には届かない。
 そうしているうちに眼鏡が戸の外に何かを見つけた。

「ぎゃああああああ!!で、でで出た!スンマッセン!スンマッセンとりあえずスンマッセン!!」

 彼は戸の外に向かって土下座をしている。もしかして外に赤い着物の女がいるのだろうか。興味本位でルイは戸の方を見る。が、眼鏡が土下座を強制するように沖田の頭を床にぶつけるのと同時に、その沖田の手がルイを道連れにするようにルイの後頭部を掴み床に叩きつけた。
 そしてルイは意識を飛ばし、一連の騒動から一旦身を引くこととなった。



「……?」
「よォ、起きたか。」
「……沖田さんじゃないです。……?」

 ルイが目を覚ましたのは副長室であった。気を失った後、土方に助けてもらったらしい。
 脳が目を覚ましてくると、自分が被っている布団から土方の匂いがしてきた。ルイは慌てて飛び起き、部屋の中を見渡す。土方が机に向かっており、部屋の隅にはチャイナ服の少女と万事屋の眼鏡がいた。土方はルイが目を覚ましたのを確認すると、タバコに火をつけながら部屋の外に出て行ってしまった。

「具合はどうアルか?」
「悪くはないです。」
「ねーちゃんが喋ってるところ、昨日まで見たことなかったから、口がないと思ったアル。」

 少女が自分の口を指差す。彼女の目が向いているルイの口元には、いつもの黒布マスクはなかった。上着とベストも脱がされていて、枕元に丁寧にたたまれてある。

「普段はおしゃべりする機会がないからですよ。わたしは線引ルイ、事務兼狙撃手です。」
「私は神楽アル。よろしくな、ルイ。」
「僕は志村新八です。よろしくお願いします。」
「神楽ちゃんと新八君ですね。……あぁ、志村って、お妙さんっていう方の弟さんって貴方だったんですか。」
「あー……近藤さんですか?」
「いつもうちの局長がご迷惑おかけしております。」
「い、いえいえ。」

 『お妙さん』に弟がいる、という話はどこからか聞いた覚えがあったが、まさか昨日一晩お世話になったこの眼鏡の男の子がそうだとは思わなかった。

「それに真選組のごたごたに巻き込んでしまって。今度個人的にお礼しにいきますね。」
「いやいや、いいですよそんな!うちも色々……嘘ついちゃって。」

 悪魔祓いだかなんだったか、万事屋は職業を偽って来たんだったか。

「新八!ルイが奢るっつってんだからいいアル!」

 奢るとは言ってないぞ、と思いつつも、無邪気な神楽が可愛いと思えるので良いか。

「神楽ちゃんは何が良いかな?」
「アイスがいいアル!」
「わかった、じゃあ美味しいの持っていくね。」
「やったー!」

 アイスで喜んでもらえるならたやすいものか。銀時も甘いものは好きなようだったし、それで済むならルイには朝飯前である。

「神楽ちゃん、そろそろ帰らないとだね。僕たちも一晩お世話になっちゃったし。」
「そうだな、さっさと帰るアル。銀ちゃん呼んでくるネ。」

 神楽は先ほど土方が出ていった障子戸を開けた。

「銀ちゃんそろそろ帰……。」

 彼女はピタと止まり、そこにいるはずの上司を探した。縁の下から足が生えている。

「……何やってるアルか、2人とも。」
「「いやコンタクト落としちゃって。」」

 自分の上司の声もするぞ、と、ルイは布団から這い出て縁側を除いた。縁の下から土方の足が生えている。幽霊騒動が終わったばかりの今、障子戸を開ける音にビビったのだろうか。
 おずおずと縁の下から出てくる2人は、気まずそうにこちらを見ようとしていなかった。銀時は素知らぬ顔で神楽と新八を連れて帰って行ったし、土方は何もありませんでしたという態度で縁側に腰を下ろしてタバコに火をつけた。

「……幽霊の正体ってなんだったんですか?」

 それでも事の真相が気になるルイは話を蒸し返してしまう。縁側に正座をし、土方の斜め後ろから訊いてみた。

「地球で言う蚊みたいな天人だった。ガキ産むのに栄養が必要だったから屯所の奴らを襲ったんだと。」
「蚊、ですか。」
「まだ中庭に吊るされてんじゃねえか?後で見てこい、夢に出て来そーな顔してたぜ。」
「……怖そうなので遠慮しておきます。」
「なんだ、弱虫。」
「トシさんこそ、あんなにビビってたじゃないですか!」
「それを言うな!」

 あ、自覚あったんだな、と、ルイは思った。幽霊が怖い自分が情けないと思っているらしい土方は、ほのかに頬を桃色にしてそっぽを向いてしまった。ちょっと可愛い。

「わたしも幽霊苦手なので、無事解決してよかったです。」
「なんだ、お前もか。」

 無意識に幽霊が苦手な自分を認めた発言をしてしまっている土方だが、そのことについては言及しないでおこう。

「人間誰しも、苦手なものくらいある、よな。ウン。」

 多分自分に言い聞かせている言葉だ。頭をおさえて暗示のように呟く土方。面白いなぁ、なんて思ってしまうが、ルイも恐怖の対象は同じものなのでなんとも言えなかった。




・幽霊騒動で休みが流れたな。今度休みを合わせて飯でも行こう。いつも行ってるいい定食屋がある。この間部屋に行った時、剣術の入門書を見かけたが、剣も始める気か?

 幽霊騒動から一夜明けた日の昼下がり、である。本当は昨日今日と連休を貰えたルイであったが、結局昨日は屯所の片付けと幽霊騒動の始末で1日仕事に費やしてしまった。局長からはまた改めて休みを取ろう、と言ってもらえたのだが、連休が消えたのは残念だ。しかし土方からの交換日記を読んで、ルイの気持ちは浮上してきた。これは多分、デートのお誘い、というやつだ。

・トシさんもお疲れさまでした。いつも以上に気苦労がひどかったのではと思います。定食屋、連れて行ってください!お休みはトシさんに合わせますね。真選組に入った以上、剣術のことは少しでも多く知っておかないとと思いました。自分に刀を扱える自信はありませんが。

 交換日記、と言っても、ほとんど日記的な内容は書かれていない。仕事で一緒になることは多くても、そこに恋人同士らしい会話はないから、お喋りする場を紙の上に求めているような形である。
 書き終えた日記を持ち、腕まくりをしたワイシャツと黒のスラックス姿で副長室に向かう。障子戸をノックしても返事はなかった。そっと戸を開けて中を見る、留守のようだ。ルイは日記を押入れの布団の間に挟んで、副長室を後にした。
 今日は万事屋にお礼のアイスを届けに行く予定だ。真選組からの公式なお礼ではなく、昨日神楽と話したルイ個人のお礼、のようなもの。

 アイス専門店で、ちょっと値の張る良いアイスを4つ購入し、ルイは歌舞伎町へ足を踏み入れた。
 歌舞伎町に来るのは初めてである。江戸に出てからも、新撰組に入ってからも、特に縁のなかった場所。看板が大きいから直ぐ分かるはず、と、新八に言われていたのを信じ、人の多い通りをキョロキョロ見渡しながら歩く。まだ開店時間ではない水商売系の店も多くあるが、通りは活気付いていた。
 赤い壁の2階建ての家に、万事屋、と、大きな看板が出ていた。ルイは無事にたどり着けたことに安堵し、外階段をそっと上がる。格子と磨りガラスの引き戸横にあるチャイムを鳴らすと、中から新八のはーいという声がした。

「真選組の線引ルイです。」
「ルイアルか!」

 新八の物らしい足音を追いこして、神楽がドタドタと走ってくるのが聞こえる。ガラガラと勢いよく上げられた扉から、神楽が飛び出してきた。

「アイス!」
「神楽ちゃん!順番が違うでしょ!」
「いいよいいよ、はい神楽ちゃんアイス。わたしのぶんも買ってきたんだけど、一緒に食べてっていいかな。」
「きゃほー!」
「神楽ちゃんてば!……あ、どうぞどうぞ!」

 アイスの入ったビニル袋をルイから受け取った神楽は、バタバタと中に戻って行ってしまった。ルイは新八に通されて万事屋の応接室?リビング?よく分からないが居住スペース兼客間のような部屋に通された。どうぞ、と言われ3人余裕に座れそうな長いソファに腰掛ける。神楽が台所からスプーンを持ってきて、類の隣にどすっと座った。

「どれ食べてもいいのか?」

 机の上に並べられた4つのカップを眺め、彼女は目をキラキラと輝かせた。

「うん、どれがいいか分からなかったから、色んな味買ってみたの。」
「わはー!えーと、じゃあー!イチゴ味は銀ちゃん!私はチョコレートにするアル!」
「新八君は?」
「僕はバニラがいいです!」
「じゃあわたしはチーズにしよ。……そういえば銀時さんは?」
「銀ちゃんはまだ寝てるネ。」
「あら、来るの早かったかな。」

 とは言えどももう10時を過ぎている。10時のおやつを目指して来たので丁度良いかと思ったのだが、銀時は遅起きなのだろうか。それとも蚊騒動でお疲れか。翌日に来たのは迷惑だっただろうか。

「起こしてくるネ!」
「あっ無理しなくていいよ!」
「銀ちゃーん!」

 がらっと襖を開け、そのまま目の前に引かれていた布団にダイブする神楽。ルイからも、布団の下で神楽に潰されてしまった銀時の姿が見えた。グエッ、なんて内臓が飛び出しそうな声がした。

「銀ちゃん起きるあるー!ルイがアイス買って来たぞ!」
「やめてっ殴らないで寝起きなんだから無茶しないでっ痛い!」

 頑張って抵抗した末、寝起きなのにボロボロな銀時がのそのそと起きて来た。神楽はアイス1つがそんなに嬉しいのかと不思議に思うほど、銀時にはやくはやくとイチゴ味のアイスを勧めた。1人で食べようとせず、ちゃんと銀時を呼んでくるところは偉いとは思うが。

「ごめんなさい銀時さん、まだお休みのところを。」
「いーのいーの、もうそろそろ起きないとかなーって夢の中で夢の中の俺が言ってたとこだったから。」
「そうなんですか……?」
「そうなんです。わぁアイスだ!しかも苺味!起きたらこんな素敵なものがあって嬉しいなぁ。」

 若干わざとらしい言い方なのが気になるがスルーしておこう。4人でアイスを一口食べ、美味しさに身を震わせた。流石いいとこのアイスである。

「ありがとなルイ!これすごく美味しいアル。」
「気に入ってくれてよかった。安くて美味しいのもあるから今度行ってみてね。」
「お礼なんて、ほんとすみません……。」
「こっちこそアイス1つくらいで申し訳ないよ。でも、また何かあったらよろしくねぇ。」
「そんなこと言ったらそちらの副長さん怒るんじゃないの?俺たちが首突っ込むとスゲー嫌そうな顔するし。」
「それはまぁお仕事の邪魔されたら嫌がりますけどね……わたしも。」
「ですよね。」

 どうして土方が銀時に対してお前はいつか殺すみたいな態度をとるのかルイには理由は分からないが、大方仕事の邪魔をされたであるとかそのあたりだろう。
 ルイとしてはまだ、坂田銀時は酔っ払えば面倒だが、普通にしているぶんには一般市民でしかない、という印象である。しかし銀時が、恋人たる土方十四郎が苛立ちを覚える相手であるから、彼の動きには一応留意しておかねばな、と思う。

「ルイさん、今日はお休みなんですか?」
「うん。今日は休みだよ。」
「じゃあ銀さんとデートしよ、このあいだのホットケーキ奢って。」
「今度は奢ってくださるんじゃなかったんです?」
「……あー、やっぱ今のなし。」
「それに今日は歯医者さん行かないといけなくて。」
「虫歯アルか?」
「親知らず生えて来ちゃったの。」
「抜くのか?痛いぞー痛いぞー!」
「ちゃんと麻酔かけてもらうから大丈夫です。それに抜くかどうかわかりませんし。」
「ノリ悪いの!」

 なんともなしにお喋りをしていると、銀時は意外とかまってちゃんなところがありそうだと感じた。よく喋るし喜怒哀楽が大きく、少し子供っぽいところが母性本能をくすぐられる、気がする。土方とは真反対にいるタイプの人で、だから土方はこの人がいやなのかなとも思う。
 ぐだぐだと話しているうちに、壁掛け時計の短い針がぴったり11を指し示す頃になった。お昼時のお宅にいては迷惑をかけてしまう。まだお喋りしようよと言ってくれる神楽にごめんねと謝り、ルイは万事屋を後にした。






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