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▼ FUST16

 街を抜けて砂漠地帯に出る。チョッパーが手を振りながら猛スピードでやってきた。スピードの出具合がおかしい。彼のスピードではない。上がっている土煙は、彼が出せるような大きさではない。段々近づいてくるチョッパーの下に、大きなカニが見えた。通常のサイズの何百倍あるかわからないほど巨大なカニ……シオマネキである。砂を巻き上げながら足を素早く動かし、あっという間にルフィたちの前まできて、キキーッとブレーキをかけて止まった。

「これは……”ヒッコシクラブ”!」
「うまそーー!!」

 ヒッコシクラブ、は、シオマネキとは思えない立派な歯牙と、少々いやらしい感じの目を持っている。チョッパーがいうには、ここまでくるのにお世話になった”ラクダ”の友達なんだそう。チョッパーは自分の隣に座っているラクダ……”マツゲ”を指差す。ナミがいうにはエロいラクダなのだそうだ。

「すごいっ!ヒッコシクラブはいつも砂に潜っているから、ほとんど幻のカニなのに!!」

 ビビが感動しているくらいだから、よほど珍しい生き物なのだろう。それを横で美味しいなどと言っているルフィには関係ないだろうが。脚は速いし、全員が乗っても問題なさそう。ということで、麦わらの一味はヒッコシクラブに乗った。頭部はふかふかとしたコケのようなものが生えていて、まるでカーペットのようだ。

「予想よりも早く着きそうだね、ビビ。」
「うん!ヒッコシクラブもいるし、さっきはルイさんのおかげで助かったわ。」
「わたしはいいのよ。」

 ビビはニコッと笑った。さっきまでずっと険しい表情だったのが嘘のようだ。

「よーし行くぞー!出発ー!!」

 ルフィの号令でチョッパーが手綱を引くと、ヒッコシクラブは猛スピードで走り始めた。
しかし−−−

「ビビ!?」

 ルイの視界から、急にビビがいなくなった。振り落とされたか、と、振り返ると、”鉤爪”に掴まれてヒッコシクラブから落ちるビビの姿が。

「ビビ!!」
「止めろチョッパー!」
「ビビ!あいつだ!!」

 見覚えのある鉤爪だった。間違いない、クロコダイルだ。ルフィはビビを追って跳んだ。ビビを乱暴に掴んで鉤爪から引き離し、彼女をヒッコシクラブの上に投げる。ルフィはそのまま落ちて、鉤爪に捕まって飛んで行ってしまった。

「おいルフィ!」
「バカっ!!」
「お前ら先行け!おれ一人でいい!ちゃんと送り届けろよ!ビビをウチまでちゃんと!!」

 皆がルフィに戻れと叫んでも、彼はそのままいなくなってしまう。むしろ、ニッと笑ってながされるがまま離れていった。

「バカが……このまま進め、チョッパー!」
「わ、わかった!」
「おいゾロ!置いていくのか!?」
「わたしのときだって大丈夫だったでしょう?ルフィ君に任せよう!」
「ルイまで……あんな奴にルフィが……!」
「あれは船長命令なの!わたしが無事なんだからルフィ君はなおさら無事に帰合流できるよ!」
「大丈夫よビビ!あいつなら大丈夫、気の毒なのはあいつらの方!今までルフィに狙われて……無事でいられた奴なんて一人もいないんだから!」

 冷静でいられないウソップと、安心してと笑顔を見せるナミ。

「いいかビビ、クロコダイルは……あいつが抑える。”反乱軍”が走り始めた瞬間い、この国の制限時間は決まったんだ。国王軍と反乱軍がぶつかればこの国は消える!」

 ゾロは冷静だった。

「それを止められる唯一の希望がお前なら、何がなんでも生き延びろ……!この先、ここにいるおれ達の中の誰が……どうなってもだ……!」
「……そんな。」

 皆を、誰一人として失いたくない、と願うビビに対して、厳しい言葉だったかもしれない。しかし最終目標は国の崩壊を抑えることだ。戦争を止めるためには、必ずビビが生きていなければならないのだ。

「ビビちゃん、コイツは君が仕掛けた戦いだぞ。数年前にこの国を飛び出して、正体も知れねぇこの組織に君が戦いを挑んだんだ。−−−ただし、もう一人で戦ってるなんて思うな。」
「わたしもビビの国の平和を祈ってる。今自分が何をするべきか、忘れてはいけないの。」
「……ルフィさん!!」

 ビビはずっと後ろを見つめて叫んだ。

「アルバーナで!待ってるから!!」

 ずっと遠くで、ルフィの返事が聞こえた。その声はとても力強かった。






 ヒッコシクラブの上に乗って走り続け、何時間経っただろうか。ルフィのいない不安からか、ゾロとサンジはくだらない喧嘩をしてナミの制裁を受けていた。ビビはじっとヒッコシクラブの進む先を見つめている。チョッパーはぎゅうと手綱を掴んでいて、そのそばではウソップが武器の準備をしている。

「あ、そうよ、私ルイに聞きたいことがあったのよね。」
「あ、おれもです。」
「おれもだ。」
「おれもだ!!!」

 いきなり、ぱっと、顔を上げたナミがいった。彼女の言葉に便乗してサンジとゾロ、ウソップが手を上げた。ルイは首をかしげる。

「何を?」
「さっきのことよ。」
「さっきの?ああ……ううん。」

 檻の中での出来事についてだろう。ルイは口元をむにゃむにゃさせて答えを渋る。

「まさかあんたも能力者だとは思わなかったわ。なんで先に言ってくれなかったのよ。水とか気をつけてあげられたのに。」
「んー……能力者じゃないから言う必要ないかなって思ったの。生まれつきこんな体質で。」
「能力者じゃないのか?だからルフィやスモーカーがダメだった海楼石の檻も簡単に抜けられたのか。」

 ウソップが納得したような納得できないような表情で首をかしげる。首をかしげあっているルイとウソップがシンクロしていた。

「なによ体質って、ビックリ人間。」
「ご先祖様に鷹がいるらしいの。わたしの生まれた土地では、わたしみたいなのが生まれると『世界の終わりが100年近づく』なんて言われているんだよ。」
「「世界の終わり???」」
「そ。だから迫害みたいなことされていてね、あんまり変身したくなかったの。」

 海軍の軍艦から逃げる時に変身したが、彼らに『呪い』のことは口にされなかったので、このあたりでは大丈夫なのかと思った。だからさっきは勇気を持って実行できた。と、ルイは言葉を続ける。

「……みんなに嫌われるかと思って嫌だったの。」
「そんなこと……。」
「そんなことって!わたしにとっては死活問題なんだよ!だってわたしは迫害される生き物だから。だから人目につかないように生きてきた。ルフィ君が船に誘ってくれた時はとても嬉しかったんだ。うまくやっていこうって、気をつけようって思った。それなのに……それなのになんで、こんな簡単に受け入れてくれるの……。」

 ルイはきゅっと肩をすぼめた。親の顔色を伺う子供のように、彼女は自分を囲む人々を見回す。

「……馬鹿ね。」

そんなルイの肩を、ナミはそっと押す。肩の力を抜きなさいというように優しく。

「そんな呪いなんて知らないわ、おとぎ話か何かじゃないんだから。見ればわかるでしょ?ここには変な奴しか集まってないの。鳥に変身するぐらいマシな方よ。」
「そうだぜおい、船長なんてゴム人間だからな?なに考えてるかわからねえしよ。」
「強けりゃいいんじゃねぇか?」
「ルイちゃんは呪われてなんかないよ、むしろ綺麗だった。」
「おれ達は同じだ!」
「そのルイさんに私は助けられたんだから。」
「ルフィなら『問題ねぇ』っていうかもね。」
「みんな。」

 まるで想像もしなかった反応だった。自分が呪われていると知ってもなお、こんな風に普通でいてくれるなんて思わなかった。ルイの目元に涙が溜まる。ナミはそんな彼女を見て、泣かないの、と、子どもをあやすように背中を撫でた。





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