trance | ナノ



10.放ってほしい


 不幸のどん底に落とされた深い悲しみ、ジョナサンはそれを背中に負っていた。彼に何か悲しいことがあったのだということは誰が見ても分かった。ある人は彼を心配し、ある人は彼を嘲笑した。
 学校でジョナサンを見かけ、彼に何かあったと即座に気付いたセオは、放課後に彼を捕まえて街外れの港まで連れ出した。今すぐにでも泣きだしそうなジョナサンと、なんと声をかければいいのか分からないセオは並んで木箱に座る。

「ジョナサン、何があったの?」
「・・・ぼく、」

 ジョナサンは嗚咽を繰り返しながら言葉をつないだ。エリナと言う仲の良かった女の子と距離が空いてしまった事、ダニーが何者かに焼き殺された事・・・。あまりにもひどい内容だったのでセオも泣きそうになった。ジョナサンを取り囲む渦は思った以上に大きかった。
 セオはジョナサンの話から、先日のディオとの争いを思い出した。彼がいじめていた女の子の名前はエリナだった。きっと同じ人物だ、あの事件がここまで波紋を広げていたとは。ディオはジョナサンへの嫌がらせとしてやったのか、それともたまたまだったのか、セオにそれは分からない。だからむやみにディオの事は疑いたくなかった。ただただジョナサンの事は気の毒に思えて仕方がない。
 セオは黙って彼の身体を横からぎゅうと抱きしめた。

「お願いだ、セオだけはぼくから離れないで。」
「離れないよジョナサン。お願いされなくたってずっと友達だから。」
「うう・・・セオ・・・。」

 今までにジョナサンがこうして弱い部分を見せたことはなかった。いつだって明るい彼。落ち込んでいるのはよくあることだが、笑い泣き以外の涙は見たことがない。
 セオはハンカチを取り出し、ジョナサンの目元にあてた。とめどなく流れる涙はじわりとハンカチを濡らす。

「・・・ありがとう、君がいてくれてよかった。」
「そう思ってくれるなら嬉しい。ねえ、元気をだしてよ。紳士らしく、ね。」
「うん、紳士らしく。ぼくはもう大丈夫。」

 顔につく涙を全て拭くと、ジョナサンはいつもより覇気のない笑顔を見せてくれた。強がれる元気があるのならもう大丈夫だろうか。
 慰めてくれてありがとう、とジョナサンはお礼を述べ、ふらふらと去って行った。セオは送って行こうと思ったが、これ以上なんと言葉をかければいいのか分からず足を動かせなかった。

「・・・心配。」

 ぽつりとつぶやく、心配なのは心からそうであっても、どうにも出来ないことがもどかしい。

「そんなにジョジョが心配か?」
「・・・ディオくん?」
「盗み聞きするつもりはなかったんだが。」
「聞いていたの。」

 建物の陰からディオが現れた。ジョナサンが去ったタイミングで入れ替わるように姿を見せたと言う事は、さっきのやり取りは聞かれていたのだろう。

「趣味悪い。」
「ちょっと気になったんだ。」
「だからって盗み聞きされたくないんだけれど。」

 セオはムッとする。言葉が少し荒くなってしまった。色々なことが重なって、ディオに対する心証はとても悪くなっていた。彼女はほのかに疑問に思う、ディオはジョナサンが嫌いなのではないかと。普段の態度やジョナサンに降りかかる友人関係の不幸な出来事からそう思える。

「ディオくんはジョナサンが嫌いなの?」

 だから率直に訊いた。ディオの口からは肯定の言葉も否定の言葉も直ぐには出てこない。彼は口を少しだけ開いたが、声は出せずに固まる。思った通りにそうだと言うか、そんなことないと嘘をつくか、どちらが良い結果につながるか急いで考えているのだ。しかしどう答えてもセオの中のディオの心証を良くすることは出来ないだろう。嘘をついたって、ディオがジョナサンのことを嫌っているのは彼女の中で確定された事実となっている。

「・・・態々訊く必要もないだろ、嫌いだね。」
「そうだよね。」

 嫌いだという正直な言葉。心一杯の嫌悪感をそれにのせて吐き出した。思った通りの返事がきたので、セオは素っ気なく言葉を返した。

「お願いだからジョナサンの事は放っておいてよ。嫌いなら無視をすればいい。」
「同じ家に住んでいるんだ、仕方がないだろ。・・・君だって良かったんじゃあないか?エリナとかいう女が居なくなったんだ。」
「は?」

 それまできつく歪んでいたディオの表情に、僅かな笑みが現れた。

「自分とジョジョの邪魔をする女が居なくなったんだ。これでまたあいつといちゃいちゃするのは君だけになった。」
「ジョナサンとわたしは友達だって言っているでしょう。」
「男女の間に友情が存在するのか?」
「わたしとジョナサンにはある。」
「いつかそうじゃない気持ちが生まれる時が来るかもしれないだろ。」
「その時はその時で受け入れる。」

 何度も言うが、セオがジョナサンに感じている気持ちは友情でしかない。色々な人に2人は恋人同士だと勘違いされ続け、真剣にこの気持ちは何かと考え続けている。いつでも出る答えは友情だった。ディオの言うとおり、いつか友達としての好き以外の気持ちが生まれるかもしれない。しかしそれは悪いことではないのだし、その時はその時だ。

「・・・わたしはディオくんとも仲良くしたいと思っているよ。」
「そうかい。」
「そうだよ。」
「でもこのディオはジョジョ以上にはなれないんだろう?」
「ジョナサンの方が付き合いが長いからね、それに信頼できる。」

 仲良くしたい、と思っているのは本心だ。仲の悪いまま、疑念を抱いたまま、ぎしぎししていたくない。ジョナサンとの色々が拭いきれなくても、セオは誠実に友達でいたいと思うばかりだ。

「ジョナサンと仲良くしてよとは言わないけれど、せめて嫌がらせは止めて欲しいの。」
「・・・君が言うなら。」

 ディオは唇を強く咬み、そっぽを向くと、それ以上は何も言わなかった。






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