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7.垣間見えた表情
セオはわりと正義感が強い方だ、悪い事は悪いと言い、相手がだれであろうとそれは指摘する。彼女自身にも自分は正義感が強いのではないかという自覚がある。ついでにいうと本能的な行動も好きではない、理性で行動を統率するのを正しいことと思っている。思っている。そう、彼女は思っているのだ。
昼休み、セオはいつものようにクラスメイトと食堂で昼食をとり、次の授業までの残り時間を雑談で楽しんでいた。彼女は話をしている途中で、サンドイッチを手で取った際の手のべたつきが気になり、ちょっと失礼と断って手洗いに向かった。
そして手洗いの前、学校の中ではわりと人気のないところで、女の子が1人、3人の男の子に囲まれているのを見つけた。遠目でみても分かる、明らかに女の子がいじめられている。本気かどうか、からかいかもしれないが、セオはそれをみてふつふつと良くない気持ちがわき上がってくるのを感じた。
「ちょっと。」
正義感の強いセオは放っておかない。男の子たちに向かって、低く怒りを含んだ声をかける。
「なんだよ。」
男の子の1人が、楽しみを邪魔されて不機嫌だ、という様子で返事をする。
「なにをしているの、男3人寄って集って。」
女の子は目に涙を浮かべていた。彼女には何をされた様子は見られないので、嫌な言葉を投げかけられていたのかもしれない。セオは男の子の威圧的な態度にひるまず話を続けた。
「女の子をいじめているの?いい歳した男が?」
「なんだお前。」
「こいつ同じ学年のヤツだ、隣のクラスの!」
「ジョジョの友達だ。」
「わたしの事はいいから彼女に謝ってよ、泣いているじゃない。」
「やだね。」
1人の男の子が、イー、と、歯を見せてセオを挑発する。セオはカチンと来たが、ここで声を荒げれば男の子達と同じレベルに落ちてしまう。静かに女の子を自分の背後に隠し、セオはもう一度、謝って、と言った。
「こいつジョジョの恋人じゃねえか?一緒にいるのを時々見るぜ。」
「エーッ!ジョジョ?趣味悪いな、あんな奴なんて。」
男の子達の話題がセオとジョナサンのものに移る。この年頃の男女は、一緒に歩くだけで恋人同士だと噂されるものだから困る。セオとジョナサンはいつも勘違いをされていて慣れっこなので特段困惑はしないのだが、2人目の最後の言葉は聞き捨てならない。なにが趣味の悪い、だ、女の子をいじめる方がずっと趣味が悪いというのに。
「ジョナサンは恋人じゃないし、趣味悪いと言われるような男の人じゃない。」
「もうキスはしたのか?」
にへへ、と、明らかに悪意を持って質問する男の子に、とうとうセオはプッチンときてしまった。彼女はしてないと返事をする代わりに、男の子の胸倉のちょっと上、一番上までボタンの止められていないブラウスの襟を掴み、ぐいと持ち上げた。まるで男の子同士の喧嘩で見られるような行為である。背丈は同じぐらいだが、肉の質の違いで男の子の方がやや体重がある、その所為で彼の身体は持ち上がらない。しかし彼は目の前の少女の表情に恐怖を覚えた。まぶたが半分落ちて細くなった目から、鋭い眼光が男の子を貫く。
「なんなのその言い方、まるで気に入らない。」
他の2人はセオを止めるでもなく、男の子を助けるでもなく、目の前の光景にただただ吃驚していた。あまり面識のない、遠くから見た印象としては大人しそうな女の子が、こうして男の子のやるようなことをするなど思ってもみなかったものだから。
セオは男の子を掴んでいるのとは逆の手をグッと握る、かたく握りしめた拳は、誰が何を言わなくても、今から彼を殴ります、と、自らそう主張していた。
「完全にジョナサンの事を馬鹿にしていた、そんな権利があんの?」
一言謝れば良かっただけなのにね、と、セオは最後に吐く。
握りしめた拳は男の子の顔真正面に向かって―――――
「セオッ!!!!」
背後からジョナサンの声。セオは男の子の顔に拳が触れる前に、ぴたりとその手を止めた。振り返ると、今の状況を見て全てを悟ったジョナサンがこちらへ走ってきていた。うしろにディオもいる。
「・・・ジョナサン。」
「君はまたッ!なにをしようとしているんだ!」
「だってこの男の子達が寄ってたかって女の子をいじめるんだ。」
「だからと言って!やって良いことと悪いことがある!」
「・・・・・・もうしません。」
セオは本能的な行動が好きではない、理性で行動を統率するのを正しいことと思っている。思っている。そう、彼女は思っているのだ。しかし時々こうして嫌悪感という本能に従って手を出してしまいそうになることがある。幸いにして毎回なんらかの邪魔が入るお蔭で行動にはしていないのだが、彼女にはそういうところがあった。今回もジョナサンが見つけてくれたお蔭でセオの手は汚れなかった。
「いい?貴方達の行動は気に食わないし、わたしはジョナサンと付き合っていないし、ジョナサンはかっこういい。分かったか?あ?」
セオの一連の行動に恐怖した男の子たちは、何の返事をするわけでもなく逃げるように走り去って行った。セオは心の中で舌打ちをする。間違っても実際に舌打ちをしようものなら、またジョナサンに怒られそうだ。
「・・・あれ、君、どこかで・・・?」
ジョナサンがセオの後ろに隠れていた女の子を改めてみる。どこかで会ったことがあるのか、彼は見たことがあるようなそぶりを見せた。セオは知り合い?と訊こうとしたのだが、その前に女の子は走って行ってしまった。ちょっと待ってと引きとめたかったのだが、彼女は意外と素早く居なくなった。
「ジョナサンの知り合い?」
「うーん、一度助けたことがあって。」
「そうだったの。」
「・・・それよりセオ。だめだよ、淑女が人を掴みかかるなんて事をしちゃあ。」
「ごめんなさい、・・・悪いと思ってます。」
改めてジョナサンに過失を諌められ、セオはしょんぼりする。普段から暴力は振るわないように、素行が悪くならないようにと注意しているのに、今は少し枷が外れてしまった。とても理性に従った行動とは言えない。彼女は肩を落として教室へと戻って行った。
セオの背を見送り、ジョナサンはやれやれとつぶやく。その後ろではディオが頭上にハテナを浮かべていた。大人しく女の子らしいセオが男の胸倉を掴んでいるのには驚いたが、それ以上に驚いたのは、それが常習されているらしいことだった。まるで今まで見てきた彼女の行動とは合わない。
「セオのことを怒らせない方がいいよ。かなり恐ろしいから。」
ジョナサンは一応と思ってディオに言っておく。
「このディオに忠告か?しかも女を警戒しろなどと。」
「警戒じゃあない、ぼくは怒らせないでほしいと言っているんだ!」
「ぼくは彼女の前でそんな失態をしない。」
ディオは鼻で笑った。セオの前で猫かぶりを解く気はない、怒らせる行動なんてするはずがないと思っている。ついでに言うと女に対して警戒をするほど自分は弱くないと自負している。だからジョナサンの言う事にはいちいち耳を貸していられない。ディオはジョナサンを馬鹿にした目でじろりと見てから、次の授業のためにと教室へ向かった。