trance | ナノ



6.ハンカチ


 夕方、学校から一旦家に帰ってから、セオはいつものマーケットに足を運んでいた。今日はヴァントーズの帰りが遅いので、夕飯の準備もゆっくり始めようと思っている。夕方の買い物ラッシュが過ぎた店内で、スープに何を入れようかと野菜を物色する。
 と、そんな時、視界の隅に金髪が揺れるのが見えた。ふと見上げるとディオが通りを歩いている姿があった。セオは、ディオくん、と彼に向って呼びかける。するとディオの方もセオに気づいて駆け寄ってくれた。

「買い物か?」
「今日はわたしが当番だから。」
「ふうん、ずいぶん遅い夕飯になりそうだな。」
「お父さんが帰り遅いの。」
「へえ。」

 ディオはどことなく気分が良さそうだ。いつもよりも表情が明るい。とはいっても出会ってからそんなに経っていないし、数えるほどしか顔を合わせていないので、今の彼が嬉しいのかなになのかは分からないが。

「ディオくんなんだか機嫌良い?」
「・・・分かるか?」
「雰囲気が明るく見える。」
「そうだな、ぼくは今とても気分がいい。」

 何故か、ということは、セオには言えないが。ディオはにんまりと笑う。昼下がりに街外れの草原でボクシングをした時の出来ごとが彼のご機嫌の理由だった。ジョナサンに対し目や頬に大きく傷を残させてボクシングで勝利し、彼の友人の注目を集めることができた。この年頃の子どもは、強かったり、自分よりも物知りだったりする面白い人について行きたがる。今日の出来事で、男の子達はほとんどディオに強く興味を抱くようになった。ジョナサンを独りぼっちにさせるという企みが大きく前進したのだ。

「どうして?」
「そんなことはいいじゃあないか。」

 間違っても今日の事はセオには言えない。彼女にジョナサンを必要以上に痛めつけたなんていう話をすれば、怒られて嫌われることは明らかだからだ。ボクシングをしたという話すらも、どう思われるか分からなかったので口にはしない。幸いなことにセオはしつこく理由を問うてこなかった。そう、良かったね、とだけ言って彼女も笑う。お前の大事な友達が傷つけられているのにのんきなもんだな、とディオは思った。
 そんな風にディオがセオを見下している時、ふと、セオの目が丸くなった。視線はディオの顔にある。ディオは自分の顔に何かあったのか、と思い、ん?と鼻で疑問符を出した。セオはポケットからハンカチを出し、一度広げてから折りたたみ、内側に入っていた方を外にすると、ハンカチを持つ手をディオの方へ伸ばした。突然の事にディオは身体に力を入れるも、避けることはせずに直立は保つ。セオはディオの頬、耳の下の辺りをハンカチでそっと撫でた。

「血、出てたから。急にごめんなさい。」

 離されたハンカチに、かさかさになった血の塊がついていた。セオはそれを内側に仕舞うようにしてもう一度畳み直す。多分ボクシングの時に着いた血だ、それも無傷のディオのそれではなく、ジョナサンの返り血。

「い、いや。・・・ありがとう。」
「怪我でもしたの?」
「・・・多分、指のささくれから出た血か何かだろう。」

 脳が遅れて今の一連の出来事を処理し、吃驚して身体が硬直するディオ。彼にしては行動が遅かった。一歩身を引き、撫でられた頬を押さえる。まるで突然ぶたれた頬を大事に摩るように。されたことは真反対のことだとしても。
 動揺を隠し切れていないディオに、セオはこんな顔もするんだなぁと一人で感心した。






×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -