trance | ナノ



バッドミーティング


 とある街の繁華街、である。突然だが、一目離した隙にセオがいなくなった。何でもない、ただ一緒に街を歩いていただけなのだが、少し会話をしないでいた間にいなくなっていた。そういえば、と話の続きをしようとしたとき、返事がないのを不思議に思って振り返ると、さっきまで斜め後ろにいた彼女がいなくなっていた。ディエゴはあわてて道を戻った、どこかで商人に捕まっているか、どうしても気になるものがあって立ち止まっているかなにかしているのだろうか。しかし100mほど戻ってみたがどこにもいなかった。
 これはもしや、誘拐、だろうか。嫌な予感がディエゴの中を駆け巡った。セオはスタンド使いだ、そのスタンドの能力を無しにしても、彼女は精神的にも肉体的にも普通の人間よりもいくらか強い。そこら辺の暴漢なら返り討ちにできるから心配はあまりしないのだが・・・。しかし相手がスタンド使いなら話は別だ。ディエゴは大統領の追っ手や他のレース参加者に命を狙われている。もし自分を狙うスタンド使いがセオに目を付けたならば。彼女だけでは太刀打ちできない相手もいるだろう。

 ディエゴは左右を見回し、一番に目に入った路地に飛び込んだ。積み上げられたゴミや店の廃棄物の溜まった狭い路地を駆ける。人影は一切見えない。十字路にさしかかった。3つの道をそれぞれ見る。左の道が妙に荒れていた。脇に寄せられているはずの丸いポリバケツがいくつか倒れ、中身が散らかっている。建物の上に干されていただろうシーツや洋服、そして物干し竿が落ちていて、道を阻んでいる。そしてそのシーツには、人が下に入っているような膨らみがあった。
 ディエゴはもしかしてと思って駆け寄る。土煙で汚れたシーツをめくると、そこには探していたセオがいた。服の至る所が泥に汚れ、先ほど一緒に歩いていた時に比べてずっとボロボロに見える。

「セオッ!!」

 彼女の体を揺らし、意識の有無を確認する。敵の仕業か、それともただの通り魔か。どちらにしろ許し難いことだ、オレの大切なセオに何をしてくれるんだ、と、ディエゴは頭に血が昇った。
 セオは直ぐに気を取り戻し、うう、と、苦しそうに唸った。両腕に力を入れて上半身を起こそうとする。動作はゆっくりだが、大きな怪我などはなさそうだ。

「セオ・・・誰にやられた?体は大丈夫か・・・悪い、オレが目を離したばかりに、」

 ふ、と、違和感を覚える。

「わたしを、襲ったのは・・・?」

 セオが顔を上げる。ぴっと視線が合う。ディエゴの違和感は大きくなる。探していたセオであるのに、違うと思ってしまうのはなぜなのか。

「ディエゴさん・・・?」

 彼だけでなくセオもまた同じ気持ちになっている様子。ディエゴ、と名前は呼んでいるが、目の前に居るのは誰だろうという訝しげな表情をしていた。ディエゴの違和感はいよいよ確信に変わる。目の前のセオは、セオであってセオではない。変なことを言っているように思うだろう。しかしディエゴはその正体を知っている。―――ヴァレンタイン大統領のスタンド能力だ。目の前にいるこのセオは、大統領によって隣の世界から連れて来られたセオだ。それ以外にこの違和感を証明するものはない、確信がある。

「お前は、大統領に連れて来られたな?」
「だ、大統領・・・ああ、だから・・・さっき、大統領に殴られて、倒れて・・・。」
「本物のセオは何処に行った。大統領が連れ去ったのか。」

 他の世界から連れて来られたセオは、ディエゴにとってのセオではない。同じ姿形をしていても所詮それは偽物にしか見えなかった。口調も自然と普段セオに向けているものから段々と、興味のない対象に使う悪いものになっていく。

「・・・う、分からな、」
「分からないだと?もしお前とセオが出会えば人は消滅するんだ!悠長にしていたらあいつが来て出会ってしまうかもしれない!」

 別世界のセオとは言えども、目の前にいる彼女も何処かの世界のディエゴの恋人には違いない。見れば見るほど、セオ本物だ。そのしぐさも戸惑った話し方も、どれをとっても本物に変わりない。
 セオの方は、目の前にいるディエゴが普段一緒にいる別世界のディエゴの雰囲気とは全く違うことに怯えていた。このセオも、目の前にいるディエゴは自分の会いたかった彼ではないと理解したが、それがどうしてそうなっているのかは全く分からない。彼女は、この世界のヴァレンタインのみが持つこの能力を知らないのだ。だからわけも解らず責められるのは不本意に思っている。

「っあ、ごめんなさい・・・わたし・・・。」

 それでも、なんと言えばいいのか分からなくなり、セオはシュンと下を向く。姿かたちは大切な恋人そのものなのだ、普段と違うその荒々しい態度には傷つく。言いかえす元気もない。
 するとそんな彼女を見て、ディエゴの方はズキンと心を痛めた。何だかんだと血も涙もないと言われる彼も、最愛の人の悲しい顔には弱いのだ。本人ではないと知りつつも、罪悪感で心がいっぱいになる。彼は別世界のセオの手を取り、引っ張って立たせた。そして、まだ項垂れで泣きそうになっているセオの肩を叩いてやる。

「悪かった、何が起きているのか分からずに戸惑っているだろうに。お前にはお前が暮らしてる世界があるんだしな、今帰してやるから心配するな。」
「あ、は、はい・・・あの、ごめんなさい、貴方の探しているわたし・・・でなくて。」
「いい。オレにはお前でないように、お前にもオレでないんだ。悲しい顔をさせてすまないな。」
「・・・ごめんなさい。」

 ディエゴは落ちていたシーツを拾い上げ、ばさばさとふって土を落とす。大統領のスタンドで来たのならば、目の前のセオはシーツと地面で挟めば元の世界に帰るだろう。ふわっとシーツを宙に浮かせ、セオを覆うようにかぶせる。そして上から少し力を入れてから手を離すと、すうとまるで手品のようにセオの姿が消えた。地面に落ちたシーツは、その下、地面との間には何もないというように静かにしている。
 危ないところだった。しかし大統領は、自分が偽物のセオに騙されるとでも思ったのだろうか。そうだとしたらそれは大きな間違いである。ディエゴは自分のセオに対する愛には、自身の馬術の腕と同じくらいそれ以上に自信がある。いくら同じ姿形と言えども惑わされることなどないのだ。
 さて、本物のセオは何処に行ったのだろうか。この街にある政府関係の建物ならば確率は高そうだ、大統領に連れて行かれたのなら大方そこだろう。攫われた理由ならなんとなく察しがつく。大統領自身はセオに興味を見せないが、ファーストレディーの方が問題だ。どうせ『セオに会いたいから連れて来て』と大統領やお願いした結果がこれだろう。
 ディエゴは再び大通りに戻っていった。















(続きそうです)





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -