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ドメスティック・パラダイス


 今日は金曜日だしうちで一緒に夕飯を食べて行かないか、とディエゴを誘ったのは、他でもないセオ・フロレアールであった。セオは毎週金曜日には早い時間に研究室を出て、家でゆっくり家事をしている。せっかくだから家でディエゴと一緒にゆっくりしたい。もちろんディエゴがセオの誘いに乗らないわけがなく、彼女が家に呼んでくれたのをとても喜び、話にはすぐに飛びついた。

 ロンドンの比較的広い通りに面した、他よりはいくらか立派な一軒家。外観はブリュメールの趣味で赤レンガで彩られている。窓の外の柵には鉢植えが引っ掛けられている、今は雪が積もっているが、春には綺麗な花を咲かせるのだろう。
 茶色いソファに、ガラスでできたローテーブル、家具は基本的に装飾の目立たないアンティーク調で、全体的に落ち着きのある家。家主の趣味の良さがよく表れている。ディエゴは慣れないせいで何と無く居心地の悪さを感じたが、出されたコーヒーはセオがいつも出してくれる味だったので安心した。2人がけのソファの真ん中に座り、少しだけ腰を落ち着ける。

「夕飯はビーフストロガノフの予定です。」
「ビーフストロガノフは好物だ!・・・基本的に肉ならなんでも食べるぞ。」
「恐竜らしいですね。」

 キッチンに立つセオが笑う。こうしているとまるで新婚みたいだなぁとディエゴは思った。競技から帰った自分を、夕飯を用意して待っていてくれるセオが居る。理想的な形だった。あと約2年、セオが大学院を卒業するまで待たなければいけないが、ディエゴは一足先に結婚後の家庭を思い描いていた―――

「ただいま。」

 ぱちんと妄想が弾けた。玄関から聞こえてきたのはブリュメールの声だった。ディエゴは慌てて飛び上がり、セオの居るキッチンに走った。

「おかえりなさい!」

 そんなディエゴを放って、セオはキッチンからリビングに移動する。ちょうどブリュメールが部屋に入ってきて、ブリーフケースをソファに落としながらジャケットを脱いでいた。彼はもう一度ただいまと言い、セオにジャケットを手渡す。セオはそれをハンガーに通して壁にかける。

「ディエゴさんが来ているんです、夕飯一緒に食べて行ってもらいますが、いいですよね?」
「ブランドー選手、だと?」

 あからさまにブリュメールの声が低くなった。ディエゴは隠れているわけでは無かったが、観念してリビングに戻って挨拶をする。

「こんにちは、お邪魔しています。」
「こんにちは、ようこそ。どうぞ楽にかけていてください。」

 アメリカから帰ってくる船の中での一件があるので、ディエゴは心に思わずとも礼儀正しく振る舞う。ブリュメールの手がさした一人用のソファに腰掛け、彼と目を合わせる。ここでそっぽを向くのは完全にアウトだ。

「・・・ブランドー選手は春になって一番の大会には参加するんですか?」
「もちろん。今はそれに向けてシルバーバレットの調子を整えているところです。あとは馬具の整備と。」
「もうSBRレースの疲れや怪我は良いんでしょうか。」
「ええ。本調子が戻って来ています、はやく雪のない道を走りたいものです。」
「そうか、それは良かった。」

 ディエゴの予想に反して、ブリュメールはいつも取材をされるときのような人の良い態度だった。娘を取られて殺伐としている父親の姿はそこにない。安心していいのか、裏があるから気は抜けないのか、どちらかというと後者だろうから、ディエゴは緊張を解かないでいる。

「最近セオとはどうです?すっかり研究に没頭して全然相手になれていないと思いますが。」
「空いた時間をオレのために使ってくれています。レース中もそうでしたが、彼女の一生懸命な姿が好きなのでこの状況はこれで満足です。」
「・・・はは、そうか。」

 満足そうに笑うブリュメール。彼はディエゴがセオの邪魔をせず、それでいて良い関係を続けていると判り安心したようだ。なんだかんだ言って2人の結婚には肯定的な考えなのだが、ただちょっと、セオの邪魔になっていないかどうか、そこだけが気がかりであった。

「夕飯できましたよ。」

 セオがキッチンかから戻ってくる。お盆の上にブリュメールの分の夕飯が乗っている。彼女は何回かキッチンとリビングを行ったり来たりして、テーブルの上に全てを並べ切った。そこらへんのカフェで出てくるのと同じくらい綺麗な配膳、味もかなり良いのだろう。ディエゴはこうしてセオの『ちゃんとした』手料理をいただくのは初めてだ。レース中のアウトドア食ならよくお世話になっていた、あっちがわずかな食材で美味しかったのだから、こちらも尚更だろう。
 いただきます、と、3人の声が重なる。まずはブリュメールがビーフストロガノフに手を付ける。そして彼は、今日も美味しいな、と一言。続いてディエゴも口をつける。時間をかけて煮込んだ肉は、柔らかく舌触りが良かった。

「とても美味しい。」
「・・・そうですか?嬉しいです。」

 料理を褒められて照れるセオ。いつも料理をしているので腕には自信があるのだが、父親以外の人、まして恋人であるディエゴに褒められるのは素直に嬉しい。自分でもこのビーフストロガノフは良い出来だと思った。
 これなら何時でも嫁に行けるとブリュメールが言ったので、セオはむせて、ディエゴは嬉しそうに笑った。






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