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27.掴んだのはエルピス


「あ、ちょっと、あの……すいません、通して……。」

 女性達の間をかき分け、群れの中心を目指す。色んな人に押され潰され、何なのこの女と言われ、ちょっと心が折れながらも中心に近づいていくと、目当ての金髪が見えた。ディエゴがいる、沢山のマイクと女性の視線を向けられてにこにこしている。

「ディエゴさん!」
「……セオ!」

 ディエゴは人混みから現れたセオの姿を捉えると、向けられていたマイクを押しのけてセオに寄った。彼が動くのに合わせて周りの女性の円も少し形を変えたが、セオはその場を動かなかったので円の中心にディエゴとセオがいる形になる。

「待たせたな。……ドレス似合ってるぜ。」
「えへへ、ディエゴさんも燕尾服素敵です。」
「そうだろ?」

 得意げにジャケットの返り襟を掴んでひらっとめくって見せた。そんなポーズも格好良い。そんな彼に合わせてセオもボレロの裾を掴んで正す。
 ふんわりと雰囲気の暖かくなった2人を見て、周囲の女性達はひそひそと話を始めた。言葉は直接届かないが、あまり良いことは言われていないのは分かる。セオがそれを気にしているのに気付いたディエゴは、そっと彼女の背中を押してあっちに行こうと促してくれた。女性達はついてこなかったので、安心して会場の隅っこで止まる。

「君を探す前に奴らに捕まってしまったんだ、無碍にするわけにもいかなくてな。」
「そうじゃないかなって思いました、ディエゴさんは人気です、から。」
「やきもちか?」
「……そんな感じです!」

 ディエゴは両手でセオの頬を押さえ、彼女の唇にキスをする。セオが吃驚してグラスを落としそうになるのを彼は支えて、それを近くにあったテーブルに置いた。

「でもファンは大切にしないとですよ。」
「今後は君一人を大切にしていきたいけどな。」
「ディエゴさん……。」

 きっ、と、ディエゴの表情が引き締まる。厚い唇は一文字に閉じ、切れ長の目は真っ直ぐセオを見つめた。無慈悲で冷酷な表情ではない、ごく真面目なものだ。


「オレと結婚してくれ。」


 そして、開かれた口から真摯な言葉。セオは自分の頬に添えられていたディエゴの手を取る。嬉しくて涙が出て視界がにじんだ。ぼやけた中でディエゴをしっかり見つめて、彼女は笑った。


「よろしく、お願いします。ずっと傍にいさせてください……!」


 手を離してディエゴの胸に飛び込む。彼はよろめくことなくセオを抱きとめ、その小さな身体を抱きしめた。泣いてばかりだな、とディエゴは笑ったが、こんな風に泣いてくれるセオを見て満足そうだった。
 彼はセオの手を取り、ここを予約させてほしい、と言って、薬指の根元に口付ける。そんな行為にセオは照れたが、くすぐったいような幸福感でいっぱいになった。

「こんな雰囲気もない告白で……もちろんOKと返事が貰えるという自惚れはあったんだが、安心したよ、セオからそう言ってもらえて。」
「心配する必要なんてありませんでしたよ、だって、今も、これからも、わたしはディエゴさんのことだけをずっと見つめています。」
「オレも君だけだ……愛してるぜ。」
「愛しています、ディエゴさん。」

 セオの世界に光が満ちる。春の始まりのような、とても暖かい気持ちだった。




おわり












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