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24.コーダ:父


「セオ!おめでとう!お前がこうして元気な顔を見せてくれ私は嬉しい!!」

 表彰式の後、セオは自分の元に集まってくるインタビュアーたちを押しのけ、父・ブリュメールの元へ帰ってきた。ブリュメールはセオを抱きしめ、彼女の頭にぼたぼたと涙を落とした。セオも懐かしい香りに包まれ、ジャケットを濡らしながら泣いた。

「お父さん!やりました!わたし、ゴールできました!」
「やったな、えらいぞ!流石私の娘だ!」

 ぐりぐりと頬に頭を擦り付けられる。嬉しくて嬉しくて、このまま気を失ってしまうかとさえ思った。

「さあ、ホテルは取ってある。今晩はゆっくりしよう。明日の夜は祝賀会だったな、イギリスに帰るのは明後日になるか……。」
「あ、お父さん、そのことなんですけれど。」

 ディエゴのことがある。彼が目を覚ますまでアメリカに残って看病を続けたい、迎えに来てくれた父には申し訳ないが、ディエゴの容体によってはもう少し長い滞在になりそう。いつになったら目覚めるか分からないのと、大学院のことがあるのとで長い間は滞在できないが、ギリギリまで見守っていたいのだ。

「なにかあったのか?」
「その、ディエゴ・ブランドー選手がですね、疲労で入院しているんですけれど……彼が退院するまで、待ちたいなって。」

 セオの話を聞いて、ブリュメールの目がみるみるうちに丸くなっていった。口もまんまるく開けて、顔全体で驚きを表現している。彼は慌てて鞄の中から一束の新聞を取り出し、セオの前に突きつけた。セオはおずおずと受け取って、表に出されているページに目を落とす。芸能欄、大きく取り上げられた写真……セオとディエゴが抱き合っている。これはカンザスシティのあの時の写真だ。シルバーバレットの脚が負傷し、ディエゴが遅れてゴールをして、そこに駆け寄って行ったセオを、観客の前だというのに抱きしめた、あの時の。セオは顔がカッと赤くなった。慌てて新聞の一面を確認する、カンザス周辺の地方紙だ。よくもとんでもない物を記事にしてくれた。セオは父のところの新聞とトリビューン紙は確認していて、そこにはこの話が載っていなかったので安心していたのだが、まさか別のところでこう取り上げられているとは。

「……噂は本当だったんだな。」

 悲しみのような怒りのような、複雑な表情をしたブリュメール。

「ええとこれは……わたし達、付き合っているなんてことはないです、よ。」
「恋人同士でもないのに!こういうことをしていたのか!?」
「わ、わけがあって!決して悪い関係では!」
「そうだろうな!お前のその満更でもないような表情!ブランドー選手を待とうとする気持ち!この写真を見る限りブランドー選手もお前によっぽど入れ込んでいるんだろうな!?」
「す、好きだと言ってくれましたし、わたしも……。」
「ああ!良かったな!!お前が送ってくる写真にはしょっちゅうブランドー選手の姿やシルバーバレットが写っていた!これはなんだと嫌な予感がしたさ!それに加えてこの記事だ!!」

 喜んでくれているのか怒っているのかさっぱり分からない。これが父親心と言う物なのか。なんだか悔しそうでもある。

「……まあ、そういうことならいくらでも残っていてくれ。ああ、大学には連絡をしておきなさい。」
「許してくださるんですか?」
「駆け落ちでもされたら困るからな。」
「まさか。」

 嫌そうではあるが一応許可をしてくれた、ありがとうございます、とセオは頭を下げた。

「これでお前が行き遅れる心配はなくなりそうだな。大学院に進みたいと言い出した時にはどうなることかと心配したぞ。」
「それは……すいませんでした、でも大丈夫です、きっと。」

 考古学をやりたい一心で、女性にしては珍しく大学に進んだ。同い年の女の子たちが次々と嫁いでいく中、セオは毎日のように探検家な教授と穴掘りをしていた。さらにそんなセオは大学院に進みたいと考えたのだ。研究を続けているうちに23,24と歳を重ねていっては完全に婚期を逃すことになる。結婚をすれば院を辞めざるを得なくなる、彼女はそれは避けたかった。そんな彼女をみて、ブリュメールはひそかに心配をしていたらしい。

「だが、まだ付き合ってもいないのだろう?」
「ええ、でも平気です。」
「ずいぶん自信があるんだな。」
「えへへ。」

 今までのディエゴの行動や死に際の告白から一目瞭然だ。セオには自信があった。そういえばディエゴとセオが初対面の時、ブリュメールはセオに『結婚するならブランドー選手の様な人が良い』と言っていた。レース中、彼の知らないうちにセオに男が出来ていたという事実には行き場のない複雑な気持ちを抱かれているが、相手が相手なので悪くもないだろう。

「ブランドー選手は寡男だが、そこは気にならないのか?」

 以前ディエゴは、彼を好いていた老婆と結婚していた。彼自身もその老婆の遺産に目を付けていたので、お互いに利点があったらしい。その女性は老衰し亡くなったので、ディエゴは現在寡男だった。ディエゴ本人はそのことは表に出さず、全く気にしていないと振舞っていたので、言われなければ忘れてしまいそうだった。

「気にしてませんよ。」

 その老婆には悪いと思うが、セオもあまり気にしていなかった。レース中ちょくちょく思い出したことはあった。メディアで大きく取り上げられた話題だったので、そのことはレース直前の再会の時点でもう知っていたことでもあるし。

「なら心配はないな、私はセオがブランドー選手と付き合うことも、そのうち結婚するだろうなんてことにも反対はしない。」
「よかったです……。」
「彼が元気になったら、揃って挨拶に来てくれればそれでいい。」

 ブリュメールはまだ諦めきれないような、くやしそうな、しかし笑みを浮かべた複雑そうな表情をしている。行き遅れないか心配だったと言っていたくせに、なんてセオは笑った。






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