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20.ラストダンス


「ラーム!!!」

 半日ぶりくらいのラームとの再会。今まで宿屋のベッドに入っている時以外には離れたことのなかった愛馬。長い間離れ離れになってしまっていた気がした。

「頭のいい馬だ……セオ、君が言っていたその馬と分かれた位置から動いていなかった。手綱をどこにも結んでいなかったのにだ。」
「ありがとうございます、本当に!遺体を奪ったディエゴさんを追ってゴールします。そうしたらジャイロさんに命を吹き込みに行きますので。……だから、その、ディエゴさんをよろしくお願いします。」

 スティール氏はディエゴの身体を抱き上げ、しずかに頷いた。彼になら任せても大丈夫だとセオは思った。ラームに乗り、スティール氏とルーシーに一旦の別れを告げる。先頭にいち早く追い付かなくては。夜中も止まらずに走り続けないと追いつけないだろう……いや、彼らも夜通しではしるはずだ。それならば、今までにない勢いで走らなければいけない。

「ラーム、あなたに沢山無理をさせてきたけど……今夜が最後なの、これですべてが決まるの。だから、お願いね。」

 ラームは最高のスピードを保ち、夜通し走り続けた。これがセオとラームの最後の頑張りどころだ。





 夜明け、青白い光が海に差し込む。朝、だいたい4時30分、セオは15位で8th STAGEのゴールに到着した。早朝だというのに観客は大勢、次々とゴールする選手に、歓声と拍手を送っていた。

「15位のセオ・フロレアール選手!汽船に案内します、こちらへどうぞ。」

 15位の旗を持った係員に案内され、セオとラームは船に乗った。走りっぱなしだったラームは脚を折って甲板に倒れ込む。息の荒くなった彼のたてがみを、セオは優しく撫でた。

「ディエゴ・ブランドー選手は何分前に出発しましたか?」
「30分から40分ほど前です、ここから船は目視できませんね。」
「そうですか……。」

 マンハッタン島の地図を広げる。街の中は、自由に走ることができた今までと違って、道路が決まっている。中でもレース用に開放された道路しか走れない。セオは迷わず1番道のりの短いルートを走ることに決めた。
 ゆっくりと進む船の中で、朝食にパンを食べる。ジャムを少しだけ付けた硬いパン。こうしてレース上で食事を取るのはこれで最後だと思うと、今までお世話になってきたこの硬いパンが愛おしく感じられた。あと少し、もう少しで終わる。長い旅だった、ここまで生きていられたことに感謝する。そして同時に、もしかしたら待ちうけているかもしれない異世界のディエゴとの対決に、不安でいっぱいになった。異世界のディエゴを殺すことに抵抗はない、ただ少しの道徳心が見え隠れするが、自分の愛するディエゴのためならば、道徳的でなくても厭わない。しかし彼に勝てるかどうか、それだけが心配だ。

 だんだんと港が近づいてくる。セオはラームにまたがり、港に着くのと同時に走り出した。両脇には相変わらずの観客達。セオの名を呼び、彼女のファンになったのか横断幕を作って応援してくれる人もいた。ちらりと視界に入ったそれに勇気を貰う、手を振って感謝の気持ちを示すと、その方向からより大きい叫び声がした。
 街の大通りを進む。ブルックリンブリッジが見えてきた。橋にさしかかる、いよいよラストスパートだ、先頭集団はさっぱり見えないが、その後続集団ではセオがトップだ。

「……!?」

 橋に入ったところで、前方に血まみれで横たわるジョニィを見つけた。

「ジョニィさん!!」

 ラームを降り、ジョニィに駆け寄る。彼の身体は細切れに分かれているように見える。ぐるぐると回転が身体にかかっていて、なんとも不思議な姿だった。

「……あ、セオ……さ……。」
「ディエゴさんは!?」
「ゴール……セオ……さん……頼んだ……。」

 ジョニィはディエゴに敗れた。そうすると、ついにセオがディエゴと戦わなくてはいけない番がきた。決意は変わらない、ラームに乗りなおし、セオは再び走り始めた。
 今のこの一瞬で何人かに追い抜かれてしまったが問題ない。ラームは再び最高スピードで走る、みるみるうちに先に行った選手を追い抜き返し、もとの順位に返り咲いた。シティホールパークを右目に左折すると、残りは直線。
 耳を潰すような人々の声、ファイナルと掲げられたゴール、空を舞う紙吹雪。栄光をつかむ人々への祝福がそこにはあふれていた。

『9位!「セオ・フロレアール」!!6時36分25秒!セオ・フロレアールとラームです!!!今ゴールしました!!!』

 ついにゴールを越えたセオ、ぐらりと倒れるようにしてラームから降りる。係員が9と書かれたワッペンをセオの腕に張り付けた。
 ゴールできた、ついに。しかしここで終わりではない、トリニティ教会の墓地、シェルターへ向かわなくては。





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