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19.召された子


 人は誰だって幸せになることを願っている。その幸せのかたちは人それぞれでも、幸せになりたい気持ちは同じだろう。セオもそうだった。レースを無事に終えて、父に会って、大学院に行って……それだけで良かった。しかし今は違う、その幸せの中に、ディエゴと共に歩みたいという願いが増えた。それを叶えるために、セオはこれから、自然のタブーを犯す。死んだものの命は二度と帰ってこない、それが普通であるはずなのに。相当の代価が必要になるだろう、それが何になるかは分からない。それでもやらなければいけないことだ。
 セオとルーシーは列車の中で様々な事を話した。ヴァレンタイン大統領のスタンドの事、遺体の事、ディエゴの事、など。

「セオさん、あの。」
「どうしました?」

 ソファに腰かけていたルーシーが口を開いた。車窓に腰をかけて外を見ていたセオは振り返り、ソファに座る。

「……ジョニィが負けた時の事を考えていたの。もし、異世界のDioがジョニィを破って、遺体を奪われて、そのままシェルターに入れられた時の事を。」
「そのときは、どうやってあのディエゴさんを殺すか、ということですね?」
「・……。」

 ルーシーは驚く、セオの口からはっきりと、あの男を殺すという言葉が出たからだ。ディエゴはセオの想い人、そんな人を殺すなんて。

「驚いたわ……あなたの口からはっきりと出て。」
「あのディエゴさんは、わたしが憧れたディエゴさんではありません、から。」

 セオの方は冷静だ。あくまで彼女が恋焦がれているのは、命を落とした、この世界のディエゴ・ブランドーである。それ以外の『偽物』には興味はない。どんなに似ていても、どんなに同じでも、そんな存在はセオの幸せの邪魔でしかない。だから彼女は、異世界のディエゴに手をかける事に躊躇いなんてない。

「それで、あのディエゴさんを殺すために、どうするつもりですか?なにか作戦が……?」

 その問いに、セオのディエゴを想う気持ちに、ルーシーは口をつぐんだ。彼女が考えていたのは、この世界のディエゴの死体とあのディエゴを出合わせ、2つを同時に消滅させるという作戦だったからだ。これではセオの幸せである、ディエゴの生きている未来が叶わない。待っても返事をしないルーシーをみて、セオは笑った。

「大方、ディエゴさん同士を出合わせて消滅させる、という作戦でしょうか。」
「……ええ。」
「そうするとこっちのディエゴさんも消える、だからわたしに言えないと思って下さったんですね。」

 はかなげにありがとうございますと言って笑うセオに、ルーシーはいたたまれなくなった。

「でも、ごめんなさい。それは許せません……わたしには彼が必要ですから……。だから、だから……わたしがあの男を殺してきます。」
「え!?」
「ディエゴさんを助けて、あの男を追います。それで、もしジョニィさんが負けていたら、決着がついていなかったら、その時はわたしが殺す。それでいいです。」
「そんな、あなた、本気で?」
「もちろん。」

 躊躇いはない、自分の幸せのためならば。向こうの世界でも親しいだろう自分が行けば、異世界のディエゴの気も緩み、そこが狙えると思う。




 話をしているうちに、セオとディエゴが落ちた場所に着いた。スティール氏が操縦室から戻って来て、セオと一緒にルーシーもここで待っていてほしいと言った。スティール氏はその間にフィラデルフィアへ戻って、ラームを連れて来てくれる。

「ではセオ……ルーシーを頼む。」
「任せてください。」

 セオとルーシーは列車を降り、再び走り出し車体を見送った。セオはすぐにディエゴを見つける。さっき彼が死んだあとセオが並べたまま変わらず綺麗に草の上に置かれている。腰の断面はくっつかないぎりぎりに並べてあり、彼の手は胸の上で組まれている。

「ディエゴさん、今助けますから。」

 色を失った唇に、セオの唇を乗せる。冷たくて硬い、とうてい人間とは思えない感触がした。唇をはなして、フック・アンド・セイブを発動させる。白い糸が意思を持っているかの様にディエゴの身体を這い、2つに分かれた胴体を縫うようにして皮膚の下に潜った。糸が一周して、身体が元の1つにくっつく。そして、糸の先がディエゴの心臓に触れる。

「……ハアッ!!ッ……ハ……。」

 ディエゴが息を吹き返した。はあはあと呼吸を乱して、胸を上下させている。

「ディエゴさん!!」

 返事はなかった、意識は失っているようだ。怪我も出血量も多いのだから、生き返ったとはいえども危険な状態だろう。

「ディエゴさん、嬉しいです……またこうして、この世に……ああ……必ず助けます……病院へ連れて行きますから……治療と、輸血を……ッ……ディエゴさん……!!」
「奇跡だわ……息が吹き返っている……。」

 まさに神の御業、しかし同時に、自然を逸脱した『最悪のもの』。セオはディエゴの頬にキスをした。さっきとは違い、ほのかに人間の肌の暖かさがする。彼女はたまらなくなって涙をこぼした。
 しかし安心しきったその時、にじんでぼやけた視界に、再びここではない風景が浮かんだ。荒野、戦争をしている2つの勢力がぶつかっている。片方の勢力がダイナマイトのようなものを大量に投げた。その相手の側で、大きな爆発が起きる、その場に居た500以上の人が死んだ。――そこでイメージは消え、風景は元に戻った。

「……ッ。」
「どうしたの?」
「なんでもありません、大丈夫、です。……スティール氏を待ちましょう。ラームと一緒にあの男を追って……ディエゴさんを病院に連れて行かないと……。」

 今のはもしかしたら、代価と言うものなのかもしれない。ディエゴの魂のために大勢の人が死ぬと言う事があるのだろうか。いや、わからない、たまたま何か、昔に見たものがフラッシュバックしたのかもしれない。まずはスティール氏の帰りを待とう。事はまだ終わっていない。






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