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18.得られた力


 走ること1km近い。地平線に、停まった列車が見えた。さらに走ると、そのそばにジョニィとルーシー、そしてスティール氏がいるのが見えた。

「ジョニィさん!」
「……セオさん。」

 ジョニィは立っている、立って自分の馬に寄りかかっている。

「大統領は?」
「ぼくが倒した、スタンドを破壊した。」
「そう……ですか。」

 自分の手でとどめを刺せなかったことに悔しさを覚えたが、それ以上に大統領が死んだという事実に安心をした。

「セオさん、生きていてよかった。その、Dioと一緒に列車から落ちるのが見えたから、てっきり。」
「わたしは……わたしは大丈夫です。」

 ふふと力なく笑う。ジョニィもすこしだけ、口角をあげてみせた。セオはジョニィの横に置いてある遺体を見つけ、そっと毛布の上から触れた。ディエゴが命をかけ、他のなにものをも犠牲にしながら求め続けた遺体。みるだけなら、ただのミイラだ。

「ちょっとだけ、触らせてください。」

 毛布からはみ出た右腕に触れる。すると途端に『pessimum』の文字が光りはじめた。その場にいた3人は驚いてセオの腕に注目する。

「セオさんの……その腕は……?」
「『pessimum』……最悪のもの、『神の御国へ向かう魂を、人の子の力によってこの世に留めること』……です。この遺体に触れることで、わたしは死者の魂を呼び戻す力を得られました。」
「死者をッ!?じゃ、じゃあ……ジャイロも……!」
「ジャイロさん、亡くなったんですか……!?」
「ああ、大統領にやられた、だから、セオさん、もし、その力で人を……ジャイロを生き返らせることができるのなら……!」
「……わかりました、ジャイロさんを。」

 腕の光が止まって、また文字だけが浮かんだ。本当に力が得られたのか、見た眼には分からないが、セオの心には自信とその力を扱えるという確信が宿った。
 ふと見上げた丘の上を、レース参加者たちが走って行った。いつも先頭にいるメンバーだ、ポコロコやノリスケ・ヒガシカタ達……。

「……レースはおそらく、大成功なのだろう。」

 スティール氏がつぶやいた。少年時代からの夢がかなう瞬間は近い。というのに、スティール氏の表情は浮かない、それもそうだろう、色んなことが有りすぎた。

「ジャイロを探さなくては。ジャイロの遺体を……そしてセオさんに魂を取り戻して貰わないと……。ぼくは一度、ジャイロが居なくなることに覚悟を決めた、でも……彼が戻ってくるなら……。」

 ジャイロの体は水に沈んだと言うから、はやく見つけないと流されていってしまう。体さえあればセオにはどうにかできる。遺体のおかげで、セオは大きな力を得た。改めて感謝しなければいけないと思い、セオは遺体の方へ振り返る。

「……待って。」
「どうしたんだい?」
「遺体がない。」

 さっきそこにあって、セオが触れた位置に、遺体がないのだ。ジョニィはあわててスローダンサーに飛び乗り、辺りをさぐった。セオもそれにつづく。セオが遺体に触った後、誰一人として遺体には触っていない、あの一回の後は彼女自身も。
 草むらの影に、馬の足跡があった。遺体を盗んだ奴、敵はまだいる。足音も気配もなかったというのに、遺体が持ち去られていて、しかも足跡がはっきり残っている。この足跡の持ち主に、セオはよく覚えが合った。レースの長い時間を一緒にした、あの馬だ……。

「シルバーバレット、ディエゴさんの馬の、足跡です。」
「……なにッ!?言われてみればそうだ……しかしDioは死んだ……なぜ!?」
「大統領のスタンドです、きっと、死ぬ前に別の世界のディエゴさんを連れて来たんだッ……!」
「合点がいく!大統領に言われてDioは遺体を奪ったんだ!……どこへ行った!?」
「行き先にひとつ、心当たりがある。」

 焦る2人の横で、一人冷静に見えるスティール氏が口を開いた。

「ヴァレンタイン大統領……かつて、このレースが始まる直前まで、マンハッタン島の地下に『シェルター』を建設していた。今までの事柄から推測すると、おそらくそれは……『そろえ終わった時』に『遺体』を保管して置くための場所!」
「『地下シェルター』……。」
「そこへ向かっているはずだ!マンハッタン!トリニティ教会の地下!それは『SBRレース』のゴール地点と一致するッ!」
「――行くぞ!ぼくは行く……Dioを止めるッ!ルーシー!お願いがある、ジャイロの身体を見つけて欲しい。そしてセオさん……頼みます。」
「わかりました、ジャイロさんを、必ず。」

 ジョニィはスローダンサーを走らせた、8th STAGEのゴールへ、その先のゴールへ向けて。

「……スティール氏、お願いがあります。」

 セオは改めてスティール氏に向き直った。

「わたしの愛馬、ラームをフィラデルフィアから連れて来てください。ここからレースを続行します。馬の乗り換えはしていません……問題ありませんね……。そして、列車でディエゴさんが落ちたところまで、連れて行って下さい。」
「セオ……君は、ディエゴ・ブランドーを生き返らせるのか……?」
「ええ。わたしには彼が必要です、必要なんです。きっと、あなたにとってのルーシーさんのように……だから、お願いします……。」

 スティール氏とルーシーは黙ってセオを見つめた。そしてスティール氏は、良いだろうと一言。電柱に設置された電話を取り、列車が移動することについて連絡をしてくれた。セオは先にルーシーと共に、ディエゴが命を落としたあの場所に向かうため、列車に乗り込んだ。






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