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17.天啓


 セオは地面に叩きつけられ、慣性の法則に従ってぐるぐると転がった。止まった時には小石やら草やらで身体中傷だらけになっていた。

「ディエゴさん!」

 そんなことはどうだっていい。怪我よりも、先に落ちて行ったディエゴを見つけなくては。セオが落ちた数十メートル後方にディエゴの服の緑色を見つけた。その姿を捉えて走りよるが、セオは、息が止まった。
 ディエゴの身体が、真っ二つに、分かれている。

「っああああああああ!!!!!ディエゴさん!!!!!」

 セオはディエゴに駆け寄り、その血まみれになった上半身を抱きしめた。彼の意識はまだあった、痙攣する瞼を半分だけ開き、自分を抱きしめているセオを見つめる。

「セオ……勝った……オレは……。」
「やめてッ!しゃべらないで……動かないで……!」
「好きだ、君が、なあ、好きだと言ってくれ……セオ……。」
「好きですッ!ディエゴさん、あなたが、あなたのことが大好きです……だからッ……っあ……。」

 ディエゴは満足そうに笑った、そして、ゆっくりと目を閉じた。彼の身体から力が抜け、腕がだらんと垂れた。ディエゴさん、と、名前を呼んでも、返事がない。死んだのだ。ディエゴ・ブランドーは敗れた。

「いやです、どうして、ねえ、どうして……どうして……大統領を……ディエゴさん……。」

 ディエゴの身体を抱きしめて辺りを見る。大統領の姿はない。逃げだす姿も見えなかった。だとしたらこれは、車体と線路の間に挟まって逃げたのではないか。そうだと悟ったセオの瞳は黒く濁った。

「……許せない……大統領が……ディエゴさんを……許せない、許せない、許せない!許せない!許せない許せない許せない!許さない、許さない!!殺してやるッ!!!」

 この世の深い悲しみを知ったセオに迷いはない。大統領を見つけて息の根を止めなくてはいけない。復讐だ、ディエゴと、彼を奪われた自分のために。大統領がどれだけ先に行ったかは分からない、それでも走らなければいけない。

 一歩踏み出した、その時、気を失う前の、あのイメージがセオに再び襲いかかった。曇天、長い坂道、死人のような人々が彼女の前に現れた。しかし先ほどのように動じはしない、ディエゴを失ったのに比べたら、どうだってことない。坂道を登ろうとするそのつま先に、何かがぶつかった。足元を見ると、先ほどと同じように足の甲に穴が空いて血が流れているのと、大きな十字架が落ちているのが目に入った。人を磔刑にあてるためのような大きさの十字架、セオはこれをみて、1つの答えが浮かんだような気がした。

「――ここは、ゴルゴダの丘……。」

 少し先、丘の上に、同じような十字架が何本も立っている。ここはイエス・キリストが磔にされたゴルゴダの丘のように思えた。

『――最悪のもの、その力を持つ者よ……。』

 見上げた空から声がした。雲が裂けて、青空ではなく金色をした空が見えた。光がセオに降り注ぐ、神々しいものを感じた。

「イエス様……?」
『最悪のもの……それは神の御国へ向かう魂を、人の子の力によってこの世に留めることである……。』
「どういうこと……ですか?」
『お前にはその力がある、我が遺体に触れ、力を手に入れよ――』
「それは、魂をこの世に留めるとは、人を生き返らせる力が得られると、そういうことなのですか?」

 セオの問いに対する返事はなかったが、彼女は自分の思っている通りであると確信した。そして同時にいっぱいの幸福感が胸につまった。『神の御国へ向かう魂を、この世に留めることができる』――遺体にふれたならば、その力が得られるはずだ。そうすれば、ディエゴを……再びこの世に呼び戻すことができる。
 セオは一歩踏み出した、地面に横たわる十字架を越えて、丘を登り始める。ゆっくりと走った。進むたびに景色はぼんやりと消えて息、元の景色に戻っていった。






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