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14.溝


 1人、雪の吹き荒れる道を行く。2時間ほど前から降り始めた雪と横から殴るような風は、ローブを被せたラームの脚をふらつかせていた。

「もうすぐ街だから、灯りが見えるよ。」

 ぼんやりと灰色の空に映るのはビルの影と丸みのある灯り。セオはラームから降りて、彼の手綱を引いた。
 ディエゴと道を別れてから何日になるだろう、心細い日々が続いている。1人でいた時間も長いのだから、野営にも進行にも不安はないのだが。ただ、ディエゴがどこかでジョニィ達や大統領の刺客から追われていないかと、敵の多い彼の事を思うと心がぎゅうと締め付けられるのだ。






 夕暮れ、街に到着した。街の人々は夜のバー開店に向けて店先の雪かきをしている。そんな街頭に見たことのある人影が見えた。今までの関係について色々と思うところがあるが、あいさつなしに去るのも気が引ける。それに、何故道端でワインを飲んでいるのかが気になる。

「ジョニィさん、ジャイロさん。」
「……セオさん?」
「やあお嬢ちゃん。」

 吃驚して空のコップを落としそうになるジョニィと、ワインをラッパ飲みで飲み干すジャイロ。酔っぱらっているのか、2人の頬はほんのりと赤くなっている。

「どうしたんですか?こんな雪の中。」
「オレ達なにもかも失っちゃったんだよね。」
「何もかも?」
「ああ、だからお酒飲んでるってワケ。」
「へえ……?」

 分かったような返事をしてみたがさっぱり意味が伝わってこなかった。どことなくニヒルな雰囲気を醸し出している2人、なにかあったのは明白だ。彼らがこうして自棄な態度になるような原因といったら、遺体に関する事だろうかと予想がつく。しかし下手に口を出さない方が賢明だと思ったので、そうですかとだけ返事をした。

「君、今夜はこの街に泊るのかい?」
「ええ、これから宿を探そうと。」
「じゃあ一緒に行ってもいい?」
「もちろんです。」

 やったあと喜ぶジョニィに、ジャイロがやるじゃねえか〜と言って肘打ちをしていた。3人は近くにあった宿屋に入る。3人の馬は速やかに馬小屋に入れてもらった。ジョニィとジャイロは2人で1部屋を取り、セオは1人部屋を取った。3人はロビーで食事をとり、そのあとはのんびりトランプで遊んだ。そしてワインをひと瓶開けて飲む2人は、いくらか気分が良くなったようで、生気のある笑い声をあげていた。セオはそれを見て安心する。

「ふふ。」

 思わず声がもれる。笑ったセオを見て、ジョニィとジャイロも嬉しそうに笑う。

「よかったです、なんとなく。わたしの事も敵視されてるんじゃないかと思っていたので。」
「ディエゴのヤローは嫌いだが、お嬢ちゃんの事をどうこうは言わないぜ。」
「でもわたしは、ディエゴさんの邪魔をする人だと認識したならば容赦はしないですよ。」
「はは、こわいな。」

 ジョニィはディエゴの事が大嫌いだそうだが、少なからずセオには好意を抱いている。それは今夜の出来ごとを見ていれば分かることだった。しかしセオは頭のなかをディエゴでいっぱいにしているので気付くことはなく、ただ優しいなあと認識するだけで止まる。それを外から見ているジャイロは苦笑いだ。
 セオが見つめている先は気に食わないが、そのひた向きさや従順でけなげな姿は好感が持てる、とジョニィは思った。ゴールや休憩中に見せる、ラームに向けられた優しい笑顔は、何物にも代えがたい可愛さがあった。だからこそ、それが向けられるディエゴには嫌悪感が募る。

「あなた方や大統領を敵に回した茨の道でも、わたしはもう逃げられないし逃げたくない……。」

 セオはハッとした、自分はここに居ていい人間ではないということを思い出したのだ。こうして2人と一緒に居るのはよくない。彼女は2人に悪い気持ちは抱いていないつもりだし、ジャイロは読めないがジョニィはセオに対して攻撃的ではない。しかし、遺体を通して彼らとは確執がある。

「どうした?」

 急に雰囲気の変わったセオに気づき、ジャイロが声をかける。

「いえ、なんでも……。」

 なんでもない、とは言ったが、急に居辛くなったセオは立ち上がった。部屋に戻ろう。

「ごめんなさい、そろそろ部屋に戻って休まないと。」
「……そうだな、時間も時間だし。ジョニィ、オレ達も戻ろうぜ。」
「あ、ああ。」

 ごめんなさい、と謝りながらも、セオは足早にロビーを去った。急いで部屋に戻ってベッドに飛びこむ。布団をかぶって身体を丸めると、じわじわと涙があふれてきた。
 同じレースに挑む者同士、気の良い人たち。なのにどうしてこんなに後ろめたい気持ちになるのか。決してディエゴは悪くない、悪いのはこうやって自分から距離を置こうとしてしまうセオ自身なのだ。彼女はそう言い聞かせて、このまま寝ようと決めた。






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