trance | ナノ



11.演技


 セオは19位で到着した。先頭から遅れを取った彼女のことも、観客はしっかり見て、拍手を送ってくれた。しかしその音がどこか遠くに感じられるのは、頭の中でずっとディエゴの事を考えているからだろう。

「フロレアール選手、タオルをお使いください。」

 係員がセオにタオルを差し出す。そういえば雨に濡れたまま走ってきたから、服を乾かすなんてことはさっぱり考えていなかった。セオは一言ありがとうと言って、タオルを肩に乗せた。そしてそのままバケツを借りて水を汲みに行った。最後はペースを落としたとはいえ、今日の道中はかなり無理をさせてしまったから、ラームをはやく休ませたい。
 しかし水場に居た先客をみて、セオは尻込みする。ジョニィとジャイロだ。逃げるか、と思った時には遅かった、2人に気づかれた。ジャイロは表情がないが、ジョニィの方は敵意丸出しに目をきつく細めてこちらを見ている。ジョニィに直接手を出した事は無いが、ジャイロの鉄球を奪ったという前科があるから、というかディエゴに味方している時点で敵と認定されても仕方ない。そうわかっていても、セオは彼らと向かい合おうと腹を括った。

「……う。」

 これでも演技は上手い方だ。じんわりと涙を浮かび上がらせ、それを悟られないように、と振舞って、ラームの首に顔を埋める。その振動で涙は頬を伝った。2人に背を向けているので表情は見えないが、ジョニィがうろたえているのは聞こえる。

「あ、ちょっと、君。」
「やめとけジョニィ。」
「女の子を泣かせたんだ、やることがあるだろ。――えーと、その……君。」

 ジョニィの手がセオの肩に触れる。わざとらしくビクリと肩を震わせれば、彼も吃驚して声をあげた。弱々しい女の子を演じるのはお手の物だとセオは思う。

「ジョニィ・ジョースター選手とジャイロ・ツェペリ選手、ですよね・・・さっきの……。」
「あ……ああ、そうだよ。君は?」
「……わたしはセオ・フロレアールです。」

 顔はジョニィの方に向けるが、体はラームから離さない。こうやって女の子が何かにすがって立っている姿は可愛く見えるのだ、セオは知っている。

「おめーよォ、恐竜化したあとDioのヤローに攫われた奴だろ?どうしてDioなんかに協力してるんだ。」
「そう、です。ディエゴさんに攫われて……それで、欲しい物があるから協力しろって……それで……。」
「欲しい物?」
「何かは、知らないです。けど、あなた方に取られたくないものだと言っていました。」

 欲しい物、ときいて、ジョニィとジャイロが目を合わせた。遺体の事を言っているらしい、と、アイコンタクトで伝えあっている。セオはそれに気付いたが、何をしているのかは分からないフリをする。

「何だっておめーみたいのを連れてるんだ?あのスタンドの所為か。」
「スタンド……?」

 スタンドの言葉に、今初めて聞いた言葉ですという反応を装うセオ。ディエゴの時に学習したのだ、この言葉は一般的に知られているものではないと。

「ああ、あの糸みたいなやつだよ。ジャイロの鉄球を持って行ったさ。」
「白い糸……あれですね。不思議な力……生まれた時からあって、隠していたんですけれど、ディエゴさんには何故かばれてしまったんです・・・スタンドって呼ぶんですね。」

 おずおずと、先ほどジャイロから奪った鉄球を差し出す。返しますと言うと、ジャイロは、エ!?と、予想外という顔をして受け取った。それもそうだ、敵だと認識していた人物に武器を返してもらえたのだから。

「その、さっきはごめんなさい。ディエゴさんがそれを奪えば良いって。でも、罪悪感でいっぱいになって……返せて良かったです。」
「ンン、調子狂うな。アー、オレも悪かった。腕の骨イッただろ?はやく医者行っとけ。」
「はい……ありがとうございます!」

 心配してくれて至極嬉しいという笑顔を作って見せる。ぽっとジョニィの頬が赤くなったのが見えた。セオは、かかった!と、心でガッツポーズをした。

「あー、あのさ、これあんまし言っちゃだめだと思うけど、君、Dioなんかと一緒に居ない方がいいよ?」

 そんなジョニィが、申し訳なさそうにセオに言う。彼からしたらディエゴは悪者、そんな奴とこんないたいけな女の子(成人している)を一緒に居させてはいけないと思っているらしい。セオとしても、ディエゴは社会においては悪のような存在だろうとは認識している。しかし、それでもついて行きたいと思っているのはほかでもないセオである。

「えっ……あ……どうしてそんなこと、言うんですか?」

 ちょっとショックを受けたのは事実だ。それを大げさにして、眉毛をハの字に歪めながら、弱々しい声で返事をした。

「そんな深い意味は無いから!ただあいつ、結構乱暴だし。」

 セオを傷つけまいと、ジョニィは必死に言葉を選んで言った。実際乱暴なんて言葉じゃあ片付けられないくらいなのだが。セオも分かっている。

「それなら大丈夫です、よくしてくれますから……。」
「そ、そう?」

 まだ何か言いたそうなジョニィの後ろで、観客席から歓声が沸いた。3人揃って振り返る。実況放送が、ディエゴの到着を知らせた。

「おいジョニィ!あれを見ろ……。」

 ジャイロはかなり悔しそうな、先ほどまでは見せていなかった醜い表情を晒した。こんな顔をするほどにジャイロは、ディエゴを恨んでいるのだろうか。

「ディエゴさん・・・。わたし行きますね、ラーム!」
「あッ、セオさん!」

 セオはゴールラインを越えたディエゴに駆け寄る。ラームは手綱をひかなくてもついて来てくれた。ディエゴは暗く影のある無表情でセオを見ると、手に持っていた鞍をその場に落とし、近寄るセオを捕まえて抱きしめた。

「・・・ディエゴさん!?」

 それに動揺したのはセオ、そして会場。セオは両腕をホールドされて身動きが取れない。そこにディエゴが倒れこみ、膝立ちになる。セオもそれに合わせて膝を折った。彼がかけてくる体重によって背中をそらせる。

『おォーッと!?ディエゴ・ブランドーが、先に到着していた新聞記者セオ・フロレアールを強く抱きしめるッ!観客の前でもお構いなしのあつーい抱擁だ!この2人、そういう関係だったのか!?』

 頭上から実況放送の声、スキャンダルを撒き散らしている。拒否をするような気持ちはこれっぽっちもないが、沢山の人の前というのはとても恥ずかしい。

「ディエゴさん!」
「何も言うな。頼む、こうさせていてくれ。」

 いつになく儚げな声色に、セオはハッとする。まだ彼のメンタルは回復していなかった。突き放すことはできないし、そんな気は毛頭ない。セオはディエゴに応えようと、包まれた腕を伸ばして彼の背中にまわした。





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -