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10.嵐の中の戦い


 『TURBO』の示す場所を目指して走る。川を通る必要がないルートなので、ラームに負担が少なくなる。回り道にはなるがこの道は楽だ。
 が、しかし。

「雨です。」
「気付いている。」

 強い風に交じって、雨が降ってきた。段々と雨脚は強くなり、足元はぬかるみ始める。

「……!」

 ふいに、ディエゴが目元を押さえた。そして彼は深刻な表情をしてきょろきょろと辺りを見回す。大丈夫ですか、とセオは声をかけた。

「これは……何だ?何なんだ!?この『左眼』が……。」
「ディエゴさん?」
「今この地平線の先で、なぜか遺体が掘り起こされてしまったのを感じる!見えたのは『脊椎』の部分だった!」
「あったんですか、遺体!」
「ああ!しかし誰かに掘り起こされた。なのに近づいてくる感覚がある。」
「誰かが持ちだして、こちらに来る……?」
「そういうことだ。」

 セオには分からない感覚だが、遺体を持つディエゴには何かテレパシーのようなものを感じるのだろう。そちらは分からなくても、セオ達の背後、何かが近づいてくる気配があるのに気付いた。雨の音にまぎれて届く、かすかな馬の蹄の音、人の息遣い。

「ジャイロが来たら『鉄球』を奪え。奴の武器だ。」
「鉄球、分かりました。」

 ディエゴはゆっくりと馬の歩みを止めた。セオも合わせて止まる。ちらと横を覗くと、恐竜化を始めたディエゴと目が合った。
 ジョニィとジャイロがセオ達を追い越そうとするのと同時に攻撃を仕掛けてきた。ディエゴに向かってジョニィの爪が飛ぶ。ディエゴは馬と共にジャンプをして、2人の前方に立ち直った。

「セオ!鉄球を奪え!」

 ディエゴの声につられ、ジョニィとジャイロがセオの方へ振り向く。セオは右手を構え、素早く糸を放った。ジャイロの手が鉄球に触れる、どうやったのか、鉄球には回転がかかる。鉄球はディエゴに向けられている、セオの糸が鉄球に触れ、それはヒュンと音をたてて彼女の方に引き寄せられた。

「何だッ!?」
「スタンドか!」

 回転のかかった鉄球はセオの手中に収まったが、動きは止まらない。

「なに……。」
「お嬢ちゃん、それに触らない方が良かったぜッ!」

 ぐるぐると鉄球はセオの手を周り、皮膚を巻き込みながら体内にめり込んでくる。メキ、と、嫌な音がした、左手首の骨が折れた。

「ぐっ……!」

 鉄球は止まらない。セオの腕を下に引っ張り、彼女をラームから引き落とした。乗り手を失ったラームは暴走し、ディエゴの進行方向とは別の方向に走っていく。セオの落馬と同時に鉄球は回転をやめた、まるでそれが使命であったと言うように。

「っあああ!!」

 3人の背中が遠くなる。鉄球1つを止めることしかできなかったセオは、彼らの背中に向かって吠えた。2対1でディエゴは大丈夫なのか、女のセオに心配される彼ではなくても、胸の内側の嫌な感じがぬぐえない。

「ラーム!」

 セオは相棒の名を呼ぶ。雨天の暗い中、闇にまぎれてラームが戻ってきた。速く後を追わなくてはならない。後ろからでも攻撃はできる、人を引きずり落とすことくらい可能だ。
 ぐちゃぐちゃになった足元を、ラームを全力で走らせる。もう地平線上に3人の姿は見えない。速く行かないとと焦る気持ちがラームに伝わり、彼は疲れを顧みずに走った。

 地平線に人の影が見えた、誰の影だ、ラームは進む、顔が見えた、――ディエゴだ。

「ディエゴさん!」
「グアアアア……!」

 半分恐竜になったディエゴが空に向かって雄叫びをあげている。彼の脚元には、脚を負傷したらしいシルバーバレットが頭を伏せていた。

「ディエゴさん!セオです!あの2人はどこに行きましたか!シルバーバレットは!?」
「クアアアアア!グウゥ……ッ、仕留められなかった……出し抜かれた……!」

 恐竜化が解ける。彼は地面にうずくまり、憎悪や敗北感で一杯になった全身を押さえようと荒く呼吸をしている。雨がまるで涙のように頬を伝っているのをみて、セオは堪らなくなった。横たわるディエゴの身体を覆いかぶさるようにして抱きしめる。すっかり身体は冷えていた。

「ディエゴさん……。」
「ぐっ……っああ、セオ……!」

 身体を丸めるディエゴを、暴れないように、とぎゅうと抱きしめる。彼を抱きしめていたいと心が訴えている。他には何もできない、ただディエゴがうなるのを聞きながら、セオはじっとしていた。



 ゆっくりと、空が晴れていく。太陽が顔を出してセオ達を照らす。ディエゴは上体をあげて、シルバーバレットの脚を診た。折れているのか、前脚に丸く腫れ上がった部分がある。

「……セオ、シルバーバレットは走れない。君は先に行け。」
「わたしも一緒に歩きます。」
「いいや、行ってゴールをするんだ。どうしても一緒に行きたいって言うんなら、カンザスシティで待っていてくれ。」
「……う。」
「どうして君が泣きそうになるんだ。」

 セオの瞳に涙がたまる。ディエゴはそんなセオの頬を押さえ、目の下に軽くキスをした。赤くなったセオの頬を涙が伝う。どうして泣くのかと訊かれても、自分でもこれがなにの涙なのか分からない。

「今日中に到着する。先に宿を取って待っていてくれ。」
「わかりました……任せてください。」

 頬に触れられる手を取り、セオはもう一度ディエゴを抱きしめた。抱擁をうけるディエゴは彼女を抱きしめ返す。そしてセオは立ち上がり、ラームの手綱を取って乗り上げた。ディエゴを置いて行くのはとても気が引ける、しかし、ここで一緒に残ると言うのは、彼のプライドを傷つけることにつながると思った。傷ついてぼろぼろになった姿は、見られたくないのだと理解したからだ。

「では、先に、行きます。」
「またあとで。」






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