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9.不可能


 3rd STAGEのゴールが近い。ディエゴは企みがある、とは行ったが、レースの方ももちろん忘れていない。彼にとって今はまず、1位を取ることが先決だ。

「オレは1位を取るッ!君にはかまってられない!今夜はキャノンシティで宿を探すぞ!ゴールしたらオレを見つけろ、いいな!」
「分かりました!」

 セオの返事を聞き、ディエゴはスピードを上げた。ラームはどんどん離されるが、それに闘争心が燃えたらしく、彼のスピードもゆるまない。キャノン湖にさしかかる集団、ディエゴとジョニィ・ジョースター、ジャイロ・ツェペリは湖を渡るという大胆な技に出る。セオは驚きながらも右の平坦な道を選んだ。

『先頭集団の紅一点!新聞記者セオ・フロレアールも右を選んだ!バーバ・ヤーガとガウチョを抜いてドット・ハーンに続く!』

 上空から実況が聴こえる、セオの名前が呼ばれている。ゴール時の点呼は毎回されているが、こうして実況で名前を出されるのは初めてだと思う。

「ラーム!ドット・ハーンを抜こう!」

 ラームは鼻を奮わせ更にスピードを上げ、ドット・ハーンをすぐに追い抜いた。ラームはゆっくりと、しかし確実に後続と間を空ける。――しかし、そんな彼での横をすり抜ける馬が、一頭。スローダンサーだ、ジョニィは真っ直ぐ前だけを見て去って行く。セオはラームにもっと速くと指示するが、今の速度が限界だった。
 湖を周り終えて、3つに別れた集団が1つに戻る。セオの前にはサンドマンとポコロコがいて、その更に前にディエゴの姿が見える。……そのままの順番でゴールする。1番はジョニィ、そこにディエゴとジャイロが続き、少しだけ空けてポコロコ、サンドマン、セオが入った。1時間前にゴールしていたホット・パンツと合わせて、セオは7位に滑り込むことができた。
 ラームを降りてディエゴを探す。彼はすぐそばに止まっていた。ジョニィに負けたのがよっぽど悔しかったらしく、下唇をぎりぎりと噛んでいて、血がにじんでいるのは離れていても見える。なんと声を掛けようか迷ったが、ここで何を言うのもプライドの高いディエゴには悪いと結論がでた。

「ディエゴさん。」

 声をかけられたディエゴは、ハッとして表情から苛立ちを消し去った。

「セオ。」
「無事にゴールできました。宿を探しに行きますか?」
「ああ、行こう。」
「……ちょっと待ってください。」

 自分に背を向けて歩き始めるディエゴの腕をつかみ、なんだと言って振り返った彼の口にハンカチを当てる。下唇からの血が流れて顎の方までいっていたのだ。

「血、出ていたので。急にごめんなさい。」
「い、いや。……ありがとう。」

 慰めの言葉はかけられなくても、心配しているという気持ちを伝えたかった。それにしても動揺したディエゴの顔を見たのは初めてだ、かなり貴重なものを見た。





 ディエゴとセオは街で一番大きいホテルに入った。外観が立派なばかりでなく評判も良く、泊るならここがお勧めだと大会のパンフレットにも載っているくらいの場所だ。2人はコンシェルジュに選手の証であるコインを見せて、部屋探しをさせてもらう。

「シングルの部屋はまだ沢山空いてございます。」
「いや、ツインで頼む。」
「え。」
「嫌か?」
「嫌も何もツインである必要がありません。」

 何故かツインを勧めてくるディエゴ。セオとコンシェルジュがうろたえる、というか、コンシェルジュは目の前の2人を交互に見て、そういう関係なのかと想像しているような顔をしている。ディエゴは反対するセオの耳をつまみ、ぐいと引っ張った。ひきちぎられる、とビクビクするセオに顔を近づけ、耳元で、ふと、

「一緒にいいだろ?」

 と、囁いた。
 緊張感とも違う得体の知れない感覚がセオの体内を駆け巡った。耳に直に届く低い声に、脳がじんじん言う。

「2階の階段に一番近いツインを頼む。」
「は、はい。かしこまりました。」

 ディエゴは放心状態のセオとその荷物を引っ張って部屋へ向かった。2人は彼の言った通りのツインルームへ案内された。
 ディエゴがセオに部屋の入り口に近いベッドを使わせると言ったのは"何か"があっても逃げられるように、という優しさだろうか……。震えが止まらないセオをよそに、ディエゴはさっさと手袋とブーツを放り投げて、ベッドに身体を沈めた。

「セオ、見てほしいものがある。」
「は、はい?」

 とりあえずと帽子を脱いで髪を下ろしたセオは、ディエゴのベッド脇にあるスツールに腰掛けた。ベッドに北アメリカ大陸の地図が広げられる。何を見ればいいのかと覗きこむと、ふっ、と、頭上から光が落ちてきた。ディエゴの目が光っている。彼の目から落ちた光は、地図上にTURBOという文字を浮かび上がらせている。Oの上にはマクロンがついている、ラテン文字だろうか。不思議な光景にセオは息を呑んだ。

「ターボ……。」
「何の事か分かるか?遺体の残りを示すヒントになっているはずなんだ。」
「なに・・・でしょうか。これ、文字の中に数字が書いてありますね。」
「数字?」
「違いますか?1と0に見えます。」

 TURBOの文字の中に、不規則に並んだ1と0が見える。ディエゴは鉛筆を取り出し、それぞれの中に書かれている数字を解読し始めた。1と0を使うといえば2進数、それをもとに数字を割り出す。

「39、6、24、94、40、6……なんのことでしょう……。」
「アルファベットとの関係は?」
「Oにマクロンがつくのは、身近なところだとラテン文字ですね。」
「ラテン文字……フェルディナンドは1900年前の遺体だと言っていた、ラテン語を使っていた時代だな。」
「文字の方はわかりませんが……これ、6つありますし、度と分と秒で地図上の位置を示しているのでは?」

 前半の3つと後半の3つをグループとすると、アメリカであり得るのは北緯39度6分24秒・西経94度40分6秒の方だ。ディエゴは鉛筆と定規で地図をなぞり、2つの線が交わる場所を見つけた。カンザスシティの西側、ゴールに近い位置だ。

「ゴールまでのルート上にあるな。」
「……1900年前の人が経緯度なんて知っているんですか?経緯度が研究され始めたのは17世紀のヨーロッパですから、紀元が始まったころのアメリカに居たような人が知っているわけ……。」
「君が経緯を表してるのではと言ったんじゃあないか。」
「だってそうとしか思えなくて。」
「遺体が腐って無くならないような"聖人"なんだ、ある種の未来予知か何かをつかったんじゃあないか?」

 経緯度は大航海時代から本格的に研究しはじめられた。古代のヨーロッパでも天体を使って今いる位置を割り出すような研究はされていたが、アメリカにそんな文明があったとは思えない。しかし経緯度で考えたこの位置は、何故だかあり得ない場所ではないと思えてきた。聖人、ならば、これくらいのこともお見通しなのだろうか。聖人自身がその地に埋まるということすらも予知し、現在、つまり1900年前からすると未来に使っている技術で位置を示すなど……。

「行く価値はあるな。レースに少し遅れを取るかもしれないが……いや、取る気はしない。オレには1時間のタイムボーナスもある。セオ、君はどうする?」
「わたしはついて行きます、約束ですから。」
「……良い女だな、君。」

 ディエゴは地図を閉じ、前のめりになってそれを見ていたセオの後頭部を掴んだ。そして軽く、下に向けて力を入れる。セオはバランスを崩してベッドの上に上半身を落とした。

「……!?」

 吃驚して起き上がろうとしても、ディエゴの腕はセオの背中を押さえている。ディエゴもベッドに寝転がり、セオと目線を合わせた。端正な顔が目の前に現れて、セオは軽くパニックだ。

「ディエゴさん!?」
「髪をおろしていると色っぽいな。普段色気を隠している分そそられる。」
「何を言っているんですか!」

 セオの顔にかかった髪をひとふさ、ディエゴは手にとって口元に運ぶ。髪を舐める動作、赤い舌が唇を濡らすのがいやらしい。そして彼の標的は本体へ向かう。鼻と鼻が擦れ合うくらいに接近すると、セオは誰が見ても分かるくらいに耳まで真っ赤になった。

「そんなにビクビクしなくても、こんなこと初めてじゃあないだろう。」
「は、はじめて……。」
「なに?そうだったのか、悪い、可愛いから恋人の1人や2人居るものかと思った。」
「居たこと、ないです。」
「へえ、いいことを聞いた。」

 ディエゴはなにやら機嫌を良くしてセオを解放した。風呂に入ってくる、と言い残して去っていく姿はなんとなく嬉しそうな。残されたセオは自分のベッドに滑り込み、布団を頭まですっぽりかぶった。彼が風呂からあがってきたらどうしよう、当分顔を合わせられない。






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