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7.優しい家族


 3rd STAGEが始まってから5日目、である。ごつごつとした山道が続いている。砂漠よりは山岳コースの方がやりやすいと感じたセオとラームは、このステージも難なく一日80km走行を続けている。
 今日はコース上、山間の小さな村で空き屋を借りることにした。住民たちはレースの運営側から、空き屋を選手のために提供してほしいと事前にお願いをされていたらしく、いくらか綺麗にしてある馬小屋を借りることができた。

「どうぞ、馬小屋だからお馬さんには丁度いいかもしれないけれど、女の子には大丈夫かしら……。」
「ええ、十分ですご婦人、馬小屋をお願いしたのはわたしですから。貸して下さってありがとうございます。」
「どういたしまして。このレースのおかげでうちの村には補助金が出るのよ、しかも家庭別に配ってくれているわ、こちらも嬉しい限りなの。」

 村に住む家族が昔使っていた馬小屋をセオは使わせてもらう。今はほかの馬は一頭もいないので、ラームのプライベート馬小屋にすることができた。セオとしては普通の空き部屋を借りたいとも思ったが、それよりはラームが楽に出来て一緒にいられる場所を選ぶ方が大切だ。セオはラームの身体を洗い、丁寧にブラッシングをする。今夜は屋根のあるところにいられる分、彼に気を使う事が出来る。セオのマッサージを受けながら、ラームはさっさと横になった。野生から離れ飼いならされたラームはこうしてときどき横になることがある。それでも長く座っているのは危険なので1,2時間もすれば立ちあがり、そのまま眠っている。

「お嬢さん、夕食の準備が出来たので一緒にどうですか?」
「旦那様!良いんですか?」
「もちろんです。栄養のある料理を家内が作りましたので。」
「お気づかいありがとうございます……ぜひご一緒させてください!」

 馬小屋を持っている家には、小屋まで案内してくれた夫人とその旦那、そして10歳になるという娘がいた。3人はセオを快く引き受けてくれ、旅の話をしてほしいとせがんだ。セオは道中人と話す機会がほとんどないため、こうやって人と会話出来る時間をありがたく思う。そしてこの料理にも。瑞々しい野菜を口に運ぶことはほとんど出来ないし、こんなに柔らかいパンを食べるのもかなり久しぶりだ。肉も全て干してしまっているため、柔らかく火の通ったものは特にありがたい。セオが嬉しそうに料理を口に運ぶので、夫人は頑張ったかいがあると喜んだ。
 食事がひと段落した頃、外から歓声がわきあがった。他の選手が到着したらしい。娘さんは一目散に家を出て行ったし、夫人も旦那もセオを連れて誰が来たのかを見に行った。

「男の人よ!」

 娘さんが指をさす。居たのは3人、ジョニィ・ジョースター、ジャイロ・ツェペリとそしてディエゴ・ブランドーだ。ディエゴとの久しぶりの再会にセオは嬉しくなって飛び出してしまった。

「ディエゴさん!」

 シルバーバレットに駆け寄る。ディエゴはセオに気づくと馬を降り、迎えてくれるセオの両手をとった。手をとられるのは予想外だったのでセオは驚く。

「やあ!また君に会えるなんて嬉しいよセオ。先に村に着いていたのか、速かったなァ。」
「山岳コースは砂漠よりも速く進めました。調子はとてもいいです。」
「そうか、それは良かった。クンクン、ん?セオ、いい匂いがするな?」
「に、匂い。」

 匂い、と言われ、自分の顔の前で鼻をひくひくされ、セオは思わずディエゴの手を振り切って後退した。悪気はない、ただ匂いと言われて恥ずかしくなった。確かに風呂には満足に入れていないが、体はきちんと拭いているつもり……でも、体臭は普段よりはする、だろう……。

「不躾だったな、悪い。肉を食ったか?焼いた肉の匂いがする。クンクン。」
「ああ肉の……ええ、さっき村の方に頂いたんです。」
「そうか、それはいいな、クンクン。オレも部屋を借りよう、ついでに夕食も……。うん、そうしよう。」

 雰囲気が変わった気がするのはなぜだろう。きちっとした貴公子らしい風貌から、どこか野性的な香りがするようになった。レースで野宿を繰り返しているし、それに合わせた変化かもしれない。うーんうーんと違和感に悩まされるセオをよそに、ディエゴは村長に連れられて行った。
 残されたセオは、ジョニィとジャイロと目が合う。こうやってお互いを意識するのは初めてのことだ。セオは思わず服のすそを、スカートでそうするようにつまみながら、かるく礼をする。ジョニィは手を振り、ジャイロは帽子のつばを少し上げながら会釈をしてくれた。彼らも村人に案内してもらって、空き屋に入って行った。

「セオさんの知り合いでしたか、さっきの男の人は。」
「ええ、いっとき一緒に旅をしました。ディエゴ・ブランドー選手です。イギリス国内では有名で、レースでも上位入賞者なので新聞を見れば大きく載っているかもしれません。」
「へえ!そんなに有名な選手がこの村に。いいですね、話題だ。そんな彼より速く着いた君も中々の実力者なんでしょうね。」
「たまたまです。」

 食器の片付けを手伝ったセオは、夫人が家のベッドを使ってと誘うのを断って馬小屋に戻った。ラームと離れて過ごしたくない。馬小屋ではラームはもう立ちあがって寝ていた。セオも藁を集めて毛布をかけた簡易ベッドに横になった。


 薄く開いた瞳に、自分の腕が移る。水分が不足しているのだろうか、かさかさになった皮膚がひび割れている。いや、皮膚だけではない、肉が、硬くなって、うろこのように―――






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