trance | ナノ



4.1st STAGE


 「『スティール・ボール・ラン』スタート時刻です!」

 大きな花火が上空に上がる、同時に人の群れが一気に動き出した。同時に客全体がわあと沸く。参加者の雄叫びと馬達が地を駆る音で、辺りは一気に騒がしくなった。セオもラームの尻を叩く。最初からすっ飛ばす。馬の群れは、横にずらりと並んだ形から段々と速い遅いに分かれ、形がくずれていく。セオはできるだけ前の方をキープできるように意識した。
 そのうち、集団から飛び出る影が現れた。中にはディエゴ・ブランドーの姿もある。

「……ブランドー選手とシルバーバレットだよ。」

 ラームもシルバーバレットの姿をとらえた。ラームの脚に力が入る、闘争心を駆り立てられたようだ。普段は穏やかに闊歩するくらいなので、見たことのない瞳の輝きにセオは戸惑う。このまま集団に居続けるのは、体当たりを受けたり、落馬に巻き込まれたりといった危険がある。それならばラームのやる気に任せて飛び出るのも一つの手だ。
 前を走るブランドーともう1人の男が橋にさしかかった。前を走る男の馬が橋を壊す、ブランドーが巻き込まれた。橋は渡れない。ラームは自ら道を選び、枯れた川へ降りる。カラカラに乾き、崩れやすい坂道を彼は楽々と登っていく。セオは正直驚いた、今まで平坦な道を歩くばかりだったラームにこんな力があったとは。レースに対する不安が、彼の走りによってかき消される気がした。

 先頭を行く男が雑木林に突っ込んだ。セオはあわてて地図を広げる。雑木林は正規のルートではなく、他に道がある。いや、正規のルートという表現はおかしかった、道は何処を通っても良いのだから。
 ちらりと後ろを見る。先頭で1番を競り合うメンバーの後を行く集団、セオはいつの間にかその中でも5,6番目に入っていた。ふっと手綱の力を緩める。ラームの行きたい方に行かせよう。無責任だと言われるだろうか、しかし自然に任せたい。ラームは迷わず雑木林を選んだ。
 細い木の枝がセオに向かってくる。木の方はラームがよけてくれるから、枝の方はセオ自身が身をかがめて避けるしかない。小柄なほうで良かったと思う、後ろで落馬者の叫び声が聞こえてきてヒヤッとするが、彼女には問題なく林をぬけることができた。
 林を抜けるとすぐに下り坂。セオは再び手綱を引いた。坂でスピードを出すと脚に負担がかかる。ショートカットで先頭に追い付きそうな位置まで来ることができた、これ以上無理はしない。その気持ちはラームにも伝わり、彼はスピードを抑えた。さわやかな風の吹く下り坂を下りるのは気持ちが良い。普段楽しんでいる乗馬のような気分になれる。周囲では前を走るセオを抜こうとする選手たちが次々と落馬していった。
 ――そんな中、セオの横に張り付く馬が現れる。

「ブランドー選手。」

 思わず声に出る。橋で足止めを食らっていたディエゴ・ブランドーがセオとラームの横を抜けて行ったのだ。流石王者というべきか、風に乗るように追い抜きそして去って行った。

 坂道を下り終えると、段々と観客の声が近くなってきた。両脇に沢山の観客が居る。

「なんだかいい気分だね、ラーム。」

 ここまでの大歓声の中を走ることは予想していなかった。先頭の集団は既にゴールしている、セオ達はあと30Mほど。ゴールは目の前だ、ラームはスピードを上げて真っ直ぐに突っ込んだ。





 9番目にゴールを決めた。沢山の人たちがセオとラームに祝福の拍手を送る。ラームはゴールから離れると、20分ちかく走り続けたその脚をゆっくりと止めた。セオは彼の背を降り、長く揺さぶられた所為でぴりぴりと震える脚を抑える。快感だった、ここまで本気を出して走ったのは初めてだが、こんなに気分の良いものだとは知らなかった。
 20人がゴールを決めた時点で、スティール氏によって1st STAGEの着順が発表された。白く大きな模造紙が張り出される。

「あれ……1位の人がペナルティくらってる。わたしたち8位になってるね。」

 8位、セオ・フロレアール、イギリス。ラーム……獲得ポイント15とある。10位以内とは、なかなか良いところに食い込んだのではないか、自分でも意外だ。
 2nd STAGEのスタートは明朝10:00、今日の残りは休むために使おう。旅費は新聞社から出るものもあるが、選手は宿泊費や食費ほか雑費は大会から出るとのことだった。それに上位者であればあるほど良い宿を押さえられる、言うならば早い者勝ちだ。セオはサンタ・マリア・ノヴェラ教会内の、比較的広い部屋を借りることができた。彼女は荷物をベッドに投げ、ブリュメールから借りたカメラを構えた。試しに部屋の中を1枚撮る。レースも楽しいが、自分のアルバイトも忘れてはいけない。ゴールした人々を観に行こう、記事に使えそうな写真が撮れそうだ。


 教会の前は軽い立食パーティーのような雰囲気になっていた。後からゴールした選手たちが大勢あつまっているのだ。ゴールしてさわやかな表情をする選手が多い、良い場面だ、カメラに収めよう。

「……あ。」

 枠内に、見知った人が入った。あちらもセオに気づき、ずんずんと近寄ってくる。

「ブランドー選手。」
「やあ、昨日ぶりだな。」

 ディエゴ・ブランドーだ。バケツを抱えてこちらに微笑みかけてくる。

「そうですね、レースお疲れ様です。」
「君も。ああ……名前を聞いていなかった。」
「わたしはセオ・フロレアールです。ブランドー選手と同じイギリス出身です、……よろしくおねがいします。」
「セオ、か、よろしく。」

 ブランドーは手袋をはずし、セオにその手を差し出した。セオも手袋をはずして対応する。ずっと手綱を握り続ける男の人の、ごつごつと硬い手の感触がした。

「何故カメラを持っているんだ?そんな高価なもの、危ないだろう。」
「新聞記者をやっているんです、それで写真を。」
「記者……もしかして君、ブリュメール・フロレアールさんの娘さんかい?」
「ええ!ブリュメールはわたしの父です!」

 セオの事を覚えていてくれたのだろうか。ブランドーとは何年か前に一度会ったことがあるくらいで、セオの方は印象が強く良く覚えているのだが、沢山の人と会う機会のあるブランドーの方が女1人覚えているとは。

「ああ!あの時写真を撮ってくれたお嬢さんだったのか、すまない、気付けなかったよ。」
「思い出して下さって嬉しいです、ブランドー選手。」

 知っている人だと気付いたブランドーは速かった。両手を使ってセオの両手をつかんで上下に振った。さっきの握手よりも親しい人に向ける握手の感じだ。

「ブランドー選手なんて他人行儀はやめてくれよ、ディエゴでいい。」
「ディエゴさん。」
「……及第点だな。まあいい、君中々力があるみたいだし、約束通り一緒に走れる日が来るかもな。」
「楽しみにしています。」

 ディエゴは順位表とセオの顔を見比べて笑った、ここまでの実力者だとは思わなかったからだそうだ。ちょっと馬鹿にされたのだが、それよりも約束を思い出してくれたことがうれしい。
 馬の手入れの途中だったディエゴは、再びバケツを持ち、セオに丁寧な別れの挨拶をして去って行った。残されたセオは夢見心地、この勢いで良い記事が書けそうである。






×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -