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 今日は面白いところに行くぞ、と言われて父に連れて行かれたのは、競馬の大会だった。イギリス国内でも大きな大会に数えられるものだ。乗馬をしているお前のために、と、父は助手という名目で経費を落としてまで連れてきてくれた。

「たまにはこういう大会を見るのも良いんじゃないか?」
「ええ、皆とても速くて格好いいです!」

 のんびりとした遠乗りが楽しいだけのわたしでも、一分一秒を争う馬たちの掛け合いと、騎手の真剣な目つきには心を奪われた。単純に、格好いい、と思った。マスコミ席の一番前で食い入るように馬を見るわたしは些か場違いにも感じるが、そんなことは関係なかった。

「あの余裕で一番前を走る男が居るだろう?」

 父が指差したのは、襟足の長い金髪をなびかせて余裕の表情を見せている騎手だった。ヘルメットにDIOと飾りがついている。競馬にはあまり興味のなかったわたしも知っている、ディエゴ・ブランドーという天才騎手だ。

「今日はブランドー選手の独占取材権を手に入れたんだ。権利と言っても、この間、ちょっと私だけに話を聞かせてくれないかと口約束をしただけなんだがな。」
「それで今日の優勝者独占インタビューですね?
「ああ。お前に競馬を見せたいからというのもあったが、ブランドー選手のようなイケメンに取材をするなら、カメラは美人の女性が持った方がいいかと思ったのもあってね。」
「自分の娘を美人などと……。」
「私はそう思っているから良いんだ。」
「……ありがとうございます。」

 わたしは父からカメラを受け取り、ブランドー選手に視線を向けた。あのスピードを綺麗に収めるのには一苦労だが、わたしはフィルムが一本切れるまでシャッターを押し続けた。




 結果は予想通りのブランドー選手が一位だった。父は大いに喜んで、我先にと選手控え室へ走って行った。わたしは三脚とカメラを抱え、急いで彼の後を追う。
 選手控え室、ブランドー選手の周りには、父以外のインタビュアーは居なかった。約束をしっかり守って、今日のインタビューはわたしの父以外は受け付けないと事前に言っていたらしい。

「ブランドー選手、優勝おめでとうございます。」

 彼に近づき、わたしは深く頭を下げる。

「ありがとう。……フロレアールさんのご令嬢ですか?」
「はい、セオ・フロレアールと言います、今日は撮影助手で連れてまいりました。」
「セオ・フロレアールです、よろしくお願いします。今回初めてブランドー選手の走りを間近で拝見しましたが感動しました!馬の筋肉のうねりと無駄のない動きに余裕の表情に!わたし乗馬は趣味ではありますがあの様に――」
「セオ、自重しなさい。」
「……失礼しました。」
「はは、嬉しいよ。」

 思わず話が荒くなるところを、父に諌められる。途端に恥ずかしくなって謝ると、ブランドー選手は笑ってくれた。照れて頬が熱い。

「お話の最中にシャッターを切らせていただきます。」
「ああ、よろしく。」

 さて、と、父はブランドー選手と向かい合い、早速話を始める。レースの出来栄えや馬の話、普段の練習やちょっとした日常生活のことなど、わたしには興味のある話題ばかりで、シャッターを切る手の動きと同じくらい耳も敏感に動いていた。
 馬の手入れや普段の練習のことは、わたしもラームに気をつけてやってみようと思う。

「……ところで、セオさんも乗馬の趣味をお持ちで。」
「は、はい、ええ。」

 突然話を振られたので、言葉に詰まった返事をしてしまう。

「今度、よかったら遠乗りに出かけませんか?」
「え?あ・・・はい。ブランドー選手の走りは近くで見てみたいです。」
「決まりだ。楽しみにしていますよ。」

 謎の約束に戸惑い、変な返事をしてしまったような気がする。ブランドー選手は気にせず笑ってくれたが。ちらりと父に目をやる、彼は笑って、よかったじゃないか、とだけ言った。確かに悪くないお誘いだが、なんでまた唐突に。しかし父の仕事に悪い影響を与えないためにも、ここはイエスの返事をして良かったはずだ。ああ、これは接待というやつだな。

「ブランドー選手、長い時間ありがとうございます。明日の新聞のスポーツ面で一面を飾りますので、ぜひご覧になってください。」
「こちらこそありがとう、こうやってメディアが俺を宣伝してくれるおかげで暮らしに不自由しなくて済みますよ。」
「いやいやそんな、お互い様ですよ。またこうして、いや、仕事など抜きにしてお会いできるのを楽しみにしてます。」
「そうですね。」

 父はブランドー選手を大分気に入ったようだった。確かにブランドー選手の、天才騎手とはいえども驕らない態度やとっつきやすい明るさには悪い印象は持たない。父は仕事柄さまざまな人に会って話をする人だが、ここまで楽しそうな姿はなかなか見られない。

「では失礼します、お疲れのところをありがとうございました。」
「ありがとうございました。」

 筆記用具を簡単にまとめて立ち上がる父に続き、深く頭を下げる。顔をあげた時にブランドー選手と目が合った。にこと品の良い笑顔にあてられて、また頬が熱くなる。貴公子なんて言われるくらいだから、女性に対する振る舞いなんて慣れたものなのだろう。しかし生憎わたしの周囲にこんなタイプの男の人はいないので、すぐに乗せられて顔を蒸気させてしまった。

「ブランドー選手のような人なら、お前の嫁ぎ先に問題はないな。」
「え、何を仰っているんですか?」
「ただそう思っただけさ。しかし彼は中々の野心家だからな…こんなしがない新聞社員の娘には見向きもしないだろう。」
「はあ。」
「しかしだな、セオ。配偶者にするなら彼くらいの男性でないとならないぞ。」
「……努力します。」

 その後父とブランドー選手は何度かインタビューで会い、その度父は機嫌を良くしていたのだが、結局わたしと遠乗りをという話はうやむやになったようだ。社交辞令なんてそんなものだろう。





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