trance | ナノ



 セオは有給を取ったが、今日もギアステーションに来ていた。私服で来ている彼女は、受付の駅員に『今日はお休みなんですね』と言われる。セオは乗車券を受け取ると、まだ何か話したそうな駅員を無視して、さっさとプラットフォームに入って行った。プラットフォームはいつもと変わらない景色だった、移動手段にトレインを使う人達のなかに、バトルサブウェイに挑戦するトレーナーがちらちら見える。

「セオさん!」
「あ・・・ノボリさん、お疲れ様です。」
「今日は急にお休みをとってどうしたんですか?」
「トレインに乗ろうかと思いまして。」
「トレインに・・・?」


 ――挑戦者、キッサキシティのセオ、ダブルトレインに乗車してください。


 聞きなれた構内アナウンスが響く。いつもならば聞き流すところだが、ノボリの耳は聞き逃さなかった。キッサキシティのセオ、目の前に居るこの女性のことか。彼女がトレインへ挑戦者として乗車するのか?バトルサブウェイに参加すること、それどころかポケモンバトル自体を嫌がっていた彼女が。手持ちのポケモンすら明かさなかったセオが。

「セオさんが・・・挑戦者・・・?」
「はい、今日は挑戦者として乗車します。クダリさんの押しに負けてしまいました、今度シングルにも乗りに行きますね。」
「どうして急に――。」
「やる気が出たんですよ。」

 トレインの1号車の扉が開く、中でトレーナーが待ち構えている。セオはノボリに『行ってきます。』と言い、トレインに乗りこんだ。




 彼女はやはり"覇者"だった。トレインに乗っている凄腕のトレーナーなんて目じゃない。イッシュ地方では見たこのもないポケモンを繰り出し、抜群のコンビネーションで次々と連勝していった。 プラットフォームのモニター前は、セオのバトルを見守る人の群れが出来ていた。バトルを純粋に応援する者、冷静に分析する者。鮮やかな攻撃、見たことのない・図鑑でしか知らないポケモン、計算された戦略・・・。いつもは運転手をしているセオがバトルしているのが珍しいと、休憩中の職員も集まっていた。ノボリも、勿論。
 ノボリは唖然としていた。普段はあんなに大人しいセオが、あんなにもギラギラとバトルに取憑かれた様な顔をしている。言い表すならば、修羅だった。

「ボーマンダ、りゅうせいぐん!」
『ぐぎゃあおおおお!!!』

 青色の巨体が、赤い翼を羽ばたかせる。様々な色の光の弾が相手のポケモンの頭上に降り注いだ。一撃必殺だった、セオのボーマンダが勝利した。

――バッフロン、戦闘不能。よって挑戦者、セオの勝ち!

 放送でそう宣言されると、モニター前の観客達が一気に沸いた。セオも嬉しそうにガッツポーズをし、ボーマンダの首に抱きついた。ボーマンダも嬉しそう、その大きな体でセオを潰さないようにのしかかりをして彼女にじゃれている。もう一匹のポケモンもセオにすりより、彼女からハグをもらっていた。

――挑戦者セオ、ただいま20連勝!次は21両目となります。対戦を続けますか?

「はい。」

 次は21戦目、ダブルトレインの21戦目とはつまり――。
セオの顔から表情が消えた、彼女はすうと息を吸ってゆっくり吐き、2匹をボールに戻す。トレインの扉が開いて、その向こうに、サブウェイマスター・クダリが見えた。セオは一歩一歩丁寧に歩く。まるで、シンオウ地方のチャンピオンに挑んだあの日の様な気分だ。緊張して空気が冷たく感じられる、少し、目まいがする。
 それでもセオはアドレナリンがガンガンに放出されて、心臓の動きが早まっている。

「セオ、よくきたね。僕セオとバトルが出来るの嬉しい。」
「クダリさんのお蔭で目を醒ましました。バトルをしないでいるなんてもう無理です、火が付いてしまいました。」
「よかった。じゃあ、始めよう?僕はダブルバトルが好き。2匹のポケモンのコンビネーションが好き、そして勝利するのが何より大好き。僕はセオに勝つ、じゃ、それぞれのポケモンが様々な技を繰り広げる、すっごい勝負、始める!出てきて、イワパレス!ダストダス!」
「ボーマンダ、チルタリス!」

セオのモンスターボールからボーマンダとチルタリスが飛び出す。ぎゃおおおおう!ちるううううう!!2匹が雄叫びをあげる。この2匹だけでここまできた、他の手の内はまだ明かしていない。イワパレスとダストダスはボーマンダの威嚇にたじろぐ。

「ボーマンダとチルタリス!僕さっき図鑑確認したよ、どっちもドラゴンタイプでひこうタイプじゃない?かたよってるよ。」
「かたよってても、この子たちと勝てればいいの。」
「そうかー、イワパレス、ストーンエッジ!」
「ボーマンダ避けて!」

 イワパレスから放たれる岩塊がボーマンダをかする、岩タイプの攻撃は効果がばつぐん。除けきれなかったボーマンダがつらそうに声をあげる。

「チルタリス、おいかぜ!ボーマンダそれにのってドラゴンダイブ!」

 チルタリスが羽ばたいてトレイン内に風を起こす、ボーマンダはそれに乗っていつも以上のスピードでイワパレスに突っ込む。ボーマンダの体がイワパレスに直撃した、イワパレスは吹っ飛び、クダリの後ろの壁にぶつかった。しかし上空で構えていたチルタリスにダストダスのどくどくが振りかかる。除けきれなかったチルタリスは猛毒を浴び、地面に倒れた。
 イワパレスは一撃で瀕死になり、代わりにアイアントがくりだされた。アイアントのいわなだれがチルタリスに降り注ぐ。チルタリスはもう瀕死間近だった。セオはチルタリスを引っ込めて、代わりのポケモンをくりだした。

「ガブリアス、おねがい!」
『がぶぁあああああ!!』
「アイアントにだいもんじ!」
「ダストダス、ボーマンダにどくどくをくらわせて!」
「ボーマンダまもる!!」

 ガブリアスのだいもんじがアイアントに直撃する、アイアントは耐えきってガブリアスに突っ込みアイアンヘッドをぶつけた。ガブリアスがよろめく、そこに追い打ちをかけるようにシャドークローがくらわされる。
 ボーマンダはダストダスの攻撃を避けて、ドラゴンクローを放つ。ガブリアスもボーマンダに続けて、ダストダスにげきりんをぶつけた。攻撃に耐えきれなかったダストダスは倒れた。

「あと2匹・・・!」
「セオ強い!でも僕も負けない。セオにこの子が倒せる?」

 現れたのはギギギアルだ。クダリは心底楽しそうに、いつもの5割増しの笑顔を見せている。セオもつられて笑った、久しぶりにこんな強い人と戦っている、正直ここまでの道のりは退屈だった。今は本気だ、本気で戦っている。笑っている余裕はない、でも自然とにやけてしまう。

「セオそれは本気?」
「本気ですよ。」
「嘘、もっとセオは強いはず。」
「クダリさんだって本気じゃないでしょう?」
「じゃあ2人とも本気出そう!ギギギアル、ラスターカノン!!」
「ガブリアス避けて!!!」

 指示もガブリアスの動きも遅かった、ギギギアルは格段に速い、ラスターカノンはガブリアスに直撃。しかもガブリアスは、さきほどのげきりんが切れて混乱状態。反撃は難しい。ギギギアルの攻撃は続く。
 ボーマンダはアイアントと交戦を続けているために補助が出来ない。早くアイアントを倒してガブリアスを援護しにいかないと。しかし間に合わなかった、ガブリアスは混乱の末自滅してしまった。

「もどって、ガブリアス。・・・タツベイ!」
『ぎゃううう!』
「この子まで出すことになると思わなかった、まだ発展途上中だから実戦に出す気はなかったんだけど仕方ないね。タツベイ、かえんほうしゃ!!」
『ふううううう!!』

 タツベイはギギギアルに向かって突っ込む。かえんほうしゃはギギギアルに命中し、ギギギアルはフラフラになる。
 ちょうどその時、ボーマンダがアイアントにりゅうせいぐんを放ち、アイアントはKOした。そしてすぐにタツベイの前に立ちはだかり、ギギギアルの10まんボルトをタツベイにかわって受けようとした。ボーマンダはまもるを繰り出し、10まんボルトを無効化させた。するとボーマンダの後ろで庇われていたタツベイが、ギギギアルめがけてドラゴンクローをはなつ。ギギギアルはラスターカノンをぶつけようとしたがタツベイは見事に避ける。つづけてボーマンダが戦闘不能を決定づける最後の一発として、りゅうせいぐんを降り注がせた。ギギギアルは除けきれない、命中した。ギギギアルは戦闘不能になった。

「・・・やった・・・!」
「そんな、負けたの?!」
「勝った・・・。」

 クダリはギギギアルをボールに戻し、少しズレていた帽子を被り直して、セオに向き直った。

「セオに負けちゃった。セオ、今までのチャレンジャーの中で一番強いトレーナーだよ!ものすごーく強いトレーナー!うん!おもしろかった!セオと戦えて本当に良かった!」
「わたしもクダリさんとバトル出来て嬉しい、こんなに楽しいバトルは久しぶりです。ありがとうございました、クダリさん。」
「僕もありがとう、セオ、今度はスーパーダブルに挑戦してね。」
「勿論です、わたしはもうバトルをためらったりしません。ね、タツベイ。」
『ぎゃうう。』

 クダリとセオは握手をして、2人でトレインを降りた。
プラットフォームではモニターを通して観戦をしていたトレーナー達とノボリがセオの降車を待っていた。歓声と拍手がセオに注がれる。セオは恥ずかしくなって、クダリの後ろに隠れながら地下鉄を後にした。
















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