trance | ナノ



タイトル:お題サイト「獲る王」さまより

※文章量まちまち
※オラオラだったり消極的だったり、対立したり自殺したり様々です、色々気をつけてお読みください。
※AC主義者を除く様々な役職でのレムナン×夢主(主人公)です。






なぞり、描き、まわ






〇船員×グノーシア

「怖がらなくても大丈夫。」
「セオさんは……れ、冷静……なんですね。」
「消える時は消えるって、割り切っているからねえ。」
「すごいなぁ……。」
「すごいところなんてないよ。」

 今すぐレムナンを喰らってやりたい衝動で指先が震える。怖がらなくても大丈夫。そう彼に言うのは、安心しきった彼に今夜会いに行くため。
 穏やかな顔で眠るレムナンを連れて帰りたい。誰だって好きな人には苦しむより喜んでほしいだろう、わたしもそうだ。――ああ、レムナンのそばにはそうでない人もいたか。――でもわたしは違う。全部、幸せになるためなんだから。






〇船員×エンジニア

 次は消されるかもしれない、と言ったわたしに、レムナンは一生懸命励ましの言葉をかけてくれた。

「今夜は、あの、僕を……僕を調べてください。僕もただの船員だってわかってもらえたら……そうしたら、きっと、グノーシアに狙われる確率は……半々になります……。」

 勇気ある申し出にわたしは思わず笑ってしまった。レムナンはその笑いを受けてほんのり顔を赤くした。

「し、調べられて困るようなことなんて、ありませんから。」
「うん、信じてるよ。」

 信じている――いや、信じたい――。けれどわたしはレムナンの提案に乗れそうにない。もし彼が敵だったとしたら、また凹んでしまいそうだから。もちろんそれだけじゃない、彼も危険な目に遭わせたくない。せめてそれが必要になる盤面まで、彼のことはそっとしておきたい。






〇船員×医者

「調べているところ、見ててもいいですか?」
「いいけど、面白いことは無いよ。」
「機械、好きですから。」

 パソコン端末をいじるわたしの背中をレムナンが見ている。珍しく熱烈な視線を向けてくれるのは、わたしが無害な人間だと確信しているのだろうか。小ガモのようで可愛いし有難いけれどむずがゆい。何かするたびに「すごいです」と褒められるのは、過度の称賛で身が持たない。

「あとは明日の朝、チェックするだけ……。」
「明日の朝、ここに集合、ですね。」
「うん?」
「遅れないようにしますから。」

 小ガモはそう言ってルンルンで出て行った。グノーシアでもバグでもなさそうだが、あれはいったいどうしたんだ。






〇船員×守護天使

「天使様、どうして……。」

 議論開始前、隣に立つレムナンが両手を硬く握りしめて呟いた。守護天使の気配はあるのに、その加護が降りている様子はない。毎晩、毎晩、危機に遭いそうだと思われている人が跡形もなく消え去っていく。レムナンの顔は青い。わたしはごめんなさいと心の中でつぶやいた。
 天使なんて名前は畏れ多い。レムナンしか守れないなら、欲にまみれて堕ちてしまいそうだ。






〇船員×バグ

 目の前が霞んでレムナンがよく見えない。

「……どうしました?」

 しきりに瞬きをするわたしを心配して、レムナンがこちらを覗き込んでいる。

「……目が、充血しています……痛くないですか?議論で……疲れましたよね……頭痛がするとか……。」
「あ……うん、ちょっと頭が痛い……かも。」

 目が充血するくらいなら、よくあることなのに、今日は自分でも様子が違うと分かる。視界がすごく悪い。視界の端が黒くてもやもやしていて、調子の悪いブラウン管みたいだし、全体的にノイズが走ってピントを合わせるのも難しい。
 初めて体験するけど、これがバグになる、ということなのかな。こんなで明日の議論を戦えるんだろうか。

「もっとちゃんと、レムナンの顔を見たいんだけどなあ。」
「……?なにか、言いましたか……?」
「ううん。今日はだめそう、もう休みに行くね。」
「あ……はい……また明日……。」
「また明日。」

 ベッドに入って天井を見つめると、さっきのレムナンの困り顔が鮮明に思い出せた。それこそ、テレビの画面に映っているのを見ているように。人間ではないバグだからこそなるものなのか。嬉しいような、悲しいような。今回もまたレムナンを困らせてばかりになりそうだ。






〇船員×留守番

 議論中おどおどした態度でレムナンが話しかけてきたから、わたしは他人の弁論を聴くのをやめて彼に耳をかした。

「僕に協力してくれませんか。」

 彼は小声でそう言い、わたしより高い背を丸めて上目遣いになった。

「どうしたの?」

 そう問い返すとレムナンは、怪しいと思う人がいるのだが、自分一人では誰も耳を貸してくれないと思うのだ、と答えてくれた。
 わたしは留守番で船に残っていたことに「なっていて」、だからレムナンはわたしを頼りにしてくれたのだと思う。

「うん、いいよ。」

 ほかならぬレムナンの頼みだから断ることも無い。多分、彼は無害な船員であろうし。

「僕が怪しいと思うのは――」
「わたしもそう思う。」

 勇気を出したレムナンに同意する。同じように思っていた人は外にもいて、同意の声は大きかった。レムナンは良かったというように胸をなでおろして頬を赤くしている。子供の「学習発表会」を観に行く親というのはこんな気持ちなのかと思った。






〇グノーシア×船員

 あの人が妙に他人を庇う態度を見せるときはグノーシア。あっちの人の口がいつもよりよく回るときはグノーシア。そういったように、ループを繰り返しているうちに、それぞれの癖のようなものが分かってきた。――確実にそう、とは言い切れないので、百発百中とはいかないが。

 今回は一人だけグノーシア確定だろうと思う人がいる。いつも弱気そうにみえるレムナンだ。その燦々と輝く目が恐い。彼の目が金色に光るときは確実にそうだと思う。なにか不利益になることがあると一瞬だけ、違った色が見える――気がするのだ。

「わたしはレムナンが怪しいと思うなあ。」

 どこまでもわたしの主観で、これと言った証拠があるわけでもない。けれど思ったので言うだけ言ってみた。
 するとレムナンがその鋭い目をこちらに向けてきたので、ああ、間違っていなかったんだなあ、と、疑いが強くなってしまった。






〇グノーシア×グノーシア

「無理に僕を庇わないでください。皆、僕が嘘をついている、って気付いている……。セオさん……道連れにしたくないんです……。」
「……大丈夫だよ、わたしはまだ信用されている。だからレムナンも大丈夫。」

 レムナンが嘘が苦手だってことなんてずっと前から知っている。でも仲間になったからには一緒にゴールがしたいのだ。
 流れは完全にレムナンは敵だというふうになっていて、今日を免れられたのは、他にグノーシアだと確定されてしまった仲間がいたからだ。今夜、エンジニアは絶対にレムナンを調べるだろう。そうしたら後には引けない。

「今夜やる相手は決まってる。あのエンジニア……いたら困るからやっちゃおう。そうしたらあとはごり押しだよ、一人間違えてもらったら終わりなんだから。」
「セオさん、すごく強気、ですね……。」
「あと二人いなくなれば終わりなんだから。」
「……セオさんがいると、うまくいくような、そんな気がします。」
「うまくいかないと困るの。」

 少しだけレムナンの表情が緩んだ気がする。良かった。よし、あとはやることやるだけだ。






〇グノーシア×エンジニア

「気付いてしまったんです、あの人が嘘をついているって。」

 それが嘘であることには直ぐ気付いた。セオは自分の勘がピンと働いて、そしてレムナンを見る。嘘をつく彼を冷ややかな目で見ると、その目に気付いたのか、レムナンは珍しく眉間に眉を寄せた。

「疑っているんですか」

 彼は明らかに不快そうに問うた。

「疑ってないよ。……そうだね、明日はあの人を問いただしてみよう。」

 わたしはエンジニアだから調べてみるね、と言いかけて、セオは咄嗟に別の事を言った。レムナンはセオがエンジニアだと知らない。知っていたらこんな相談を持ち掛けてこないだろう。下手に調べられて、相手がグノーシアでないと分かったら、レムナンの立場は直ぐに崩れるのだから。
 
「よろしく、おねがいします。」
「……うん、頑張ろうね。それじゃあ」

 セオは心の中で謝罪しながら自室に帰る。正義感と恋慕の間で頭が痛い。






◯グノーシア×医者

「本物の医者は僕です。」

 コールドスリープ室で遭遇したレムナンは強くそう言った。彼は今朝も、セオに向かって同じように宣言していた。セオが自分は医者であると手を挙げたときに、同じようにレムナンも名乗り出たのだ。セオは自分が医者であると知っており、レムナンは偽物だと断言できる。レムナンも同様にしてセオが医者であると知っており、自信をぐのーしあであると知っている。しかし他者はそうではない。

「僕も、この人が、本当にグノーシアだったかどうか、わかりますから。」
「それはあなたがグノーシアだからでしょう。」

 途端にレムナンが毛を逆立たせたように見えた、それくらいの気迫が見えた。彼の怒りに触れたらしい。
 レムナンたちはセオを消せない。なぜならセオが消えた瞬間、レムナンは偽物であると確定するからだ。

「どっちが先に倒れるか、楽しみだねえ。」

 セオは畳み掛けるように挑発した。レムナンは金色の瞳をセオに向けてから去っていった。






〇グノーシア×守護天使 

「守護天使の力は……すごいですね……。」

 窓の外の宇宙を眺めるセオに、近づいてきたレムナンが言った。その言葉はすこし悔しさを含んでいるように思えた。
 レムナンは三日連続で船員を消し損ねている。それがどうしてなのか、彼はやっと分かった気がした。
 彼が消そうとしていたのは一貫して「セオと最も仲の良い者」だ。リーダーシップを発揮している彼女を孤立させ、そこに付け入り、庇護を得る。それがレムナンの作戦だったのだが、全くうまくいかない。毎晩守護天使に邪魔をされている。それが何故なのか――ひとえに、セオがその仲の良い人を護っているから、なのであろう。
 ならばどうすればよいか、守護天使そのものを葬ればよい。作戦は変わるが、終わってしまうより良い。わざわざセオに言いに来たのは、宣戦布告のつもりだった。セオは顔色を悪くしている。レムナンはそれを見て笑った。






〇グノーシア×バグ

「守護天使の力はすごいね。」
「そうですね……。」

 返事に迷ったレムナンはそうじゃないような気がしている。自分が狙っているのは目の前にいるセオ本人なのに、彼女は毎晩意にも介さないといった様子なのだ。守護天使に守られているとっいった風ではない、どちらかというと――彼女がバグである、というような。

「はやく、どうにかしないと。」

 レムナンはそうつぶやく。グノーシアだって宇宙が崩壊してすべてが無かったことになるなんて本意ではない。
 船員を消す前にやることがある。明日は彼女を敵だと言って告発しなければいけない。バグは誰にとっても敵だ、同調してくれる人は多いはず。
 暢気なセオが恨めしかった、その恨めしさにも気づいていないのがさらに苛立たせた。明日絶対にかたをつける、レムナンはそう心の中で言った。






〇グノーシア×留守番

「留守番……誰なんでしょうね……。」

 レムナンの呟きにセオは背筋が凍ったような気がした。嘘を感じ取った時とも違う、今の何とも言えない戦慄は何だったのだろう。
 議論中に誰かが発端になって皆が好きな食べ物について語り出した。議論は踊り、そろそろ誰かが「話し合いをしよう」と一喝しそうだ。そんな時にレムナンが言った。

「自分はグノーシアではない……って、証明、できるのに……。」
「……残ったのは2人ってLeViが言っていたでしょう、片方が居なくなったから、証明にならないんだよ、きっと。」
「あぁ……。」

 納得したというように頷くレムナン。セオは唾を飲む。理解した。レムナンは留守番を消したいと思っている。だから一瞬、鋭い何かを感じたのだ。

「それに、名乗ったら、危険でしょう。ねえ、レムナン。」

 レムナンはセオを見た。セオはレムナンを見ることが出来なかった。






◯エンジニア×船員

 レムナンが船員認定をしたからか、今回のセオとレムナンは仲が良かった。エンジニアだと名乗り出ているのが他に3人もいるので、確実に白だと周りが思ってくれないのがもどかしい。しかしレムナンが優しい目を向けてくれるならそれで――。

「セオさんはおかしくありません。」
「セオさんに疑う部分はありませんよ。」
「セオさん、僕はあなたを信じています。」

 ――しかしまあ、これは――。全身全霊の信頼を受けて照れてしまう。セオが照れているのに気付いてか、一部の人々からの視線が生暖かい。これはこれで罰ゲームのようではないか。セオはそう思って、手で顔を覆った。






◯エンジニア×グノーシア

 レムナンがグノーシア認定をした所為で、今回のセオとレムナンは険悪だった。エンジニアだと名乗り出ているのが他にも1人いるが、それはセオの「仲間」である。その人の嘘が露見するのも時間の問題だろう。

「セオさん、僕はあなたを疑っていますから。」

 そう言って鋭い目を向けてくるレムなんだが、ここで引いてはいられない。今回はセオも強気だ。

「わたしだってレムナンのこと敵だと思ってるから。」

 この言葉に嘘偽りはない。しかし胸が痛んでしまうのは、仕方のないことだろう。






◯エンジニア×医者

 レムナンがグノーシアだと訴えた相手がコールドスリープされることになった。レムナンはほっと一息ついている、かと思いきや、不安な顔のままだ。無理もない、まだグノーシアは残っているのだから。

 カフェテリアで言い争う声を聞いた。行ってみると、レムナンが数人に責められているところだった。セオは慌てて出ていって、彼らとレムナンの間に入って言い争うのを止めるように言った。聞くと、その数人というのは、今日一番票の集まったあの人を信じていたらしく、レムナンの指摘はおかしいと言うのだ。この人たちがただの船員の集まりか、グノーシアたちかは分からない。しかし放っておくわけにはいかないだろう。

「今日、わたしが調べて、あの人がグノーシアだったらレムナンは本物。それで済むでしょう。」

 セオはそう言って、集団をカフェテリアから追い出した。

「すみません……僕……。」
「怪我はしていない?」
「はい……。」
「わたしはレムナンを信じているからね、確定はしなくても……。明日、また頑張ろう。」
「……がんばります。」
「うん。」

 こういう感じの昔話が地球のどこかにあった気がする。子どもたちに虐められた小動物を助けてあげる――そんなような。セオはそれを思い出してちょっとだけ笑った。






◯エンジニア×守護天使

 もし本当に天使がいるならば、僕を守ってください――。
 レムナンはそう祈り、船の外を見た。科学の世界に身を置きながらも、超常的なものにすがらないではいられない。今日、自分は確実に襲われるだろう。そういう確信がレムナンにはあった。

「大丈夫だよ。」

 後ろから声がして、レムナンは跳び退くようにして部屋のすみへ逃げた。

「あ……セオ……さん……。」
「びっくりさせてごめん。」

 セオはレムナンが居た窓に寄って外を見た。レムナンも落ち着きを取り戻して窓に寄る。

「大丈夫、レムナンは消えないよ。」

 セオはそう言ってレムナンの肩を優しく叩き、早々に去っていってしまった。
 何をしに来たのだろう、と、レムナンはきょとんとする。しかしすぐに、肩がほんのりと温かくなったのに気付いた。






◯エンジニア×バグ

「お願い、わたしを調べないで……消えたくない……最後までレムナンと一緒にいたい……。」
「その気持ちすら、バグに見せられた夢ではありませんか。」

 セオは孤立していた。グノーシアと思われるメンバーからも、船員だと思われるメンバーからも。皆、セオの様子が異常であることを指摘したし、レムナン自身も彼女は危険だと思っている。だからきっと、セオはバグなのだ。
 「今日はあなたを検査してみようと思いまして」と、レムナンがセオに伝えると、セオはその場で崩れ落ちた。それまで凛としていたセオは床に座り込むと、両目からぼたぼたと涙を落とし始めた。レムナンは驚き退くが、そのセオの様子を見続けるのはやめない。

「違うの、これは絶対に夢なんかじゃない。わたしはずっとレムナンのことが大好き。なのに……なんで……なんでこんなに我慢できないの……。」
「脳に入り込んでいるんですよ、大丈夫です、すぐに解消します、から。」
「せめて、明日まで待って。レムナンだけの手を汚したくない、せめて……投票で……。」
「すみません、事は急を要します……。」
「……。」

 セオは自分でも分からないのだ。いつもなら関係に合わせてこの恋慕を隠して上手く付き合えるのに、今日だけはなんだか違った。きっとこれがバグになる、と言うことなのだと思う。レムナンの所為で明日は来ない。明日が来ない代わりに、またレムナンに会える。それが喜ばしいのか絶望なのか今は判断がつかないし、次に会ったときどう思うかも分からない。

 




○エンジニア×留守番

「もう調べる相手がいないんですけど……ついでにセオさんのことも調べて良いですか?」
「ついでって。」

 レムナンのお願いにセオは笑って返した。

「だって、あと調べてないのはセオさんだけですよ。」
「まあそうなんだけど……。」

 グノーシア最後の一人は確定していて、あとは明日の議論で投票するだけ。レムナンはエンジニアと確定しているし、留守番であるセオ以外のメンバーは皆人間だと確定している。つまるところ、レムナンにはもう仕事がない。やることが無く手持無沙汰になるより、人だと確定しているセオも調べてみようというのだろう。

「そんなパワーがあるなら、温存しておくと良いよ。グノーシアが全員眠った後も長旅になるだろうから。」
「うーん……。」

 二人は今夜の話をしない。グノーシアはあと一人、ルールに従ってコールドスリープを実行するのは明日、今夜また一人消えるかもしれない。守護天使の気配は分からない。
 グノーシアは腹いせにエンジニアを消すだろうか、それとも最初からどこかのタイミングで消そうと思っていた留守番を消すだろうか。
 こんな穏やかな時間が明日まで続くとは思わない方が良い。お互いそんなこと分かっているけれど、最後になると分かっているなら、せめて楽しく終わりたい。






◯医者×船員

「セオさん、足首に青あざが出来てますよ。」
「あ……船に入ろうとして転んだ時のかもしれない。」

 レムナンに指摘されて見た右足首、くるぶしが青くなっていた。慌てて船に乗り込もうとしたとき、階段を一段踏み外してちょっとだけ滑った覚えがある。その時確かにどこかが痛んだ。余裕が無くて、怪我の確認などしなかった。

「医務室行って湿布を取ってきます。待っていてください。」

 自分で行くよ、とセオが言う前に、レムナンはさっさと去ってしまった。怪我と気付くまではそうでもないけど、気付いたら急に痛み出すような、とりとめもない青あざだった。レムナンはそれでも大変な事だと言うように手当てをしてくれる。この様子だと彼は「医者」らしい。
 エンジニアなら彼らしいけど、医者のイメージはあんまり無いなと、セオは毎回思っている。レムナンは人間相手の仕事など不向き中の不向きであろうに。
 優しくしてもらえるならなんでもいいけど。セオはレムナンにバレないようこっそり笑った。






◯医者×グノーシア

 コールドスリープされる直前、レムナンは泣きそうな顔でわたしに言った。

「大丈夫です、セオさんは違うって……明日、皆さんに証明しますから……。」
「協力してくれて、ありがとう。」
「寝ていればすぐです、グノーシアを見つけ出したら……直ぐ起こしに来ますから……。」
「うん。」

 グノーシアなのに嘘をついてレムナンを味方につけた。投票でコールドスリープ送りになったわたしを、レムナンは心底後悔している顔で見ている。直ぐにみんなが間違っていると証明できる、と彼は言う。明日彼は、わたしを信じたことを後悔するだろう。






◯医者×エンジニア

「明日、この人がグノーシアだって検査結果が出たら、わたしのこと信じてくれる?」
「……グノーシアだって、仲間を売ることは、あるでしょうから……。そんな……。」
「まあ……そうだよねえ……。」

 レムナンは医者、セオはエンジニアとして名乗りを挙げている。他にもそれぞれ1名ずつの名乗りがあって、それの所為でレムナンもセオもお互いが本物かどうかは分かっていない。しかし不安の高まりからか、2人はお互いを信用して協力し合っている。協力し合いつつも、本当はまだ分からない、と言ったふうで、なんだかいびつだ。

「……医者とエンジニア、我々2人揃ってもまだ決定打に欠ける。……難しいねえ。」
「難しい……ですね……。」

 2人揃って大きなため息。なんだか緊張感がない光景だった。






◯医者×守護天使

 ここで医者と確定しているレムナンが消えてはいけない。セオが今晩守る相手はレムナン一択であった。だからなのかレムナンは「もしこの中に守護天使がいても、僕を守らないでください」と宣言していた。
 医者は確実に襲われる、なら守護天使が守る、グノーシアは失敗確実だと知っている、だから別の今晩は人を狙う。そんな腹の探り合い。
 レムナンの宣言で事はどう動くだろうか。グノーシアは「医者は守られていないだろう」と読み、レムナンを狙うだろうか。そう言われても守護天使はレムナンを守るだろうか。

「……いや、わたしがレムナン以外を守護するわけないじゃん。」

 高度な読み合いが発生してもセオの考えは至ってシンプルだ。役職がなんであろうと、そこにレムナンがいるなら守る。ただそれだけ。

 翌日、誰も消えていないのを確認したレムナンがホッと息を吐いているのを見て、セオは自分の目に狂いはなかったと胸を張るのだった。






◯医者×バグ

 コールドスリープ直前。レムナンの猜疑心にまみれた目がちょっとだけ刺さる。
 いいよ、わたしが「無害な船員だった」って知って、そうして後悔すれば良い。

 みんな寄ってたかってわたしをおかしいと言った。自分がグノーシアじゃないことなんて、自分が一番分かってるのに。レムナンもみんなと同じく変な顔をしていた。あなたが医者で間違いないって宣言したのはわたしなのに。
 なんでそのレムナンが、わたしのコフィンの蓋を閉めるの。

「明日になれば分かりますから、もう少し我慢していてください。」

 もう無理だと分かってるみたいな顔して言わないでほしい。わたしは無害な船員、生きて帰って、レムナンと幸せになりたいだけなのに――。






◯医者×留守番

 医者と留守番は一番関わりの少ない関係だと思う。留守番がコールドスリープされることはまずないから、医者は留守番を調べることがない。だから今回はレムナンがなんだか遠い。わたしは無害な留守番で、レムナンも無害な医者。
 この船に乗って割と直ぐ――いや、ループし始めの頃――を思い出す。わたしがまだレムナンのことをなんとも思っていなかった頃。わたしは遠くからレムナンを見て、ああ、あの人だ、と思うだけだった。今回はその時の距離感に似ている。遠くからレムナンを見て、議論では特に言い合う事はなくて。

 そんな、ずっと過去のこと。思えば遠くにきたものだ。

 




〇守護天使×船員

 最後の一人が格納されていくのを見送った。隣でレムナンがほっと息を吐いている。彼が最後の一人の嘘を見抜いた。その一人がコールドスリープに決まった時、レムナンは心底安心した顔を見せた。だから大丈夫、今回もうまくいった。

「ありがとうございます、セオさん。あなたが信じてくれたから……。」
「わたしはいつだってレムナンを信じているよ。」
「……嬉しいです。」

 柔らかい声でそういうのだから堪らない。
 
「疲れたね、今日ははやく休もう。」
「はい。また明日。」

 明日のことを考えたかった。これ以上に別れが惜しくなる前にと、セオはレムナンを置いて逃げるようにして部屋を出た。
 また明日、そのレムナンの挨拶に、セオは返す言葉を持っていなかった。

「……これからも、あなたを守ります。」

 レムナンはセオの背中に向けて小さくささやいた。温かな言葉は独りの部屋に溶けていった。
 





◯守護天使×グノーシア

 3日連続で守護天使に邪魔をされている。奇しくもこっちの仲間が減っていないのだが、こうもうまくいかないとイライラしてしまう。

「どうしました……?」

 そんなイライラを見透かされてか、レムナンが心配そうに声をかけてくれた。彼は白湯が入った紙コップを2つ持っている。

「……ちょっとなんていうか、閉塞感……みたいなものに、やられちゃって……みたいな。」
「ああ……広いですけど、閉じ込められてますからね、僕達……。」
「そう、それで。」

 レムナンが紙コップを差し出してくれる。わたしらそれを受け取って、飲むのにちょうどいい温度の白湯をあおった。温かくて気分が良くなる。なんとなく、血流が良くなった気がする――なんて、気がはやいか。

「すごいな、守護天使。百発百中。」
「ですね、すごいです。」

 すごいよほんと、迷惑なほどに。ありがたいですとでも言いたいようなレムナンの笑顔に、今日だけはちょっと腹が立ってしまう。わたしはレムナンの頬を引っ張って、涙目になる彼の顔を見てちょっとだけ笑った。






〇守護天使×エンジニア

 エンジニア確定で1人だけ命の危機にさらされているのに、全く持って消される気配がない。――というか、誰も消えない。グノーシアがわたしを狙っているけど守護天使が護ってくれている、ということ、だろうか。
 もちろん、誰が誰を護っているか分からないから憶測でしかないが、この状況ではそうとしか。お蔭でわたしはグノーシアをバンバン当てて、大いに役立っているわけだが。

 そうして全て終わった「最後」の夜に、レムナンが「僕だって……やれば出来るんですから……。」と言って褒誉を待つ犬の様にわたしを見上げた。レムナンのお蔭だったのね、と言ってその頭を撫でると、彼はビクリと肩を上げた後、満足そうに眉尻を下げた。






〇守護天使×医者

「いえ、セオさんの言っていることは本当……だと思います。」

 自分は医者だと主張したのは自分を含めて4人だった。多いな!?と自分でも驚いた。そのうち3人が「あの人はグノーシアではなかった」と言い、真に医者であるわたしだけが「あの人はグノーシアだった」と言った。3対1でわたしの方が不利だろう。しかし考えてみてほしい、4人の内2人はあれがグノーシアだとバレたら困ると思っている。ならば、少数派のわたしの方が正しいのでは?――とは誰も思ってくれていないようで、誰からも賛意が得られずすっかり孤立してしまっている。このあとコールドスリープさせられても仕方なしだ、今回は諦めよう。
 と、気を落としていたところにレムナンの支援だ。わたしはすっかり気分を浮上させて、レムナンに礼を述べた後、すぐに「協力しよう」と持ち掛けた。レムナンは笑ってよろしくと言ってくれた。天使のような笑みだった。ああこの世界も捨てては置けない。土下座でも何でもして、今日は絶対に生き残ってやらなければ。






◯守護天使×バグ

 グノーシアを摘発しまくって、ヘイトを集めまくっているのに自分が消えないのは、守護天使が守ってくれているからだ、と、セオは思っている。
 毎晩狙っているのに、どうして消えないんだ、と、グノーシアは不思議に思っている。
 誰も消えないのは、自分が守護している人が「運良く」狙われたからだ、と、レムナンは思っている。
 
 それぞれ不思議に思いつつも噛み合っている宇宙だ。誰も気づかないから今はまあ幸せなのだと思う。






◯守護天使×留守番

「あのねレムナン。わたしが無害な留守番だと知ったからと言って、無闇に自分が守護する者だと言うのは良くないと思うの。」

 初日の晩、である。話し合い中にセオが留守番と確定した。それを受けてレムナンはセオに「自分は守護天使である」と打ち明けた。
 セオは信頼されている嬉しさを噛み締めるのと同時に、軽薄な行動をとったレムナンを叱った。

「だっ……て、今日、セオさんは留守番だったって……。それに、ここなら誰も聞いてません……から。」

 水質管理室は確かに人の出入りがほとんどない。2人きりで密な話をして、本来ならおいしいシチュエーションと喜ぶ……のだが。

「そうじゃなくて、もう!いい?それを知ったわたしが――もちろん隠すけどね?――でも、レムナンがそうだっていうような事を、暗に伝えているような発言をするかもしれないとか……あるでしょ!?」
「でもセオさんなら大丈夫です。」
「どうしてここが終着点じゃないの!もう!!」
「え、え、なんですか!?」

 こんな幸せなことってあるか!?セオは久しぶりに自分がループの渦中にあることを呪った。






◯バグ×船員

「どう考えたってレムナンおかしいでしょう。」

 そう宣言するのは苦しくもあったけど、バグになった苦しみを思うとこっちの方がいいのかもしれない。視界の悪さみたいな五感の乱れや、思考の不具合、そんなバグ特有のものを抱えていてはレムナンは苦しいだろう。
 セオは自分の経験からしても、バグは気分のいいものでないと知っている。だから、レムナンを救うつもりで指摘した。
 レムナンは当然否定する。話はそこでおしまい。
 2度も3度もは言わない、誰かがそうだと言ったら、自分もそうだと賛同する。一度だけ言ってあとは放っておく。
 コールドスリープしたいけど、させたいわけじゃない。そんな矛盾した考えを持つ自分もバグってきたのかな、などと、セオは1人思った。






◯バグ×グノーシア

 こいつは人間じゃないぞと確定してしまった同士、2人は揃ってコールドスリープ送りとなった。票が偶数だったために決選投票を何度しても、セオとレムナンは同数の票を得ていた。

「……我々人間じゃない同士、元気におやすみなさいしようか。」
「僕は人間なんですけど……。」

 そう思っているのはバグだからだよ。流石にそうは言えずセオは微笑む。

「ある意味心中みたいなものかなぁ。それはそれでいいかもねえ。」

 セオはそう呟いてコフィンに横たわる。隣では同じようにレムナンも横になっていた。ちょっとだけ上体を起こしてレムナンを見ると、彼はまだ状況を飲み込めないといった表情をしていた。
 ここで一緒に死ねたら天国で再会できるだろうか。それなら幸せなのだが、セオは次のループへ、このレムナンは永遠の眠りへ。再会できないのは明白だ、悲しいことに。






◯バグ×エンジニア

「今夜、レムナンを、検査、するからね。」
「はい……わかりました……?」

 セオはレムナンをバグだと睨んでいる。バグを知らない周りの人はレムナンをグノーシアだと思っている。皆がレムナンを調べてくれと言う。だからセオはレムナンを調べる。ただ、それだけのこと。
 レムナン自身は、疑いの目がかけられている今、エンジニアに調べてもらえるのは身の潔白を証明するのに良いと思っている。だからセオが深刻な顔をしている理由が分からなかった。「グノーシアと確定してしまうけどいいの?」と言うようにも聞こえるが、レムナンはその点問題ない。

「あの……検査するから、夕飯は一緒に食べない……?」
「分かりました…………?」

 グノーシアなら明日も生きるが、バグならここでお別れだ。セオは奥歯を噛み締めながら、せめて長く一緒に居たいと夕飯のお誘いをした。






〇バグ×医者

 見え見えの嘘をついていたのに彼はグノーシアじゃなかった。グノーシアではないと検査結果が出た時は一瞬青ざめてしまった。しかし冷静になって直ぐに理解する、彼はバグだったのだと。
 わたしは朝の支度も適当にしてミーティングルームへ行った。昨日見送ったレムナンの他にもう一人姿が見えない。特段消えた人数が増えたわけではないのに、一気に視界が寒々しい灰色になったのは心象風景がそのまま表に出てきたからだろう。
 わたしの他、もう一人の(偽)医者も、レムナンはグノーシアではなかったと報告した。そう、グノーシアではなかった、ただの無害な「人」だった――。そう言いたくてもむなしいだけで、わたしはその日一つも頑張ることが出来なかった。






〇バグ×守護天使

 この恋心に気付いたのはいつだったか、今では正確に覚えていないほど遠い昔のことだ。
 いつも本心を隠している彼が、時折見せる笑顔が好きになったのかもしれない。弱さの中に人を思いやる優しさを見たから好きになったのかもしれない。明確なきっかけは無かったかもしれない。ただ、毎回、少しずつ蓄積されるものがあって、それが大好きに変わっていたのだろう。

「……わたしはレムナンがなんであろうと好きだよ。」
「僕は、好きとか……そういうの、わかりませんから。」

 今まさに冷たい眠りへ向かおうとするレムナンに語り掛ける。彼は怪訝な顔をした。これはまだいい方だ、拒絶されるよりずっといい。彼はバグだから、拒絶することさえ忘れてしまったのかもしれない。

 




〇バグ×留守番

 人が二人消えた、そのうち片方はバグのレムナンだった。エンジニアの報告からするに、バグはレムナンの方だったのだろう。

「……セオ、大丈夫?」
「あ……セツ……。」

 一人項垂れているところにやってきたのはセツだった。大切な仲間、一緒に時の海を走る同志。

「セオはレムナンが消えると凹んでいることが多いね。いつの君にあってもそうだよ。」
「うん、そうだと思う。」
「やっぱりレムナンが好き?」
「いつでもそうだよ。」
「そっか。」

「将来このループを終えられたら、レムナンと一緒になれると思う?」
「セオがそう望むなら、なれるよ。」
「曖昧な返事をするなぁ。」
「まだ分からないからね、私にも。」
「そうだよねえ。」

「ねえセツ。」
「うん?」
「はやく次に行きたいから、今夜はわたしを消してくれないかな。」
「……。」
「知ってるんだよ、セツが嘘ついてるって。」

「そう……それなら……。次また、頑張って。」
「セツもね。」

 ループを抜けた先でレムナンに会えるだろうか。抜けた先に全員揃っているのだろうか。もしレムナンが居なかったらどうしよう。
 わたしは焦りを感じ始めていた。もう少しで皆の情報が揃って、銀の鍵が満足する――この旅の終わりが近いのを感じている。しかし満足したその時空にレムナンが居なかったら?それが終わりで、もう会えなかったらどうしよう。長い長い恋が報われず終わったら、そこでわたしは喜べるのだろうか。






◯留守番×船員

 前回の記憶が脳裏に焼き付いている。あのあとセツに消されたわたしは、いつも通りに目を覚ました。レムナンが居て、彼は留守番だと確定している。
 ホッとため息をついているとセツに「気を抜かないで」と叱られた。

「この間はありがとう。」

 セオはセツに感謝を伝える。

「……なんのこと?というか、どれのこと、かな。」

 セツには覚えがないらしい。いや、遠い過去のことで忘れているのかもしれない。

「レムナンの後を追いたいから消してくれ、って頼んだ時のことだよ」
「何回もあるから、いつのことだかさっぱり。」

 彼女はそう言って苦笑いを浮かべた。そうか、何回もお願いしているのか。

「今回はわたしもセオも船員だ。レムナンも人間だと確定している。3人とも、生き残れたらいいね。」
「うん、頑張る。大体予想がついてるのもあるし大丈夫だよ。」
「頼りになる。」
「だから協力しよ、がんばろ。」
「私でいいの?レムナンは。」
「レムナンは助けてって言わなくても助けてくれるから。」
「……惚気られた、のでいいのかな、今のは。」
「惚気じゃないよ、付き合ってない。」
「それは言ってて悲しくないか?」
「超越した。」

「もうすぐだよ、もうすぐで銀の鍵が満足する。」

 言ってて悲しくないわけはない。でも、それより今は未来への期待の方が大きいのだ。もうすぐで情報が埋まる、もうすぐでループを抜けられる。そうすればレムナンとの幸せな「明日」を迎えられる。

「……その調子でね。あまり悲観的にならないで。」
「うん、平気平気。」


 




◯留守番×グノーシア

「最近、レムナンの様子がおかしいの。」
「最近?最近なんて言葉、久しぶりに聞いた気がする。」
「わたしも……じゃなくて、えっとね、レムナンはあの通り臆病だから、いつまでも『はじめまして』するまでが長くて辛いんだけど…………ていう話は、わたしに聞いたことある?」
「うん、何度か。」
「よし。そんな感じだったんだけどね、最近、時々彼……『お久しぶりです』とか『また会うとは思っていませんでした』とか言うようになったの。」
「……え?覚えてるっていうの?」
「ううん。言った後に、はじめましてなのにすみません、勘違いしました……って謝ってくる。でも聞いてみると、どこかで会ったことがあるような口ぶりで――どういうことなのかな。」
「さあ……そういう経験はないから何とも。セオに強い思いを向けられている影響で、全宇宙のレムナンに共通してセオの記憶が刷りつきつつあるとか?」
「そうだったら嬉しいな。……いやでも、自分でもわからないや……それがいいことなのか悪いことなのか。」
「分からないね、ちょっと難しい。」
「今夜もレムナンに訊いてみようと思うの。」
「距離詰め過ぎちゃだめだよ。」
「うん、気をつける。――ということで、レムナンを消すのはもうちょっと後でいい?」
「いいよ、なにか分かるかもしれないから、色々試していこう。」
「ありがとう、助かるよ。」






〇留守番×エンジニア

「あ……えと、お久しぶりです……。」

 その夜、久しぶりにその言葉を聞いた。セオは目を丸くしてレムナンを見る。レムナンも目を丸くしてセオを見た。

「すみません!なんでもありません!ひ、ひとちがい、です……。」
「あ……や、いえ、大丈夫……です。レムナンもエンジニアのお仕事してるんだったよね、仕事してて、どこかで会ったこと……あるかな。」
「や……ないと思い、ます。」
「……はっきり言われるとそれはそれで。」
「あ!!すみません!!」

 また「久しぶり」が聞けて高揚する心を抑えてセオは親しげに話を続ける。突然距離を詰めた話し方をしても嫌そうにしないレムナンは、実際に「久しぶり」という気持ちを味わっているのだろうか。

「でもきっとどこかで会ってるんだよ。どこだろう、レムナンはどんな仕事をしているの?夕飯食べながらお話しようよ。」
「え、夕飯ですか!?でもセオさんはエンジニアで……その……忙しいし……。」
「忙しくない忙しくない、すぐ終わるすぐ終わる。」
「でも、心の準備が……。」
「夕飯に心の準備ってなに!行こう、今夜はなにかなあ。」

 セオはレムナンを引っ張っていく。

「距離の詰め方気をつけてって何回も言ってるのに……。」

 遠くから見ていたセツは頭を抱えていた。






〇留守番×医者

 打ち明けられるということは信頼されているということだ。誰にも相談できないことを相談してもらえると強い喜びを感じる。
 
「昨日コールドスリープしたあの人とは……一緒に船にいたんです。僕たちが留守番で、だから……僕たちはグノーシアではないんです……でも、もう証明してくれる人がいないから……。」

 留守番の片方が疑われて眠らされた。そうレムナンは苦しそうに言う。セオは静かに話を聞いていた。

「あなたはあの人を人間だと診断してくれました。嘘を言ったとは思っていません、あなたはきっと……本物の医者なのです。」
「……ありがとう。」

 医者が三人名乗り出ていて、他の二人が昨日選ばれたあの人をグノーシアだと言っていた。そんななか本物の医師たるセオはその「犠牲者」を人間であると宣言した。ほかの人には判らずとも、レムナンには伝わったのだ。
 しかしセオにはレムナンが留守番だと確信はできない。混乱に乗じて嘘をつくことはいかにでもできる。ただ、確信はできないが、本当に留守番の可能性は高いと思う。もし今日の議論で留守番二人が名乗りをあげたら、レムナンの嘘が露見する。それに、昨日眠らされたあの人が留守番なら、それを知っているのはもう一人の留守番だけだろうし。

「信じてくれてありがとう。わたしもレムナンのこと信じるよ、独りで心細いと思うけど、一緒に頑張ろうね。」



 レムナンは目立った点がない分疑いの目が向きにくい人ではあるが、ひとたび疑いの目が向くと彼の消極性では押し返すのが難しい。理論立てて話したり、他の誰かに矛先を向けたりが出来ない彼に代わり、今日はセオが彼の弁護をした。様々な条件から本物の医者と確定した彼女のお蔭で、レムナンへの疑いは薄まりつつあった。
 そしてその晩。

「セオさんのお蔭で、皆さんに信じてもらえそうです。」
「この調子で明日もがんばろうね。」

 留守番していたことは隠しつつも、レムナンは無実寄りになっている。あと二晩超えれば、一緒にゴールできる。セオはとても張り切っていた。

「ひとつ、訊きたいんですけど……。」
「なに?」

 レムナンはもじもじと両腕を背中に回しながら話し続ける。

「どうして……そんなに親身になってくれるんですか?」
「レムナンが大好きだからだよ。」

 その瞬間に見えた青ざめた顔に遠い過去の記憶がフラッシュバックする。ああ、前にもこんなことがあった。レムナンは無償の愛でも好意を向けられるのがトラウマだったというのに。


 



〇留守番×守護天使

 ハッと目が覚めた時、覚えているのは真っ青になったレムナンの表情だけだった。恐ろしいものを見るような目が、まるで写真の様に脳裏にベッタリと張り付いている。あの後のことは覚えていない、自分は弁解したのだろうか、それとも逆上してレムナンに思いのたけをぶつけたのだろうか。どちらにせよ、好きを伝えた時点で、自分はレムナンに酷いことをした悪者だ。しかし自分は今までに何度も彼を傷つけてきた、なのになぜだろう、「昨日の」あれは強烈に印象に残って忘れられそうにない。

 一日目、いつも通り15人全員で集まる。今日はなんだかレムナンの顔を見られなくて、ちょっと避けた。セツにはその行動がバレバレだったらしく、セオらしくないと励まされてしまった。

「心配することはない、君は慎重にやってるよ。……いや、時々暴走はしているけどね。でも根底にあるレムナンを大切にしたい、傷つけたくないという気持ちは嘘じゃない。グノーシアやバグに成るせいで、時々その欲望が歪んでしまってはいるけど……。また、真摯に伝えるんだ。彼は君を受け入れてくれる。今まで何度も、そんなループがあったって、嬉しそうに報告してくれたじゃないか。」

「大丈夫。銀の鍵は満足している。あとは何か一つ、ここから出るための方法が……正解があるはずなんだ。……きいてる?」

「きいてる、きいてるよ。もうすぐここから出られるね、頑張ろう、セツ。」
「……はあ、今回の君は上の空なんだな。うん、悩むなら悩んでおいた方がいい。君ならすぐ答えがわかるはずだよ。」
「ありがとう、セツ。頑張ろうね。」
「重症……。もう、大人しく部屋に戻って、レムナンを守ってあげて来なさい。きっと今夜、彼は狙われるんだから。」
「大丈夫、頑張る。がんばる……。」






〇留守番×バグ

 打ち明けられるということは信頼されているということだ。誰にも相談できないことを相談してもらえると強い喜びを感じる。
 
「昨日コールドスリープしたあの人とは……一緒に船にいたんです。僕たちが留守番で、だから……僕たちはグノーシアではないんです……でも、もう証明してくれる人がいないから……。」

 留守番の片方が疑われて眠らされた。そうレムナンは苦しそうに言う。セオは静かに話を聞いていた。

「あなたはあの人を人間だと診断してくれました。嘘を言ったとは思っていません、あなたはきっと……本物の医者なのです。」
「……ありがと、嬉しいな……。」

 医者が二人名乗り出ていて、一人が昨日選ばれたあの人をグノーシアだと言っていた。そんななかセオはその犠牲者を人間であると宣言した。
 しかしセオにはレムナンが留守番だと確信はできない。混乱に乗じて嘘をつくことはいかにでもできる。ただ、確信はできないが、本当に留守番の可能性は高いと思う。もし今日の議論で留守番二人が名乗りをあげたら、レムナンの嘘が露見する。それに、昨日眠らされたあの人が留守番なら、それを知っているのはもう一人の留守番だけだろうし。

「信じてくれてありがとう。わたしもレムナンのこと信じるよ、独りで心細いと思うけど、一緒に頑張ろうね。」



 レムナンは目立った点がない分疑いの目が向きにくい人ではあるが、ひとたび疑いの目が向くと彼の積極性では押し返すのが難しい。理論立てて話したり、他の誰かに矛先を向けたりが出来ない彼に代わり、今日はセオが彼の弁護をした。様々な条件から本物の医者かもしれないと皆が信頼し始めた彼女のお蔭で、レムナンへの疑いは薄まりつつあった。
 そしてその晩。

「セオさんのお蔭で、皆さんに信じてもらえそうです。」
「この調子で明日もがんばろうね。」

 留守番していたことは隠しつつも、レムナンは無実寄りになっている。あと二晩超えれば、一緒にゴールできる。セオはとても張り切っていた。

「ひとつ、訊きたいんですけど……。」
「なに?」

 レムナンはもじもじと両腕を背中に回しながら話し続ける。

「どうして……そんなに親身になってくれるんですか?」

 そう問われた瞬間にレムナンの青ざめた顔がフラッシュバックする。ああ、これは、この間と同じだ。セオの心拍数が急上昇する。握ったこぶしの中で汗が湧き、顔が熱くなり、反面背筋が凍る。

「レムナンが大好きだからだよ。」

 しかしセオの答えはストレートに出た。警告を鳴らす脳に反して、口は反射的に動いていた。こう答えてしまうのは運命なのかもしれない。
 想像通りの青ざめた顔、不信感の募る目がこちらを向く。レムナンはおびえて、そして部屋を出て行ってしまった。




 本物の医者は、初日に消されていたのだろう。だからセオともう一人が医者を騙っても、「この二人は本物の医者なのだろうか」ではなく「この二人のうちどちらが本物の医者なのだろうか」が論点になっていた。だから本物の医者を追求すれば議論は平行線。翌日の議論では、本物の医者探しが一度保留にされ、別のグノーシアを探すフェイズに移った。皆にはただの船員という情報しかないレムナンに矛先が向かう。セオは昨日のレムナンの顔が――いや、もはや昨日の顔なのか、それよりずっと昔のものなのか判らない――脳裏にこびりついて離れなかったが、それでもレムナンをかばった。
 嫌われたってレムナンが好きなのだから。大切で大切で仕方ない仲間。ただの仲間でもいい、不安なく生きてくれるなら。
 セオがレムナンをかばうたび、レムナンはセオに不安のこもった目を向けた。しかしそれは徐々に緩和されていって、とうとう最終日。

 グノーシアは皆眠りについた。もう脅威になるものなどセオにはない。
 穏やかな空気が包む食堂で、セオは最後に残ったレムナンと向かい合っていた。

「わたしが軽率なことを言ったせいで、レムナンを困らせてしまって……本当にごめんなさい。」

 レムナンの為を思うなら、何も言わずに去った方がよかったのかもしれない。この船が港に着くまで……。しかしセオは謝りたかった。どうするのが正解か答えがないなら、やりたいことをやりたかった。

「いえ、あの……その。あの日、逃げてしまってごめんなさい。」

 言葉を交わしてくれて嬉しかった。拒絶されないだけで十分だった。

「誰かに好かれることが怖かった、僕は好きとか愛とか、そういうものが怖い。」

「でも、セオさんに好きと言われて……守ってもらえて、とても嬉しかったんです。」

「この気持ちを……ずっと大事にしたい。だから、セオさん、船を降りたら、一緒に――」

 レムナンのことが大切だった。守りたいと思った。ただしこれは、本能ではなかったのだろう。自分の本能はもっと別の場所にあって、セオは幸せな未来を夢見ながら、結局世界を消すしかなかったのだった。






〇留守番×留守番

 グノーシアに「汚染」された星から脱出することが出来た人たちを乗せて船は往く。15人の船員たちはそれぞれチェックを受けてヒトであることを確認すると、船内はお祭り騒ぎになった。船から降りるのが遅れたセオとレムナンはいきなり乗り付けてきた人たちにびっくりしたものの、星で起きていた騒動に驚き、逃げてきた人たちを労わった。逃げてきた人の中にはセツも居た。――ことになっている。彼女も今まさに船に乗って来て検査を受けた人の設定ではあるが、一緒にループを繰り返している彼女で間違いない。
 二人は肩を並べて座る。祭りの喧騒から離れた場所で、こんなこともあるんだねと苦笑いを浮かべ合った。乗組員たちにが誘導をしてくれたセツに感謝の言葉を伝えている。隣で聞いているだけなのに、何故だかセオも誇らしく思ってしまう。

 しかしセオは……。
 この船の「添乗員」の女性に声をかけられ、セオとセツは顔を見合わせる。分かっていたことだ、この船にはもう1人セオがいる。これを解決しなくては、宇宙は崩壊してしまう。
 セオは知っている、この問題の解決方法を。いや、セツがどうやって問題を解決するかを。
 一度、「今日」と同じことが起きた。目が覚めたらパーティーが始まっていて、グノーシアがいない世界を祝ったことがある。あの時と同じだ、同じように仲間たちがセツに感謝を伝え、同じように添乗員がセオに声をかけた。セツには初めての試みかもしれない、が、セオには2回目。
 セツの行動を止める気はない。自分のせいでセツが扉の向こうで悲しい思いをするのは百も承知である。が、つらくとも実行しなければ先に進めないこともある……のだ。



 セツが銀の鍵を手に取り扉の向こうに消えていくのを見つめる。ごめんなさいとありがとうを伝える。本当はここでループを終えるはずだったのだろう。
 添乗員が心配そうにセオを見ている。セオは近くの棚にメスがしまわれているのを知っている。2度目の迷いはなかった。セオはさも当然の行動であるかのように、メスの切先を自分の喉へ向けた。




 



〇船員×船員

 マナンを見送ってから数日後。ルゥアンで起きたグノーシア騒ぎが宇宙中に知れ渡ったころ、わたしは犠牲者のリストを確認していた。犠牲者――それはイコール、ルゥアンから出ていない人、つまり消えた人。
 血眼になってリストを読んだ。レムナンの名前はなかった。なくて良かった。彼も別の船で無事に逃げたのだ。
 ならば次の懸案事項は、そのレムナンがどこに行ったのか、であった。
 消えた人はリスト化されている。消えたかどうかの判断材料は、「外部からやってきた人の渡航リスト+ルゥアンの住人」マイナス「船で脱出した人のリスト」である。なので誰がどの船で脱出したかは把握されているのだが、生憎その情報が一般に漏れることはない。宇宙連邦軍所属のセツならあるいは、わかるのかもしれないが。

 ということで、である。セオはセツに頼んで、ルゥアンから出立した船と、その乗船客リストを譲ってもらうことにした。「わたしがどうなってもいいの!?」と脅しをかけたら、とても複雑そうな顔をして、レムナンがどの船に乗っているかだけ情報を流してくれた。それだけで良いので大満足だ。

 レムナンが乗った船はグリーゼ船団国家行きのものだった。グリーゼはラキオの出身地で、あまり穏やかな場所ではなかった気がする。急いで乗り込んだ船だろうから、行先なんて選んでいる暇はなかっただろう。D.O.Q.は行き先が決まっていないから、今からだってグリーゼ行きにできるはず。行きたいと言えば、ラキオが喜んで同意してくれるだろうし。

「それでこの船の行き先だけども。」

 セオはメンバーが集まる食堂で今日の議題を切り出す。ここ数日、どこに行くのが一番良いかで議論は平行線だった。比較的穏やかな地球へ行きたいジナとセツ、出身地のグリーゼに行きたいラキオ、船の主とされているステラは決定に従う、特に行きたい場所はなしのSQ、レムナンのいる場所が行先のセオ。これで地球派とグリーゼ派の二つだけに分かれていたのは幸いか。
 セオが話をはじめると、ラキオは面倒くさそうにそっぽを向き、ジナは不安そうに俯いた。

「ジナにはごめんけど、わたしもグリーゼがいいかなって思ったんだ。距離的に船団のほうが近いようだし、一旦寄って燃料を補給してから地球に立つのがいいのかなって。」
「……やっぱりそう、だよね。燃料のことは……気になっていたし。」

 ジナは悲しげに眉をハの字にしつつも、納得してくれたようだった。もっともらしい理由を述べたセオの横顔を、セツはじとっとした目で見ている。セオはそっちは見ないことにした。ラキオはそうだろうとでもいうように深く頷いている。

「そこでラキオとはお別れして、燃料や食料を確保したら地球へ行く。……どうかな。」

 今まで中立(どこに行きたいともいわない)だったセオが意見を明らかにする。話し合いはそれで方向性が決まった。グリーゼで全員D.Q.O.を降りて、地球行きの定期便を見つけても良いのだが、ステラが是非最後まで一緒に、と言ってくれたので、ジナとセツはその言葉に甘えることにした。セオは最後まで、自分が最終的にどこまで行きたいとは言わなかった。それに対して誰も突っ込まなかったのは、単に頭が回らなかったのか、セオが自身の行先を敢えて言わないのだと察したのか、それはセオ自身にも分からない。





 もともと地球とグリーゼがある方向に進んでいたので、進路が決まってから到着は早かった。船は5日間かけて、グリーゼ船団国家の母艦にたどり着いた。港は開いており、D.Q.O.は難なく着港できた。
 港にはところどころテントや簡易ハウスが建っている。少し歩いて回ると、それが難民キャンプであると解った。ルゥアンから逃げてきた人たちが集まっているのだ。急なことで帰るための費用がない人であるとか、星に帰るまでの宇宙船が予約できないであるとか、そういった理由でとどまっている人が意外と多いらしい。それと、他の星に逃げた後にここへやってきた人もいるのだとか。

「なにキョロキョロしてるンだよ。燃料入れるんだろ、案内してやるからさっさと来なよ。」

 母国に到着して元気になっているラキオがセオをせっつく。対してセオはラキオなどどこ吹く風でキョロキョロを続けている。

 レムナンはきっといる。この胸のざわめきは、彼が近くにいるから起こっているに違いない。勘でしかないし、なにか根拠があるわけでもない。しかしそう思うのだ。逸る気持ちを理性でなんとか宥めようとする。そう、レムナンは頼れる人が周囲にいないはずだし、帰る先はずっと遠いから、きっとまだグリーゼを出発できていないはずだ。



 願った瞬間、視界のど真ん中にレムナンが見えた。白い髪に服。背中を丸めてベンチに座り、軍人の話を聞いている。あれがレムナンだと認識した瞬間、視界に写る彼以外がぼんやりと溶けた。レムナンだけにピントが合っている、彼しか見えない。なのに周囲のざわめく音声が全部耳に届いてうるさい、自分の心臓の音もすごい。
 遠くでラキオが自分を呼ぶ声がする。ラキオ、あなたもレムナンに会えて嬉しいんじゃないの、そんな、なにを思ってそう考えているのか分からない思考が生まれる。
 セオは迷いなく歩いた。まっすぐレムナンに向かう。軍人は今後の臨時船の出港予定を読み上げていた。周りに人だかりができていて、レムナンはその後方に座っている。セオは彼の横に立った。レムナンは彼女の気配を感じて顔を上げる。

「――セオさん?」

 彼は目を見開いている。どうしてセオの名前を呼べたのか、彼自身分かっていないようで、言葉を発して首をかしげている。

「……あ……すみません……僕……誰と間違えたんでしょう……。」

 そして納得しきれていないうちに謝罪。セオは嬉しさがこみ上げ泣いてしまいそうになるのを我慢した。

「どこかで会ったことがあるよね、レムナン。久しぶり。」
「会ったこと……?ありますよね、そうですよね……どこかで……お久しぶりです。」

 いつだったかセツが言っていた。全宇宙のレムナンに、セオの記憶が刷りつき始めているのではという考察。あれは本当だったのかもしれない。時々聞く「はじめまして」ではない言葉がこんなに嬉しいなんて。セオの声は震えていた。レムナンははてなを浮かべているが、拒絶の態度は見えない。

「ずっと探していた。無事でよかった。会えてよかった。」
「はい、僕は無事です。ちゃんと逃げられました。もう一度セオさんに会えてよかったです。」

 レムナンの笑顔を見てセオはやはり耐えられなかった。彼女はその場で泣き崩れて、やっと取り戻せた現実を噛み締めた。

安らかな玩具を手にして眠





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