trance | ナノ



 所長の突然の思いつきで購入された仮装セットが並べられている。それを見せられた相談員は、楽しそうだとワクワクする者、なんだこれはと戸惑う者と様々だった。
 ハロウィンなので仮装をしよう、と所長が言い出したのはちょうど一週間前のことで、これらの衣装が届いたのは昨日、相談員に伝えられたのはたった今。須田と狩谷があれこれ説明しているのを、瑠良は自分の席から見ていた。――仮装の話が職員にまで来なくてよかった――彼女はそう胸を撫で下ろしてパソコンに向かった。相談員たちが楽しそうにしている声がする。所長の思いつきも良いものなのかもしれない。瑠良は隣の部屋の所長を見て、パソコンに向い直し、そしてもう一度所長を見た。二度見してしまった。彼の頭にカチューシャが付いている。カチューシャには大きなボルトが一本刺さっている、多分、フランケンシュタインなのだろう。仮装をした――いや、カチューシャをつけた所長はいつもどおりに仕事をしていて、それがなんとも異様だった。

「線引さん。」
「は、はいっ!」

 そんな所長をこっそり覗き見ているところに、突然須田が声をかけてきた。瑠良は驚いて上擦った声の返事をしてしまう。
 須田は何も言わず瑠良の頭に何かを載せた。瑠良はそれに触る。所長のつけているようなカチューシャの類であることはすぐ見当がついたが、それに何が付いているかまでは――手にフワッとした感触、フワッとしてはいるが、中に厚紙が入っていてしっかりと形がある。この特徴的な三角形は、猫耳で間違いない。

「や、なにするんですかっ。」

 瑠良がカチューシャを外そうとすると、須田は瑠良の頭を抑えてそれを阻止させた。

「やはり。似合いますよ。」
「やだ!」

 結構な力で押さえられている。狩谷がSABOTを構えてカメラをこちらに向けているのが見えた。瑠良は慌てて顔を隠して、肖像権!と叫ぶ。

「わたしには来ないと思っていたから注文したんですよ!!」
「残念でしたね。衣装を着させられないだけマシだと思ってください。」
「どうしてわたしだけなんですか!女だからですか!性差別反対!」
「看守は帽子があるからですよ、差別ではありません。所長もつけていますし、ほら。」
「ぐっ……!」

 須田にも仕事があるからずっと押さえているわけにはいかないだろう、が、一刻も早く放してもらいたい。こんな可愛い(想定)ものが自分に似合うはずがないのだから。
 なので瑠良は泣き落としに走ることにする。彼女は口を閉じるとギュッと下唇に力を入れた。じわ……と、瑠良の目に涙がたまる。するとそれに気づいた須田は「ウッ」と気まずそうな唸り声を上げた。狩谷はSABOTを下ろし、諫めるように須田を睨む。狩谷さんも同罪だ、と、瑠良は思った。

「やだって言ったのに、どうしてわたしのお願い聞いてくれないんですか。」

 瑠良が非難すると、須田の手の力が少し抜けた。瑠良はサッとカチューシャを取ると、それを須田の胸に押し付ける。須田はそれを受け取って、すみませんと呟いた。

「だから言いましたよね、須田さん。」
「狩谷君!?君も『いいですね』って賛成しましたよね!」
「わたしのお願いをきいてくれる須田さんのことは大好きです。」
「良かったですね。」
「狩谷……ぐっ……。」
「ハロウィンだからおやつ持ってきたんですよ。須田さん、あとで一緒に食べましょう。」
「良かったですね。」

 自分の中の可愛い女の子像を精一杯演じる瑠良、須田には効果抜群のようだった。





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