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 瑠良にお茶の良しあしは分からないが、所長はそう言ったこだわりがあるらしい。普段から「お客さんが来たらこれを出しなさい」と言ってなんとかとかいう玉露の良いお茶の袋を見せられている。少々値をはるものだが、これは経費ではなく職員たちから集めたお茶代で購入しているので特に問題ない。
 お茶の良しあしは分からないが、良いものを飲めるのはなんとなく気分が良い。瑠良はお客様に良いお茶を出すと、その二、三番煎じを頂いている。香りがたつとか、深みがあるとか、そんな言葉はこういうお茶に使うんだろうなとなんとなくは分かる――気がする。
 須田はそうやって茶を飲んでいる瑠良を見つけると、「自分にも」と言って瑠良に茶を淹れさせる。彼は細部にもこだわりを持つ人間なので、紅茶でもコーヒーでもなんでも良いものを飲んでいて、自分専用の茶葉やら豆やら茶器を持ち込んでいる。どこかのなんとかとかいう良い湯飲みを取り出して瑠良に差し出し、あなたが淹れるからいいんですよ、などと調子のよい事を言う。瑠良は瑠良でそういわれると悪い気はしないので、仕方ないですねと言って、何番煎じか出がらしを淹れる。少し古くなったものでも味わいがあるだの言って、須田はそれを喜んで飲む。

「国土交通省の人が来ています。」

 瑠良はそう言ってお茶菓子に出した月餅の残りを食む。雑貨屋で買った五個入の安いものだ。客は三人、所長は一人、余った月餅は一個。須田の分はない。瑠良は譲るつもりはなかった。

「へえ、測量か何かやっていくんでしょうか。」
「ここは私有地ですから、国や県はあんまり関係ないような気がしますけど。」
「用事は聞いていないんですか?」
「聞く前に所長がやってきて、さっさと所長室に行ってしまったんで。」

 須田は瑠良が食んだ月餅を素手でつかみ取り、一口かじって瑠良の手に戻す。瑠良は口をへの字に曲げた。自分のおやつを取られたくやしさと、衛生的に良くないぞという主張を込めて。

「私の目の前で食べるのが悪いんですよ。」
「泥棒が『盗まれる方が悪い』と言っているようなものですよ、それ。」
「私は泥棒ではありません。」

 なに当然のことを言っているんですか、と続けて言いかねない表情の須田に腹が立った。瑠良は須田に背中を向けて残りを全部口に入れた。

「ご存知ですか?ハムスターはおやつを貰うと、与えてくれた飼い主相手でもそれを取られないようにとさっさと逃げて頬袋にしまうんです。」
「……須田さんはとったじゃないですか。」

 大事なものを取られないようにするのは生物みなそうなのであろう。ハムスターと比べないでくれなどとは、ハムスターに失礼なので言わないでおくが。

 自分で飲み物を淹れようと思う看守は少ないらしい。給湯室が使われるのは、たいていお客さんが来たときか、昼休みかくらいである。皆自分でなにかを淹れるより、自動販売機で手軽に買う方が好きなのだろう。
 というわけで。就業時間中の逢瀬に給湯室はピッタリなのだと須田は言う。仕事中に何を言っているのだと瑠良は常々思っているが、彼女も須田と話すのは嫌ではないので――いや、ひねくれた言い方をしてしまった――須田と話せるのは嬉しいので、特別指摘しないでいる。それに、職場の外で会っているとこの関係が周りにばれてしまうから、職場内で会える時間は貴重なのだ。
 誰と誰が付き合っている、職場内で恋愛をしている、なんていう話は公にしない方が良いに決まっているというのが瑠良の持論である。彼女はそれが間違いでないとも強く思っている。他の看守たちにこの関係が見つかってとやかく言われるのも、あれこれ想像されるのも嫌で仕方ない。瑠良のその意見には須田も同意していて、だから二人は仕事外で会うことはほとんどない。瑠良はそれを辛いとは思っていない、むしろドライな方向にある彼女には丁度良い――今のところは。

「あまり、よその人に土足で入ってきてほしくないんですけどねえ……。」

 須田はそう言って大きなため息を吐く。今所長と話をしている役人さんの話題に戻ったらしい。

「ちょっと見たらすぐ帰りますよ、きっと。」
「だといいですけど。」
「何か不安でもあるんですか?」
「いえ。ただ余所者が好きではないだけです。」
「余所者……。」

 余所者、と言われて瑠良は口を閉じる。自分も最近異動してきたばかりだから、須田から見れば余所者なのだ。須田は瑠良がそんなことを考えていると察して、彼女の頬を優しくなでる。

「あなたは大切な仲間ですよ。」
「余所者でないならよかったです。」

 あの収容施設の職員の入れ替わりがどれくらいのスパンで行われているかは分からない。相談員はわりと増えたり減ったりがよくあるようだが。瑠良はこの島で一番の新参者だと思う。そんな自分がまだまだ余所者であるような気がしてならないから、ちょっと敏感になってしまう。

「ああ、あと恋人。」
「ああ、って。須田さんがそう言い始めたんじゃないですか。わたしは認めていませんけれど。」
「まだ認めていないと?」

 須田はずずっと瑠良に顔を近づけると、正面でにっこりと微笑んで見せた。とたんに瑠良は顔が赤くなる。彼女は口を一文字に閉じて悔しそうにもにゃもにゃと動かした。

「だって負けを認めるようなものじゃないですか……。」
「その態度、負けを認めているようなものですよ。では我々は『何』なのでしょう。」
「……じゅ、準備期間。」

 恋人だと一言はっきり宣言出来れば良いのにその踏ん切りがつかないから瑠良は悩んでしまう。須田の手のひらで転がされるのが嫌だなんて幼稚な抵抗がいつまでも消えないのだ。須田がそんな瑠良を見て「脈ありだ」と解釈しているからうまく均衡が保たれているのが現状である。そして多分、このまま須田の積極性に流されて瑠良は近い未来に全て認める日が来るのは近い。





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