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 その日の朝、セオは仕事に遅れそうだと焦っていた。家を出る時間がいつもより30分遅くなって、朝礼直前に事務室に滑り込んだ。仕事自体が始まるのにはまだ1時間あるから、朝礼を終えて一息を吐く。

「セオ、今日はギリギリだね。」
「寝坊してしまいました、危なかったです・・・。」
「珍しー。」

 始発に乗るんじゃなくてよかったね、クダリはそう言いながら、セオの隣のデスクに腰かけた。机に座るんじゃありません、とセオはノボリのように言ってみたが、クダリが聞く耳を持つはずもなく。1ヶ月も一緒に仕事をしていれば気にすることもなくなった。
 セオは使いなれてきた自分の事務机に突っ伏せて、今日のシフト表を眺めた。10時からスーパーシングルの運転、あと30分。準備をしなければ。
 足を延ばして、キャスター付きの事務椅子を机から離して立ちあがる。

 こつん、 ころころころ...

「ん?」

 音に気付いたのはクダリの方だった。彼はセオの足元を覗いて、そこに落ちていたものを拾い上げた。

「これセオの?」
「はい?」

 セオはクダリと、彼の手に目をやる、そして、体中の血が抜けるのを感じた。

「返して!!!」

 彼女は勢いよくクダリにがぶりつき、彼の右手に握られているモンスターボールを奪い返そうと躍起になった。クダリはそんな彼女の肩を押して自分から離そうとしながら、モンスターボールをしげしげと眺める。所詮は男と女、力比べをしたらセオが押し返されるのは仕方がない、それでもセオは必死に押すのだが、

「セオのポケモン?!はじめてセオのモンスターボール見た!!出していい??」

 クダリもセオと同じ位興奮していた。初めて見るセオのモンスターボール、その存在すら疑い始めていたセオのポケモン。モンスターボールの内側で、見た事のないポケモンが怯えた目をしてこっちを見ている。

「ダメ!!絶対だめ、返して!クダリさん!返してよ!!」
「返さない!どんなポケモンか見る!」

 セオが必死に暴れてもクダリはものともせず、セオのモンスターボールは開かれた。
ポン!と音がして中からポケモンが飛び出す。

「ぎゃううー!」
「!?」
「タツベイ!」
「知らないポケモンだ!」

 中から飛び出したのはタツベイだった、タツベイはクダリに気付くと不安そうにひと鳴きして、セオの後ろに隠れる。

「・・・。」
「ぎゃう。」
「それなんていうポケモン?僕見たことない。」
「クダリさん酷い、嫌だって言ったのに!」
「なんで?持ってるポケモン隠すことないじゃん。」

 セオはタツベイを抱き上げ、部屋の外を気にしながら事務室のすみでしゃがみこむ。タツベイは彼女にべったり縋りついて、ぎゃうぎゃうと声をあげていた。

「どうしてそんなに嫌がるの?」
「クダリさんこのポケモン知らないですよね。」
「知らないよ。」
「タツベイっていうんです、この子。イッシュでは見られません。イッシュ以外の地方では稀に見つかりますが、ホウエン地方の流星の滝という場所が主な生息地です。ポケモン図鑑でもイッシュでは全国図鑑を見ないと載っていません。」
「だから見たことなかったんだ!珍しいポケモンだ。」
「だからなんです!珍しいポケモンだから、狙われたんです。」
「狙われた?」

 タツベイが震える、セオはタツベイを落ち着かせるように背中を撫でて体を揺らてやった。

「イッシュにやってきて初めての休日、この子と街を見て歩きました。やっぱり珍しいポケモンらしくて、すれ違う人は皆珍しそうにタツベイを見ていました。それだけなら良いんです、でも、あの日、」

 セオも声を震わせながら話し、ついにじわっと涙を流し始めた。クダリはそれをみてたじろぐ、しかしまだ、なぜ彼女がこんなにも恐れを感じているのかは解らない。

「タツベイがさらわれたんです、ポケモンセンターでした、わたしが、一瞬、目を離したすきに、いなくなったんです。」
「!?」
「一生懸命探しました、モンスターボールに入れられるはずがないから、どこかに居るはず。最後にはちゃんと見つけられました、ワルビアルにとらえられていたんです。あの子は絶対にトレーナーがいるポケモンだった、でも犯人は解りませんでした。わたしはワルビアルをタツベイで倒して取り返しました。」
「だから恐いんだ、犯人が解らないからまたタツベイがさらわれるんじゃないかって。だからポケモンを隠してるんだね。」

 クダリはセオが憂慮していることを悟った。彼はタツベイを驚かせないようにセオに近づき、彼女の腕の中で小さくなっているタツベイの頭を撫でた。タツベイはびくりと動いたが、クダリの手を振り払いはしなかった。

「ポケモンバトルがしたい、暴れたい、車内でバトルの様子を見ていると体が疼いてくるんです、クダリさんとバトルがしたい。でもわたしにバトルは出来ません、あんな怖い思いは、もう沢山なんです。」

 トレイン内でのバトルは大きなモニターで中継される。バトルをしていればタツベイがいる事がわかるし、トレーナーがセオだと割れてしまう。それが嫌でバトルサブウェイに挑戦することも避けていたのだ。

「でもさ、それでいいのセオ。セオはバトルがしたいんでしょ、ストレスたまるでしょ。そのタツベイだってバトルしたいんじゃない、ほら、こっち見てる目がギラギラしてきたよ?」
「・・・。」
「家の中では自由でも、もっとのびのびしたいんじゃない。」
「それでも、」
「それでもバトルはしたくない?いいじゃない、やろうよ。ギアステーションの警備はライモン一だよ?テロ対策だってしてる、盗難も事故も起きないようにしてるんだよ。セオだって知ってるでしょ。」
「僕もうセオのポケモン見ちゃった、開き直ってよ、僕とバトルしよう。」

 セオはクダリの手を押しのけて、タツベイのモンスターボールを取り返した。そしてタツベイをボールに戻すと、鞄を拾って事務室を出て行った。
 これ以上クダリと話をしたくない、それに、もうトレインの出る時間だ。仕事に行かなければ。




 
 その次の日、セオは急遽有給をとった。いきなりの休みだったのでそれを知っているのは事務長とセオのシフトに代わりに入った運転手だけ。そんな中ノボリは、今日はセオがいませんね、とクダリに問うた。クダリには心当たりはあっても、それを進んでノボリに言う気にはなれなかった。






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