▼
「どうしよう……うう……。」
「なに唸ってるンだい。邪魔だからそこを退いてくれないかな。」
「すみませんっ!!今いなくなります、すみません……。」
「全く……グノーシアと戦ってる時はあんなにイキイキしてたのに。」
昼下がりの船内の廊下、である。
レムナンとラキオがそんなやりとりをしていた。ラキオが廊下を歩いていると、反対側からレムナンがやってきて、フラフラと蛇行を繰り返してラキオの行く手を阻んだのだ。レムナンは考え事に夢中でラキオに気付かず、ラキオはそんなレムナンにキレている――割とよく見る光景である。
「で?今日の悩み事は?」
「えと……なんでもない、です。ご、ごはん、食堂に行こうとしてた、だけ……です。」
「ふゥン?ゴハンのためにそこまで悩むなんて、君は意外と食いしん坊なんだね。」
食いしん坊、と言われ、レムナンは顔を赤くする。そんなに子供ではありません、と小さい声で反論して、彼はラキオを睨んだ。
「なに?」
「いえ、なにも……。」
睨んだけれど、ラキオの睨みつけが怖くなって萎縮してしまう。レムナンは様々な物を怖がっているが、最近は特にラキオのグイグイ来るところが怖い。いや、怖いというか、萎縮してしまう、の方が正しいだろうか。ラキオのはっきりと物を言い、自分を主張できる部分をレムナンは少なからず尊敬しているから、怖いけど羨ましいとでも言うか。
「……セオなら予想通りの食堂だよ。食べ終わっていたから急いだ方がいいンじゃない。」
「え、あ、やっぱり……!ありがとうございます。……じゃない!!や、ど、ど、どうして、ラキオさん、僕、セオさん……そんな、一言も……。」
「驚きすぎだろ。……みんな気付いてるんだから、今更だろ。」
「み……みんな……!!??」
内なる感情を指摘されてレムナンは一気に顔を赤くする。
――そう、レムナンもラキオもはっきりとは言わなかったが、レムナンはセオにただならぬ想いを寄せているのだ――。え、あれ、どうして……と、うろたえる彼の態度は、それがもう「正解」を導いていた。カマを掛けただけだったのだろうか、あぁやっぱりね、と、ラキオがニヤニヤして言う。レムナンは両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。
「うそだ……あぁ……うそ……。」
「グノーシア騒動の時からさ。君、自分で思ってる以上に分かりやすい性格してるからね。」
「み、みんな知ってるんですか……セオさんも……?」
「本人は気付いてないだろ。あの能天気じゃあ。」
「セオ、さんは……能天気じゃないです。天然です。」
「そこ?」
みんなって言ってもジナとかステラとか女連中だ、ラキオが続ける。レムナンは名前の挙げられた人物を頭に浮かべてまた悶絶した。普通に会話していたつもりのその時もあの時も、名前を挙げられたあの人たちは「レムナンはセオのことが好きだったな」などと思っていたのかもしれない。そう思うと――とにかく――顔から火が出そうだった。
「僕……もう……皆と顔合わせられません……。」
「知らないフリして行けばいい。」
「そんな、器用なこと、僕には……。」
「まあ、出来ないだろうね。」
レムナンは元来、嘘が苦手なタイプであるから、一度知ってしまったことに対して知らないふりは出来ないだろう。レムナンはその自覚があるし、ラキオも今まで見てきたレムナンから考えると出来ないだろうと簡単に予想がつく。
「悪かったよ。」
ラキオは珍しく素直に謝った。が、その態度は謝罪を述べるものには程遠い。背を反らせて少し胸をはった姿はいつもと変わらなかった。あまり悪いと思っていないのだろう、ただレムナンが想像以上に凹んでいるのを見て、形式的に謝るだけ謝っただけで。ラキオとしては事実を言ったまでだ、むしろ「本当のことを言ったのになぜ謝らなければならないのだ」とすら思っていそうだ。
「悩むのが嫌なら、コクハクすれば?」
「そ……そんなこと……で、できてたら、苦労、しません。」
「って言っても、はやくどうにかしないと困るだろ。この船が地球に着いたら、セオはそこで降りて、下手したら一生会えないンだ。」
「あう……それは、いや……です……けど……。」
地球出身で地球に家のあるセオは、この船が地球に寄港したらそこで降りる。レムナンはラキオについていくと決めていて、それを反故にするつもりはない。――できることならこの先もセオと一緒にいたい――それが出来ないわけではない。自分の心のうちを素直にラキオに話して、僕も地球に、と言えば、ラキオは判ってくれるはずだ。しかしレムナンはそうするつもりはない。
「恋心」は、物事を優先させる理由になってはならない。レムナンはそう思っている。恋愛感情やら、それに似て非なるものやら、彼はそんなものこりごりだ。自分がそれを今抱いていることすら、嬉しくもあり辛くもあるという、複雑な状況なのに。
この気持ちは抱えたまま終わるつもりだったが、日に日に強くなるから困ったものだ。
「うぅ……。」
「連絡先の交換は?コクハクが無理でも、『アドレス教えてください』くらい言えるだろ。」
「い……い……いえ……。」
「いいえ?」
「いいえ……言えます……。」
連絡先を訊くくらいなら、と、レムナンは尻すぼみに続ける。ラキオはそんなレムナンの言い方に、ああこれは無理そうだなと悟った。
こんなところで話していてもきりがない。ラキオはレムナンの袖を掴むと、さっさと行くよ、と言って踵を返す。レムナンは逆らえず連れ去られることになった。
レムナン以外が昼食を終えて、ひと段落した食堂、である。
すでに昼食の片付けが済み、ほとんどのメンバーが各々どこかに行ってしまった食堂。堂々とやってきたラキオと、びくびく震えているレムナンは、ボックス席一ヶ所に人だかりが出来ているのを直ぐに見つけた。LeViが気を利かせて用意したコーヒーで一服するメンバー――ジナとシピ、オトメに、セオ――が残っている。
「レムナン、ラキオ。」
扉を向く形で座っていたジナと、その隣――通路側のセオがラキオたちに気付く。さらに扉に背を向けるように座っているオトメとシピが振り返り、ラキオたちに手を振った。
「お、ラキオ、戻ってきたのか?レムナンは遅かったなー。」
シピが2人に声をかける。彼はこっち来いよと手を振った。ラキオはシピたちが座っているボックス席の、通路を挟んで向かいにあるカウンターの椅子に率先して座り、レムナンをこっちへ来いと呼ぶ。扉の前で固まっていたレムナンは、今やっと意識を取り戻しましたとでもいうようにハッとなって、ラキオの隣に滑り込んだ。
「レムナン、お腹空いてない?お昼ご飯食べてないよね。」
「ヒェ。」
早速セオに声をかけられたレムナンが勢いよく息を飲み込んだ。
「寝てたってさ。」
感情が飽和状態になったレムナンは何も言えず、ただ首を縦に振っただけになった。おはよう、とセオが冗談ぽく言うとレムナンは顔を赤くし、口元をフードの下に隠した。いつもならもっと上手く話せているはずのレムナンなのだが、ラキオとのやりとりの所為で余計にセオを意識する羽目になって、今は直接話すことも出来ないほど緊張している。
レムナンは、ふ、と、セオの隣に座るジナを見た。ジナの目はとても温かく、「わかってる」と言っているように見えた。やはりバレている。
「で、昼食べろってラキオが連れ帰ってきたのか?意外と世話焼きだよな、ラキオ。」
シピが笑う。ラキオは不本意そうにむくれた。
「そんなじゃない。レムナンが『食堂に行きたくない』っていうモンだから引っ張ってきたんだ。」
「やっぱり世話焼きじゃないか。」
「一緒に船を降りることになったのに、こんなところで栄養失調になられたら困るンだよ。」
「わあ、ラキオさん面倒見がいいです。」
「だから……。」
ラキオは大きくため息をつく。彼は顔の前で手を振って、自分に向く温かい視線を振り切るフリをした。
何も言わずとも、いつの間にかレムナンの前には昼食が現れていた。今日の食事は地球風に、パンとコンソメスープ、サラダ、果物のジュースだ。
「早く食べなよ。」
「いただき……ます。」
LeViが、召し上がれ、と、レムナンに返事をする。レムナンはカウンターに向きなおし、独り遅めの昼食に入った。
「……で、なんの話をしてたんだ?」
「帰ったらまず何をしたいかです!私は帰ったら、広い海を泳ぎたいなぁって……。」
「落ち着いたら地球においで!地球は地表の7割が海だから、オトメ楽しいと思うよ。ジナも一緒に海行こう。」
「わぁ!そんなに海があるんですか?とっても楽しそうです!」
「その時は俺も行きたいな。猫になってから。」
「じゃあ猫になったら連絡してね。」
「猫は連絡が取れるのかな……?」
「ははっ!取れなきゃ困るなー。」
わはは、と笑うセオとシピ。オトメとジナもにこにこ。ほんわかと団欒していて、グノーシア騒ぎであの星から必死に逃げてきたのがずっと過去のようだ。
「僕たちも落ち着いたら地球観光したいから、連絡先教えてよ。」
ラキオはこの話題の流れをチャンスと取り、すかさず話に滑り込んだ。こんな好機は中々ない。これでセオの連絡先を聞き出せたら、今日の目標は達成と言っていいだろう。
「もちろん。メールアドレスでいいかな。」
セオは快諾して、腕に巻いている通信端末を操作し始めた。通路側に座っている分ジナよりラキオに近いセオが率先して連絡先を交換しようとするのは、ラキオの計算のうち。ラキオはこの成果をレムナンに自慢しようと彼の方を見た。レムナンは変わらず顔を真っ赤にしていて、こっちを見たラキオに気づいて顔をあげている。嬉し泣きでもするつもりなのか、彼は今にも泣きそうだ。
「あー……悪いけど、タブレットを部屋に置いたままなんだ。レムナン、代わりに聞いといて。」
「じゃあレムナンに教えておくね。」
「ゲホッ!!」
「えっレムナン大丈夫。」
ラキオの「ファインパス」が決まり、レムナンはその「流れ弾」にやられて噴き出してしまう。間一髪両手で口を押えたお蔭で周りに被害はなかったが、とうとう彼は泣いてしまった。感涙や怯えではなく、気管が異物にやられた痛みで。
セオが慌てて立ち上がってレムナンの背をさするものだから、レムナンはもう限界だった。
「セオ、レムナンなら、へ、平気だって。いつものことだろ。」
「いやいやこんなレムナン見たことないよ。」
これにはラキオも慌てた。彼はセオの肩を軽く押して席に戻し、代わりに自分がレムナンの背を叩く。ついでに近くにあった台拭きをレムナンに手渡した。レムナンは渡された台拭き(多分、誰も使っていない綺麗なものだろう)で顔を隠し、驚きで出た「しゃっくり」を頑張って抑えている。さすがのラキオも申し訳なくなった。
ラキオはレムナンのポケットから小型の携帯端末を取り出すと、慣れた手つきでアドレス帳を開く。彼はそれをセオに差し出し、アドレスの入力を頼んだ。セオは恐る恐る携帯端末を受け取り、レムナンを心配しながら入力をする。そして宇宙統一言語と宇宙統一規格で使いやすい携帯端末に入力を終え、それをラキオに返す。レムナンはその間に我を取り戻したようで、台拭きのすみから片目を覗かせ、ありがとうございます、と、弱々しくお礼を述べた。
「気管に変なもの入ってたら良くないから、医務室に行っておこう?」
「そうだね。セオ、悪いけどコレ医務室に連れていてくれない?」
「ラキオさん!!!」
「もちろん。レムナン行こう!」
「あ……ヒッ……ラキオさん……!」
先程ラキオにされたようにセオに袖を軽くつかまれるレムナン。抵抗できるはずもなく、彼は優しく引っ張るセオに引きずられるようにして食堂を出て行った。
突然のことに呆然とするシピとオトメ。ジナは、彼女にしては珍しくニヤと口角を上げた表情をしており、一人ラキオを見た。
「ラキオ、思い切ったことをしたね。」
「見ててやきもきするだろ、アイツ。」
「確かに。……私たちが船を降りる前にくっついて欲しいな。」
「お前も協力しろよ。」
「頑張ってみる。」
ラキオは楽しそうに笑った。ジナと2人でレムナンの尻叩きが始まる。これからが楽しみだ。