trance | ナノ



「ええ、僕は……人間です。そ、それが、何か……?」

「レムナンが怪しいと思う。」

「ううん、レムナンに怪しいところは無いと思うよ。」


 セオは「公共の福祉」を守るためにはほんの少しの悪を仕方なしと思っている。それに彼女は自分が有利になるように誇大表現をすることもあれば、嘘をつくこともある。本人はそれを正しいことだとは思わないが、間違ったことだとも思わない。だからセオは今日も一言嘘をつく。

「あの……セオ、さん。ちょっとだけ……時間、いいですか……?」

 夜、庇った相手に呼び出された。――レムナンだ。セオはもちろんと言ってレムナンについて行き、水質管理室に足を踏み入れる。レムナンは室内に誰もいないことを確認すると、セオと大きく間を取って向かい合った。

「さ、さっきのこと……なんですけど……。」
「話し合い?」
「はい……。あの、セオさんって、ぼ、僕が……嘘をついたって……き、気付きました、よね。」

 レムナンが不安いっぱいに、不審なものを見る目でセオに問う。予想していなかったカミングアウトにセオは一瞬固まってしまう。が、レムナンが言わんとしていることは大体分かった気がしたので、迷わず答えておくことにする。

「うん。人間って言ったの、嘘だよね。レムナンはグノーシアなんだ?」

 セオは真正面からレムナンの目を覗くが、レムナンは斜め下を見ている。そして少し間を置いて彼は視線を上げた。目は暗く金色に光っているように見えた。

「……今更隠せませんよね、そう、です。……あの時……セオさん、僕のこと、見ましたよね?目が……嘘ついてるって、気付いた目をしてて……。」
「……でもどうして庇ったのかって?」

 レムナンが浅く頷く。あの時彼は確かに見ていた。自分が「人間だ」と偽った時、セオが訝しげに己の方を見たのを。彼はその目を見ないように目を逸らしたが、何か意味ありげな視線が送り続けられていたのを感じ、失敗したと悔いていた。

「僕なんか、誰かが、怪しいって、一言話せば……どうせすぐ、コールドスリープされると、思っていたのに。」

 のに、だ。予想通り怪しいと声が上がったそばから、それを否定されたのだから不思議なものだ。否定し始めたのがセオだから尚更。そしてセオに続き数名、グノーシア仲間や普通の乗員だと思われるメンバーがレムナンをかばい、結果としてレムナンはコールドスリープを免れた。

「……でも、僕が、疑われた時、大丈夫だって……かばってくれて、ほっとしたんです……。」
「迷惑じゃなかったらよかった。」
「迷惑なんて!全然思ってません!」

 レムナンは顔の前でばたばたと手を振った。頬が紅潮していて、彼のテンションが上がっているのだとよくわかる。

「セオさん……AC主義だったんですか?」
「うん。」
「……。」

 彼は、ハッとしてセオの目を正面から見て、そして俯く。両手は後ろに回されていて、もじもじする、を、体現したスタイルだ。

「それなら、あの……最後まで、頑張ります。セオさん、みんなが消えるのを、最後まで見守っていてください。」
「うん、頑張ろうね。わたしもレムナンのために頑張るから。」
「はい……!」

 ほとんどの場合で人から好意を向けられることを嫌がるレムナンだが、今回は違う。セオが「レムナンのために」と言っても、レムナンはむしろ嬉しそうにしている。セオが思うにそれは「自分がグノーシアだから好かれているのだ」と、レムナンが解釈しているからであろう。セオが目を向けているのはグノーシアであるという点のみ、レムナンはそう考えているから、いつも通り、いや、それよりもフレンドリーにしてくれているのだろう。
 セオにはそれが好都合だ。レムナンに変な警戒心を抱かれなくて済む。本当はどうして味方がしたくなったのか、そんなものは伝わらなくて良い。
 この何百、何千にも重なる宇宙の中で、彼が幸せな世界が一つでも多くなってくれるなら。




 決着がつくのはすぐだった。ある朝、いつも通りにメインコンソールへ向かうと、その場にいたのはレムナンだけで、彼は痛々しい笑みを浮かべていた。驚くことはない。前夜まで一緒にいたもう一人が消され、晴れてこの船にはセオとレムナンだけになっただけだ。

「……おはようございます。」

 レムナンの声は緊張していた。彼はセオを疑うような目で見ていて、おどおどしている。

「おはよう。レムナンの勝ち?」

 セオが問いかけてもレムナンは返事をしなかった。セオは間を開けて、どうしたの?と、訊いてみる。レムナンは意を決して再び口を開いた。

「……少し。」
「少し?」
「怖くて。セオさんが。」
「わたしが?」
「最初の日、あの時、嘘をつきましたよね。」

 レムナンに指摘されて、セオは口を噤む。レムナンの目は金色に光っていた。

「AC主義なのかって訊いた時……。そう、って言いましたけど、嘘だって……気づいてしまったんです、あの時。」
「……気づいていたんだ。」
「多分、セオさんが僕のことに気がついたみたいに。」

 セオは口を閉じる。反論することはない。

「AC主義者なのに、僕以外のグノーシアのことは、怪しいって……訴えて……おかしいなって、思ったんです。」
「うん……ごめん。わたしはAC主義ではないの。本当は消えたくないし、グノーシアはみんな凍結させたかった。」
「なら、どうして。」

 レムナンの目は敵を見るように鋭くて、セオにはそれが悲しかった。

「レムナンに幸せになって欲しかっただけ。」

 セオがそう伝えると、レムナンの表情は増して暗くなる。彼はセオを拒絶するように睨みつけた。

「それだけだったのに……そんな顔をさせたかったんじゃないの。失敗しちゃった。」
「こ、こないでください……!」

 ゆっくりと一歩一歩踏みしめて、セオはレムナンとの距離を詰める。合わせてレムナンはセオから離れようとし、後退を続けて壁にぶつかってしまった。

「今回もうまくいくと思ったのに……レムナンのこと、よくわかってるつもりだった。」
「も……もしかして、あなた、あぁ……。」

 レムナンの脳裏に何が浮かんでいるのか、今のセオにはそれがよく分かる。わかるが、セオはそれではない。

「違う、レムナン、その人じゃない。」
「でも……どうして……わかるんですか……僕……セオさんのこと……全然知らない、のに……。」
「わたしはレムナンのこと、たくさん知ってるよ。」

 失敗したのなら、もうどこまでも突き詰めてみようと思う。拒絶される目は心臓に刺さるほどつらいけれど、レムナンの新しい一面を見たい気持ちはある。セオは自分の中に目覚める「探究心」に"あの人"もそうだったのだろうかと辟易して、しかしレムナンに詰め寄った。
 大丈夫、どうせ次に会うレムナンも、なんにも覚えていないのだから。セオは自分に伸びてくる腕を掴み、そのまま乱暴に引き寄せた。






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