trance | ナノ



 いつも通り始まった議論は、いつもと違ってピリピリした雰囲気が漂っていた。乗員15人のうち、グノーシアは5人。少なくとも5人は犠牲者が出る。グノーシアの人数を把握しているのはセオとセツだけだが、グノーシアが多い雰囲気は無害な乗員たちも気付いているのだろう。それに、セツの頼みで全員が「人間だ」宣言をしたけれど、嘘を見抜ききれなかった人が多いこともこの雰囲気を増長させる原因にもなっている。いつもなら何かピンと来てるはずのコメットが首をかしげている。あの困惑の具合からすると、彼女は今回無害な乗員なのだろう。
 結局、今回は悩みに悩んだ結果しげみちがコールドスリープ送りとなってしまった。彼はこういう時、よく1番に票を集めてしまうメンバーのうちの1人である。

 セオはしげみちが怪しいとは思いきれなかったので、心の中にもやもやを抱えたまま部屋に戻ることにした。コールドスリープのお見送りはしないようにしている。見るたびに心がすり減るような気がしているから。
 ゲームのように命が消費されていく。結果が出れば強制的にループするけれど、ひとたび結果が出ればその世界はセオとセツがいなくなっても続いていくわけで――その世界は、セオとセツがいないままに進行していくわけで――。

「あー……。」

 こうなってから、独り言が増えた気がする。言葉にしないと気が晴れないのだ。誰かに聞いてもらうのが一番なのは確かだが、言える相手はセツしかいないし、そのセツも大半は最後まで信用し切れるかどうかはっきりしないし。

「あれえ!セオちゃん?セオちゃんかな?」

 廊下をとぼとぼと歩いているところに沙明と出くわす。彼は食堂から出てきたところのようだ。

「どうした、死にそうな顔して。俺に会えたんだからもッと嬉しそうにしたらどうなのよ。ン?」
「いや。」
「……短い言葉の中に俺を傷付ける要素が詰まってんな。」
「ごめん、疲れてて。」

 沙明が傷ついたフリをするのでセオは素直に謝っておく。沙明が本気で傷付いているとは思わないけれど、不快に思わせたのは事実だ。しかしセオの気遣いをよそに、沙明はいいことを聞いたとでも言うように口角を上げる。彼は馴れ馴れしくセオの肩を抱き、これでもかと顔を近づけた。

「困りごとなら話聞くぜ?いつまでも、なんなら明け方までも、な。」
「うーん……あんまり誰かに話す気になれないんだよね。それに、夜になったら部屋に戻らなきゃ。」
「なあんだ、ザンネン。」

 初期なら沙明の熱烈アプローチとオープンな物言いにいちいち赤面していた。今はもう軽くあしらえるようになったから、セオは自分のことを成長したなと思う。

「もし明日、お互い無事に残ってたら、夕飯でも食べながら話そうよ。」
「明日……ねぇ。明日の夜なんてモン来るかねェ。」
「来てほしいよ。消えるのはいやだもん。」
「おたくさんもやっぱり『消えるのは嫌』派?」
「もちろん。沙明は違うの?」
「……。」

 沈黙。セオは小さく、あ、と、漏らす。沙明は視線をそらしてセオを見なかった。

「沙明、もしかしてグノーシア。」
「……は。下手なこと言うモンじゃねエな。」
「そっか……。まぁ、ええと、そういう時もあるよね。」

 セオは図らずしてグノーシアを1人見つけてしまった。しかし状況がかなりよろしくない。これはこの後襲われるパターンに違いない。今夜「アイツ、俺の正体知ったから」と、沙明の提案でグノーシア達が来るに違いない。

「ウン……あの、また明日、ね。もう意味のないことかもしれないけど……。」
「あぁ。また明日、な。」

 こうなったら明日の朝はまた1日目の朝だ。セオは沙明に手を振って別れを告げ、諦めの気持ちいっぱいに部屋へ戻った。


 そしてやってきた朝、である。セオは目を開けてベッドサイドの時計を確認し、首を傾げた。日が進んでいる。沙明に消されるのを覚悟していたのだが、今回襲われたのは別の人だったようだ。何故?慈悲でもかけられたのだろうか。
 セオは急いで身支度を整えると、沙明がいるであろう共同寝室に向かった。流石に男性陣の寝室に入る勇気はないので、ちょうど出てきたシピに沙明の所在を訊く。シピは、沙明ならまだいるから、と言って連れてきてくれた。シピは先にコンソールに向かい、沙明は気まずい笑顔を浮かべながらやってきた。

「昨日、消されるって思ってたからびっくりした。」
「んぁ……ま、そうだろうな。」
「どうして別の人にしたの?わたしが残ってたら危ないとか思わなかった?……もっと危険な人がいたとか?」
「あのねえ、生かされておいてそう言う訊き方どうかと思うんですよネ俺。」
「だって思うじゃん……。」
「他の奴がセオはどうだって言うから、今回は別の奴にしようって提案したくらいなんだぜ?感謝してほしいね。」
「えっと……ありがとう……なんか違う気がするけど……。」
「まあ、普通ではないわな。」

 沙明はため息。グノーシアになったわりにやっていることがあべこべな気がするが、計画が何か思うところがあるのだろうか。彼の思惑はどうであれ、セオが彼に助けられたことには違いない。グノーシア、敵だけど助けてくれた。こんなパターンは初めてだ。


 その日の議論で、セオは沙明の怪しいところについて言及しなかった。目立つようで影の薄い――というか、話題になりにくい――沙明は、他の人からも目を向けられず、矢面に立つことはなかった。その結果、セオでも沙明でもない別の人がコールドスリープすることになった。
 沙明が怪しい、と一言述べれば、確かにと乗ってきてくれる人は居ただろう。しかしセオはそれをしなかった。その行動に深い意味があるわけではない、ただ、「助けられた」ことに対して礼をしたかった――のかもしれない。

「セオチャン、ちょっとアッチ行こっか?」

 議論が終わると直ぐに沙明がやってきて、セオの腕に自分の腕を絡めた。心当たりしかないセオは、うん、とだけ言って引っ張られるようにしてコンソールを出た。沙明の行き先は娯楽室。沙明は中に誰も居ないことを確認すると、いつも腰掛けているソファに座って大きくため息をついた。セオは近くにあった前時代の"インベーダーゲーム"用に置かれた丸椅子に座り、沙明に向き合う。

「『なんで俺のこと議論で言わなかった?』だよね。」
「一字一句変わらずその通りだわ。で、なんで?」
「だって沙明もわたしのこと助けてくれたし。」
「あのねェ、俺たち敵同士なんですよ?その辺お分かりですか?」
「そりゃあ痛いほど分かってるよ。」

 沙明はソファの背もたれに肘を置いて頬杖をつき、呆れたようにセオを睨む。

「沙明だってコールドスリープしたくないでしょう。どっか星に着いたら、検査されてグノーシアだって知られてそのままポイなんだから。」
「俺がコールドスリープしたくないことと、あんたらがグノーシアを見つけたいこととは別モンでしょうに。」
「だからわたしは、助けてくれたお礼に、自分から沙明が怪しいとは言わないことにしたの。」
「AC主義者だっつって別の方向から責められることになるぜ。」
「……確かに。ま、お互い最後まで残れるように頑張ろうよ。」
「ハァ……気が抜けるわ。いいぜ、どっちが最後まで残ってられるか勝負な。」

 こんなパターンもあり得るのか、と、セオは内心驚く。もしかしたら、新しく沙明について知ることができるかもしれない。頑張ってお互い生き残らなければ。――そうなると、確実にセオが負けることになるのだが、一度や二度くらいなら負けるために動いても良いだろう。――ちょっとだけ訂正する。負けるために動いたことなど今までに何度もある。

 今回の沙明は最後まで空気のようだった。彼がグノーシアだと気付かれることはなかった。他のグノーシア達もステルス能力が高いのか、見つけるのが大層難しかった。朝になるたびドクターが「あの人はグノーシアじゃなかった」と苦しそうに伝えるものだから、なんだか空気の重たいループだった。


 事が動いたのは5日目の朝、だった。今日も重苦しい話し合いだとお目覚め一番にネガティブになったセオ。彼女の個室に沙明がやってきたのだ。
 沙明は節操なしではあるが、セオはここまで大胆な行いをされたことがない。いきなり手を出してくることにしたのか、この朝っぱらから、と、彼女は頭をぐるぐると混乱させる。

「え、おはよう……?」

 反応に困ったセオはそれだけ言って沙明を見た。それから彼女は、自分の格好が黒いTシャツとボトムスだけだったのに気がついて、ベッドサイドに投げてあった作業着を羽織る。

「相変わらずマヌケなお顔だなァ。」
「う、うるさいなぁ!この状況は開口一番何言えばいいか分からなくなるじゃん!」

 沙明がベッドに腰掛ける。セオは慌てて立ち上がり、距離を取るように部屋の対角線上に動いた。

「んなビビんなくたってナニもしませんよ。」
「あんまり信じられない。」
「ひっど!」
「で、なにか用事なの?」

 セオが問うと、沙明はベッドの空いているところをトントンと叩いてこっちに来るよう促した。
 何もしないって、という言葉は信じられたものでは無いが、沙明のことを拒否してばかりでは彼に悪い。セオは距離をとってベッドに座り、膝を沙明に向ける。

「結果が出たから殺しに来た、とか、そんなことだろうと思うけど……。」
「大正解。他の奴らが他の奴らを消しに行ってる。セオを消す名誉は俺に与えられたってワケだ。」

 沙明は胸に手を当て、うやうやしく頭を下げる。

「やっぱダメだったの。でも2人も最後まで残れた。」
「2人とも残るんなら、どっちにしろお前の負けだけどな。」
「まあね!沙明が残しておいてくれたおかげで、幾らか長生きはできたけど。……どうして?」
「お前が消えたく無いって言ったからよ。」

 至極単純な理由だが、グノーシアらしくない返答に違和感が残る。グノーシアが人を襲うのは本能であり、彼らはそれが正しいことだと思っているはずだ。――本当に沙明はグノーシアなのだろうか?そのふりをしたAC主義者なのではなかろうか。そう思いたいのは山々だが、やはり沙明はグノーシアで間違いない。彼の目が、見慣れたその目がそう語っている。

「次の日朝ホッとしたお前の顔を見て……止めてよかったって思ったさ。でもなぁ……やっぱり俺はグノーシアなんだ。大好きなセオにも『コッチ側』に来て欲しいわけ。」
「……沙明。」
「だから、なぁ、ごめんな。」

 沙明がゆっくりと近づいてくる。伸びてきた手にそのまま消されると思いきや、沙明は片手でセオを抱きしめた。初めての展開だ。いや、全てが初めてなのだが、全てが予想外でひたすら混乱する。――のにだ、抱きしめてくる沙明が暖かくて、少し安心できる。何かのきっかけでグノーシアに成ってしまった沙明も不安だったのだろう。人間だった頃の自分の気持ちを覚えていて、心の中に残った人間部分に葛藤があったのかもしれない。
 彼が考えていることなどセオには分からない。しかしセオはせめて、と思い、沙明の背中を抱きしめ返した。

「沙明。」

 最期に名前を呼ぶ、呼び返された気がする。今度沙明に会ったら、あの時はありがとうと伝えよう。なんのこと?と鼻で笑われるのが、もう目に浮かぶ。






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