trance | ナノ



 たぶん、もう限界だ。
 わたしには時間が有り余り過ぎたし、彼には時間がなさ過ぎた。わたしは彼の色んなことを知ったのに、彼はわたしのことをひとつも知らない。



 ループが始まる度、一番に確認するのは彼の――レムナンの在・不在だ。彼が居たなら、どうやってでも彼を生かす。彼がグノーシアであっても、グノーシアだと気付いてしまっても。
 最近の「銀の鍵」は情報に飢えているのか、乗員15人全員がいるループにわたしを連れてくるようになった。ここ何十ループはなにも新しい情報が得られず、自分も少し焦っているところだ。このまま解決策は見つからず、永遠にグノーシアに縛られ続けられるなんてまっぴらなのに。

 15人全員集合したのを確認して、今回はコメットが口火を切った。わたしはコメットがあれこれ言っているのを聞き流してレムナンを見る。彼はいつも通りびくびくしていて、その様子から今回の彼は無害な乗員であることが分かった。――何度見てきたと思っている。

「セオ、見過ぎ。」

 隣にいるセツが耳打ちしてきた。セツはレムナンに目を向けている。わたしはごめんと謝って下を向いた。
 セツには気付かれているのだ。わたしがレムナンに対して絶大な気持ちを抱いていることを。わたしがいつもレムナンにアプローチしていたのを、セツは全部見てきたのだから当然のことだ。

 ジナが「人間だと言ってみて」と提案している。わたしもセツも、すかさず自分は人間だと主張する。よかった、今回はセツも人間だ。ただ、その中で1人、オトメが嘘をついているのに気づいてしまう。珍しく全員が人間宣言をし終えると、すかさずコメットがオトメを疑った。それに乗るものも数名――皆違和感に気づいたらしい。わたしも乗じてオトメの違和感を訴えた。少し喋っておかないと誰かに指摘されてしまう。
 間も無く投票が始まった。特に不思議なこともなく、オトメが一番票を集めてコールドスリープ行きとなった。オトメ自身はラキオに票を入れ、もう1人――シピもラキオに投票している。ということはつまり、そういうことなのだろう。
 セツは名乗り出こそしなかったがエンジニアなのだそうだ。今夜シピを調べると言って、オトメたちとコールドスリープ室へと出て行った。それを見送ってわたしが向かうのはもちろんレムナンの元。彼は今水質管理室にいるようだ。


 扉についた小窓から、水の詰まったポッドをぼんやり見つめるレムナンが見えた。わたしはそ知らぬ顔で扉の前に立ち、扉が自動で開くのを待つ。間も無くウイーンと音を立てて扉が開いた。その向こうでびっくりした顔のレムナンが身体を強張らせている。

「あ……セオ、さん……こんばんは……。」

 いつものレムナンだ。何度もこの他人行儀な夜の挨拶をされてきた。彼に冷たくされると心が冷える。しかし彼にはこれがほとんどと言って良いほどファーストコンタクトなのだから仕方ない。

「ごめん、いるの見えなかった。」
「いえ……。」

 適当に嘘をついて部屋の中に入る。レムナンは変わらず緊張しっぱなしだ。
 わたしはレムナンと距離がある長椅子に腰掛ける。長椅子は壁にくっつけられているので、壁を背もたれにしてくつろいでみる。気になりはするけどレムナンの方は見ない。彼はジロジロ見られたり、注目の的になったりするのを嫌がるから。ついでに言うと、彼が何を好み、何を嫌悪するかほとんどのことは頭に入っているけれど、それを話題に出されるのも好きではないようで。だから話をするなら、レムナンが口を開くのを待つしかない。

「その……セオさん……は、ぼ、僕に用事……ですか……?」

 すぐ、居辛さに負けたレムナンが問うてくれた。

「うーん……考え事がしたいから、静かな場所に来たくて。」
「それなら、部屋でも。」
「部屋だとちょっと違うな、みたいなとこ、あるでしょ。だからレムナンもここにいるんじゃないの。」
「……はい。」
「ごめんね、すぐ出て行くから。」
「いえ、あの、セオさん、なら、大丈夫……です……。」

 喉から搾り出したような声に、わたしは飛び上がって喜んでしまうところだった。嬉しい!と叫びそうになるのをぐっとこらえて、ありがとう、とだけいう。

 いつからだろう、このファーストコンタクトが苦痛に感じるようになったのは。この手で何度彼を救い、消し、抱きしめて来たかもう分からない。喜びも悲しみも共有したのにこの身に刻まれているだけでどれも現実ではない。巡るたびにリセットされる関係なんてもうこりごりなのだ。

「嫌になってきたな。」
「……え、そんな、頑張りましょう……だめです、気を落としたら。」
「うん……。」

 レムナン大好き。そう心の中で唱えてみる。口に出したら彼は全力でわたしを拒絶するだろうから。
 両手で頬を押さえ、太ももの上に頬杖をつく。はぁ、と、ため息をつくと、あからさまにレムナンが緊張を強めた。大方、自分のせいでわたしがため息をつくはめになったのだろうかとびびっているのだろう。

「ちょっと疲れちゃっただけだから。」
「大丈夫、ですか。」
「大丈夫。……やっぱりレムナンは優しいな。」
「僕と、どこかで会ったこと、あるんですか。」
「……え?」

 思いがけない発言だった。わたしは背筋を伸ばしてレムナンを見つめた。レムナンはわたしの驚きぶりに驚いて壁までたじろいでいる。驚かせてごめんと謝ると、レムナンは大丈夫ですと言っておそるおそる元に戻った。

「『やっぱり』って、言ったので。なにか、僕なんかが優しかったこと、あったのかなって。」
「……あ……あぁ……討論中に、ちょっと思ったから。それだけだよ、うん。」

 迂闊な発言をしてしまっていたらしい。気が緩んでいる証拠だ。レムナンにはもっと丁寧に接しなければいけないのに。

「今日は、その……早めに休みましょう。疲れてますよね。寝て目が覚めたら、きっと……いつも通り……です。」
「いつも通り……だよね、きっと。」
「はい……。」
「……うん、よし。それじゃあ、また明日。」
「また、明日。」

 今一瞬だけはこの場に未練を残したくなくなった。だからわたしはレムナンにおやすみを言って部屋を出る。廊下に出て扉から離れると、レムナンだけが残った水質管理室の扉が閉まった。
 なんだか毒気が抜かれたようだ。これが、最後、限界、終わりだと思って1日目の朝を迎えるのに、毎回レムナンと話すと気が楽になる。ドラッグに手を出している人はこんな気持ちになるんだろうか。
 いつでも泣きそうなのを我慢しているけれど、今回のレムナンはいつもより優しい気がして特に泣きそうだ。自分の心が限界に達しそうだから余計に優しく感じるだけなのかもしれないけれど、このレムナンはいつもより優しいレムナンだと思いたい。――彼とも、あと数日すればお別れになるけれど。
 明日は今までより少しでも良い日になりますように。どうせ叶わない願いを抱いて、わたしは、わたしとレムナンの無事を祈って今夜も目を閉じる 。





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