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Blooming Feeling … 20


 セオの総合順位は15位。女性では第1位だ。市庁舎を出て関係者の控えテントに戻ろうとする途中、セオは報道者席の横を通った。それが失敗だったことには直ぐ気付いた。セオは自分が15位で終えたことを確認していたから、取材の依頼は来ないだろうと思っていたのだが、「女性で1位」という部分に食いついたメディアは多い。

「フロレアール選手!一言お願いします!」
「フロレアール選手!今の感想は!?」
「どちらに行かれていたんですか?」
「もしかしてジョースター選手の所ですか?」
「どのようなご関係ですか?!」

 メモ帳を持った人、カメラを構えた人、大勢がセオを取り囲み、次々と質問をぶつけてくる。ディエゴや2,3位の人の方に行ってくれとあしらいたいが、メディアや世の中に対する愛想は大切だと分かっているつもりなので、無碍に出来なくて困る。

「ええと……無事に生きてゴールすることができて光栄です。10位入賞はできませんでしたが、15位でもとても名誉のあることだと思っています。声援を送ってくださった方々、遠くから応援してくれた方々、両親、そして何よりも愛馬ラームに感謝しています。」

 そこまで言い切って微笑むと、カメラのフラッシュが一気に光り始めた。目を瞑っても眼球が痛いほどに明るい。

「ジョースター選手はレース中に知り合いました。橋で倒れているところを見つけて、放っておけなかったのでゴールまで連れてきました。もしそれで順位が落ちての結果だったとしても、悔いはありません。それよりも、ずっと首位を保ってきたジョースター選手が、最終ステージで脱落してしまい、とても残念に、申し訳なくも思っています。」

 我ながら100点満点の応対をしたなとセオは思った。記者たちはこういった猫かぶりには慣れているから適当に流してくれるだろう……と、思いきや、彼らもレースの熱に当てられているのか、強くうなずき、その通りですねなんて反応をしてくれる。

「今後、騎手として競馬界に入るご予定は?」
「今は何を一番したいですか?」
「一番最初に何を食べたいですか?」

「す……すいません、本部に行きたいので……。」

 答え続けていたらキリがなくなりそうだ。セオは膝を曲げて身を低くし、人と人の間に滑り込むように突進して、記者の群れを潜り抜けた。輪の一番外側にいた記者が今がチャンスだとばかりに服に掴みかかってきたが、セオはもちろんその手を振りほどいて走った。
 筋肉痛に疲労にでもう身体はボロボロなのに、走る足を止めることができない。速く速くと脳が急かす命令が強すぎるので、身体は従わないわけにいかなくなっていた。

 表彰式の終わった舞台の周りはまだ混み合っていた。一般の観客は公園の外に出されているが、舞台下には長テーブルやパイプ椅子が並べられ、記者会見会場になっている。長テーブルにはスティーブン・スティール氏と、名札から察するにニューヨーク市長、係員のまとめ役らしい人……そして、ディエゴがいる。その後ろにはルーシー・スティールと2位のポコロコ、3位のヒガシカタがいた。記者は、アメリカとヨーロッパの全ての新聞社から1人ずつ来ているのではないかという大所帯。さっきのセオとは比べ物にならない人数である。
 セオは大人しく控えのテントに戻り、市長の名札が撤去されているのを良いことにして、控えの最前列から記者会見の様子を眺めた。ここは穴場だ、舞台のすぐ横にあるので、会見に出席している一人一人の顔がよく見えるし、周りが静かであれば声も聞こえる。距離にして5メートルほどの近さだ。セオの他にもスループ・ジョン・Bやジョージー・ポーシーといった上位入賞者、大会関係者もそこには居て、皆で会見を見守っていた。皆穏やかな表情……の中に、疲れの見える顔をしている。一様に熱狂は落ち着いて、やっと終わったという安堵感の中にいるらしい。

 ディエゴの横顔を見ると落ち着く。今後の人生には何一つ妨げになるものなど無いように思える。もうディエゴの邪魔をする者は現れないし、2人の仲を裂くものもきっといない。
 もしそんな邪悪なものが現れたって、出遭ったら直ぐに処分してしまえばいい。

 会見はセオが見始めてから30分ほどで終わった。記者の中には訊き足りないことがある者が大勢いて、彼らは司会が会見の終わりを告げても代表者たちに質問を投げかけている。すると係員たちがガヤガヤと出てきて、記者たちを舞台前から遠ざけさせはじめた。会見用に置かれた長テーブルやパイプ椅子は同時に片付けられていく。ディエゴたちは控えのテントに戻ってきた。
 ディエゴはセオに気付いてハッを目を開く。そして、今までも、前世でも見たことのないような柔らかい笑みを見せてくれた。緩やかな弧を描いた目と口、照れくさそうにハの字になった眉。最高の笑顔を見せられて、ファンになってしまいそうだ、なんて、セオは心の中で冗談を叫ぶ。

「あ……!!」

 我慢の限界になって、セオはディエゴに向かって叫んだ。叫んだのと一緒に涙が溢れてきて、せっかくのディエゴの笑顔が滲んで見えなくなってしまった。

「ありがとう、万事上手くいったんだな。」

 ディエゴはセオの目元を親指で雑にぬぐい、すくいとった涙をペロと舐め……しょっぱいな、なんて笑っている。

「上手くいったよ!当たり前でしょう、約束したんだから。……あ、でも遺体はさすがに貰えなかった……ルーシー・スティールさんがシェルターにしまったの。」
「ああ……遺体は……そうだな、今回は諦めよう。負けそうだと分かっているギャンブルはしないさ。」
「ディオ、大人になったね。」
「それは前世の話だろ。」

 もし記者が1人でも残っていたら、レースの記事の中にディエゴとセオのスキャンダル特報が組み込まれていただろう。
 ディエゴはセオの目じりに唇を寄せた。温かく柔らかい感触が、皮膚の薄い場所から直接心に触ってきたようだった。彼はまた、しょっぱいな、なんて言っている。

「『前世』と比べてどうだ?今のオレは。」
「どっちも素敵なディオ君だよ。」
「なんだ、曖昧な返事だな。」
「えへへ。」
「……まあ、いい事にしておいてやるか。今回は君のお蔭で助かったからな。」
「ふふ。」

 セオとディエゴは会場の撤収の邪魔になりそうだったので、馬に乗って市庁舎の裏まで移動した。葉の落ちたさびしい木の下のベンチに座り、セオはディエゴの手を握ったまま離さなかった。
 2人はそこで、この24時間強の間に起きたことを報告し合った。聞くところによると、別世界のディエゴが乗っていたシルバー・バレットは、秘密裡にこっちのディエゴが「挟んで」向こうの世界に帰したらしい。ディエゴは別世界の自分と入れ替わったほんの15分ほど行方不明になって、係員総出で捜索されていたらしい。教会の裏口と地下でのことは誰も知らないらしい。ルーシー・スティールは何もなかったかのように静かにやってきて、スティーブン・スティールと一緒に表彰式に出席していたらしい。係員や記者はセオを探していたが、見つからなくて困っていたらしい。……最後の点については謝りたい。

「……聞いていたか?」
「聞いてたよ。」

 ディエゴが話してくれている最中、セオはずっと彼の目を見ていた。ディエゴはセオの反応が薄かったから、見ることばっかりに集中して、話を聞かれていないのではと思ったらしい。

「で、これからどうするんだ?」
「どうって?」
「オレたちはここで解散するのか?」

 口角を上げてにやっと笑うディエゴ。セオは手をディエゴの手から離し、慌てて身振り手振りで否定のポーズをとる。

「まさか!えっと……そんなことしないよ!……いやっ、したくないよ!わたしはずっとディエゴについて行きたい!その……ディエゴが……嫌じゃなければ……だけど……。」

 今後のことをディエゴの口に出され、セオはいきなり現実に引っ張り戻された。今後のことなど、今更考える必要もない。何があったって、イギリスに帰ってからもディエゴとずっと一緒にいるのだから。ただ、例えディエゴが冗談めいて言ったことだとしても「解散」なんて言われてしまうと途端に焦る。
 ディエゴはもしかして一緒に居たくないのか?そもそも、セオが彼の気持ちなど考えずに自分のやりたいことをやってきただけなのだから、ディエゴにしたらやっとレースが終わって清々しているのかも。急にネガティブの波が襲ってきて、これまで自信満々でやってきたことが一気に灰色の思い出になる気分だ。

「なに焦ってるんだ?」
「だ、だってディエゴが……解散とか……。」
「『ずっと好きだった』んだろ?ならずっとオレと居ろよ。」
「居る!絶対居る!絶対離れない!!」

 感極まってセオはディエゴの首に抱き着いた。傷口も縫い跡もない綺麗な首は、人間の体温の温かさをセオの頬に直接伝えてくれる。

「ディエゴ……やったよ……わたし頑張ったんだ……ねえ……!」
「君は本当に良くやってくれたよ。オレもセオが愛おしくてたまらない……今なら愛ってやつが分かる気がする。愛してるぜ、セオ。」

 しがみつくセオの背中を、ディエゴは優しく撫でる。それが嬉しくて、愛おしくて、切なくて、セオはまた大粒の涙をボロボロと零した。

「未来永劫、離さない。」

 長い道のりだった、これで全てが上手くいった。




おわり









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