trance | ナノ



Blooming Feeling … 18


 これは、「前」におけるどの出来事と重なるのだろう。セオはラームと走りながら考える。前世と今世が同じ運命を辿るとしたら、ディエゴは必ずジョナサン……ジョニィの前に斃れる。そうならないようにセオは奔走している。もし前世と全く別の道を辿ることになるのなら、その方が全てを知っているセオにとってありがたい……はず。別の知らないところからブスリと刺される羽目にならなければ。

 足跡を辿ってレースを続ける。シルバー・バレットは間違いなくゴールを目指して走っていた。行き先が分かっていれば追うのが少し楽になる。お蔭でどうやって「遺体を取り上げ、ディエゴを元の世界に帰すか」を考えることに集中できる。


 ディエゴに追いつくことができず8th STAGEのゴールにたどり着いた。船着場に掲示された着順表には、4位の位置にディエゴの名前がある。彼の乗った船はここから目視できる場所にあるだろうか。遠くに豆粒のようなものから、近くに出航したばかりのものまで、船はほとんど列になっている。セオも係員に促されて船に乗り、2時間の船旅が始まった。スピードを出してはいけない決まりは決まりとして理解しているのだが、歩みの遅い船旅にやきもきしてしまう。係員は舳先に立って前を見ている。セオは甲板に座り込んで、壁の上に見える青空を眺めた。
 今度こそ首尾よくやってみせる、絶対にハッピーエンドにするんだ。


 船が対岸について、セオはそのままスタートする。4位のディエゴとは3分ほど間がある。それくらいなら本気を出せばすぐに追いつける……と、思いたい。
 思った通り、走っていると直ぐに先頭集団に追いついた。ここでは皆一様に並んでゴールを目指している。集団内に探していた人の姿があった。緑色のトップスは、見間違えることないディエゴ・ブランドーだ。彼は並走しているジョニィと争いながら走っていた。流石のジョッキー……もちろんディエゴとジョニィは首位争いも忘れていない様子で、彼らは首位を譲らない。
 彼らに追いつくためには先頭集団を突き抜けなければいけないのだが、セオにはその技量はない。下手に飛び出して馬に蹴られてしまってはたまったものではない。ゴールした後にもチャンスはあるのだから、ここでは無理せずに行こう。

 ブルックリンブリッジでディエゴとジョニィが集団を飛び抜けた。集団は大きくは動かない。セオも集団の後ろで様子を見る。2人はどんどん遠くなっていき、他の選手たちの頭で見えなくなった。

 それでも走り続けていると、橋のたもとで落馬したジョニィを追い抜いてしまった。彼は馬の横に倒れ、文字通り「崩れている」。

「ジョナサン!!」

 "友達"を見捨てておけるほどセオの心は冷えていない。セオはラームを止め、崩れているジョナサン……ジョニィに手を伸ばした。

「き……君は……。」
「ジョナサン……ジョニィ、わたしと一緒に馬に乗って!ゴールまで連れて行って、医者に見せるから!」
「た、頼む……。」

 ジョニィは弱々しく手を伸ばし、差し出されたセオの手を掴んだ。セオはその手をギュウと握り、ラームを再び走らせる。ラームが走り始めるとジョニィの体はセオに引っ張られて起き上がり、セオはその勢いに乗せてジョニィを持ち上げた。ジョニィは自力でセオの後ろにうつ伏せでしがみ付き、風を切る音の中でも伝わってくるくらい荒い呼吸を繰り返せいた。

「"タスク"!」

 ギュルンギュルンと力強く何かが回転する音がする。セオがちらりと背後を振り返ると、ジョニィの体が崩れたパーツごとにくるくると回転していた。段々と体のパーツは元どおりにくっつく。どういう原理なのか分からないが、スタンド能力なのは確かだ。

「ええと、君!このままゴールに向かってくれ!!」
「セオって呼んでよジョナサン!」
「……セオ!このままゴールに向かってくれ!!」
「ディエゴを殺す?」
「え!?」
「だったら連れていけない、ディエゴは私が責任持って元の世界に帰すから!」
「なら殺さない!僕の目的は『遺体』だ、それさえ手に入ればDioはいい!」
「だったらいいよ!」

 ラームは人間2人を乗せてもう限界だ。しかし先頭集団からはかけ離れてしまい、後ろからついてくる馬は目視できないお蔭で、安心してラームを走らせることができる。ジョニィを乗せた所為でセオも失格になるかもしれない。彼女の目標は入賞することでもレースを走りきることでもないから、今更気にしてはいないが。

「君は……レース途中で会った時も思ったけど、なんだってDioにご執心なんだ?」
「ジョニィ降りたいの?」
「ごめん。」

 直進の道。道の先には両脇に観客席。観客でギュウギュウ詰めになっていて、歓声で賑やかなのがどんどん近づいてくる。ディエゴが1位でゴールしたらしい、キーンとハウリングがするくらいの大声でアナウンスが流れた。続いて他の選手たちも続々とゴールしている。

『おおっと?セオ・フロレアール選手もゴールへやってきたが……後ろにはジョニィ・ジョースターがいる!どういうことか、ジョニィ・ジョースター選手は負傷しているらしい!!なんと、セオ・フロレアール選手は負傷したジョースター選手を連れてゴーーーーール!なんということだ、彼女は女神なのだろうか!自分の成績よりも人命を尊重したセオ・フロレアール選手に大きな拍手を!!!セオ・フロレアール選手は17位です!!』

 歓声も拍手もアナウンスも、全てが遠く聞こえる。セオはゴールを超え、選手たちの集合スペースでラームから飛び降りる。そしてラームのカバンから毛布を取り出して抱えて、周囲を見渡した。ディエゴの姿はなかったが、シルバー・バレットがいる。ジョニィは係員2人に抱えられ、近くの仮設テントに連れて行かれていた。彼もディエゴを探したいようだったが、流石にもう指一本動かすのも辛いらしい。
 シルバー・バレットから転々と血の痕が一本道になってどこかへ続いている。ジョニィにやられた怪我のものか。血の痕は転々と人気の無い方に向かっていた。

「セオ!……Dioは時を止める……近づきすぎると危険だ……!!」

 テントの下のパイプベッドに寝かせられたジョニィが、上半身をなんとかして起こして叫んだ。

「時を止める?ディエゴが?」

 今日はずっと心臓がばくばくしている。そして今、これ以上心臓が動くものなのかと自分でも驚くほどの動悸がした。

「ディエゴが時を止めるの?ザ・ワールドで?」
「ザ・ワールド?それはあのDioのスタンドの名前なのか?」
「前はそうだった。」
「前?」
「説明が面倒だから後でいいかな。わたしはディエゴを追いかけないといけないから。」
「あっ、待って!」

 もしあのディエゴ・ブランドーのスタンドがザ・ワールドなら、そんなことは有り得るのだろうか。世界が違うとスタンドも違うなんてことが。しかしそれなら、あの機関車から誰にも気づかれずに遺体を持ち去ったのも納得がいく。ザ・ワールドが時を止めていたからか。

「……もしあのディエゴのスタンドがザ・ワールドなら……ディオと同じスタンドを持ったあのディエゴが大統領が言うところの『基本の』ディエゴになるのかな……?でも『遺体』があるらしいここが基本世界みたいだし……ウーン……。」

 血痕は並木道に沿って続いている。道の終わりにちょっと左に曲がって、あとは真っ直ぐ、正面の教会に向かっていた。血痕は教会の扉で曲がり、壁に沿って裏側に続いている。協会の裏には木製の粗末な扉があった。セオは音が立たないようにその扉を開け、地下に向かう階段に血痕が続いているのを確認した。

「ディオはどの世界にいたって同じディオ。でもスタンドが違うってことは……魂の形とか……なんかその辺が違うんじゃないのかな?この場合、別世界のディエゴの方がディオに近い……のかな……ウーン……。でもあのディエゴにはちゃんと自分の世界に帰って、そっちでわたしに出会って欲しいなあ……。わたしのディオはあの恐竜になるディオだし……。」

 石造りの螺旋階段を、血痕をたどりながら降りる。

「でも大統領は、わたしがこの世界にしかいないって言ってた。それって何かおかしいことなのかな……いや、おかしいことなんだろうな。ディオはどの世界にもいるのに、わたしがこの世界にしかいないのはおかしい。別の世界のわたしはレースに参加していないの?どこで油を売っているんだろう、こんな危険なレースでディオを1人にさせていたら、どこで何があってもおかしくないのに。……いいや、色んなことが起きるのに。」


「誰だ?」

 螺旋階段の下から声がした。ディエゴ・ブランドーの声だった。

「ディエゴ、いるの?」

 湾曲した石壁を辿って先に進むと、そこにはディエゴ・ブランドーがいた。その姿かたち、声、視線、そのすべてがディエゴだ。足元には薄汚れた茶色い麻布が広げてあって、その上でルーシー・スティールが寝ていた。仰向けになっていて、呼吸は穏やからしく胸が一定のリズムで上下している。ディエゴの後ろには鉄製のいかつい金庫のようなものがある。シェルターと言った方が正しいだろうか。その小さな入れ物の中には、多分、皆が言う「遺体」なのだろう……誰かのミイラが納められている。

「……誰に言われてここにきた?」
「ディエゴに言われて。」
「この世界のオレか。この遺体を取り戻しに来たのか?」

 ディエゴはセオに銀色をした拳銃の銃口を向けた。銃口はしっかりとセオの心臓を狙っている。

「そう、なんだけど……正直わたしにとって大切なのは遺体よりもディオだから、その後ろの物をどうにかしようっていう気はないの。物騒なものを下ろしてよ、悲しくなる。」

 ディエゴに敵意を向けられたのはこれで2度目、お前は誰だという旨の問いかけをされたのはこれで3度目だ。流石にしんどい。セオは階段の一番下の段に腰を下ろし、手に持っていた毛布を足元に投げて両手をあげる。ディエゴは拳銃を下ろして首を傾げた。

「ディエゴはわたしに会ったことがないんだよね。」
「……そうだな、見たことのない顔だ。あっちの世界のレースに君みたいな女性はいなかった。オレが見た範囲ではだがな。」
「そっちのわたしはレースに参加していないのかなぁ。同じわたしなら、ディエゴがレースに出ることを知ったら絶対出ると思うんだけど。……やっぱりわたし自体がいないのかな。」
「ブツブツ言ってどうした。」
「ううん。」

 セオはアトロポスを出現させる。ディエゴはまた警戒して拳銃を上げたが、アトロポスが直ぐ手を出してこないのを見て、再び拳銃を持った手の力を抜く。アトロポスは本体であるセオの首に腕を巻きつけ、本体と一緒になってディエゴを見た。

「スタンドか。」
「うん。アトロポスっていうの。あなたが名付けてくれたスタンドだよ。」
「オレが?いつ?」
「ずーっと昔に。」
「記憶にないな。」
「どの世界のディオでもないからねえ。」
「……?」

 ディエゴはセオの言うことがさっぱり理解できなくて、首を傾げている。

「ザ・ワールドは居る?」
「なぜオレのスタンドの名前を知っている?」
「教えてもらえるくらい仲が良かったからだよ。」

 セオは笑う。ディエゴは不可解だという表情のまま。彼はその背後に黄色い影を出現させた。……ザ・ワールドだ、セオの思った通り、時を止める力を持った「ディオ」のスタンドである。

「やっぱりザ・ワールドだ。姿形はほとんど変わりない。」
「……そうか、この世界のオレのスタンドを見たから知っているのか。」
「実はこの世界のディエゴはもっと別のスタンドなんだよ。」
「じゃあ、もう一回聞くぞ、なぜオレのスタンドの名前を知っている?」
「返事はさっきと同じものしかないの。」

 ディエゴは少しずつ苛立ちを募らせている。それはセオの目にも見えて分かる。さっきからまともな返答が返されないし、わけの分からないことばかり言われているのだ、それもそうだろう。

「オレは君に会ったことがあるのか?」
「……。」

 ジトリとまぶたが半分おりた目で睨まれる。こちらのディエゴからも訊かれた問いかけだったが、その時とは違って、穏やかな雰囲気はない。敵意とはちょっと違う、相手を訝しんだ視線がまた痛い。

「なにかを覚えているの?」
「なにか?何も分からないが……何だろうな、君を見ていると心がざわつく。」
「そっか……えへへ。」
「なんだ嬉しそうに。」
「そりゃあ嬉しいでしょう。大好きな人に自分のことを覚えてもらってて、嫌な人はいないよ。」
「オレのことが好きだって?」
「そうそう。この世界のディエゴとか、その前のディオとか。」
「昔とか前とか、不思議なことばかり言う奴だな。」

 セオは毛布を拾い上げ、ディエゴに一歩一歩静かに近づく。ディエゴは警戒した様子を見せず、セオが接近してくるのを受け入れている様子だ。

「きっと全てがうまく行く。」
「当然だろ。オレの1人勝ちだ。」
「ね。」

 ディエゴの拳銃が握られていない方の手を取って両手で包む。2人とも皮の手袋をつけているので体温は伝わってこないが、大きくしっかりした手の感触はあった。ディエゴは拳銃を腰のホルダーに仕舞い、その手でセオの頭を撫でた。彼はさっきまでの知らない人を見る目をしていない、どこか懐かしく、相手を慈しむような目をしていた。

「疲れたでしょう、休みなよ。」
「今日はさすがに疲れた。ずっと走りっぱなしだった上……ジョニィにやられた傷が痛むからな。」
「向こうのわたしによろしくね。」
「向こうの?」

 セオは速かった。持っていた毛布をディエゴに掛け、全身を使って彼にぶつかった。セオが毛布越しにディエゴを壁に押し付けると、そこに人1人いた形跡は一瞬で消えた。セオは毛布越しに石造りの壁にぶつかり、そっと体を離す。毛布は音を立てずスルリと落ちて……そこには何も残っていなかった。

「きっと全てがうまく行く。はやく向こうでわたしを見つけてね。」

 毛布を抱きしめて、セオはひっそりと涙を流した。これで全部終わった。これで、今回の「運命」は全て回避できたのだ。





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