trance | ナノ



 塵になって消えたDIOを確認して、ジョセフは走った。彼はすぐ近くの病院のガラス戸を叩き割り、警報が鳴るのを無視して公衆電話を探した。公衆電話はすぐ目の前にあった、しかも願ったり叶ったりの国際電話だ。彼は慌てて受話器を取る。テレホンカードが弓なりに歪むのも気にせず、それを差し込み口に突っ込んだ。彼が慣れた手つきで押した番号は、日本にある空条邸のものだ。

『もしもし!こちらSPW財団……いえ、空条――』
「ワシじゃ!ジョセフ、ジョセフ・ジョースターじゃ!!ホリィはどうしておる、今、ホリィは……!」
『ジョースターさん!よかった!こちらから連絡をしようと思っていました!今さっきホリィさんの容体が急に良くなって!呼吸が落ち着いて……脈も……』

 ジョセフは受話器の向こうの話を聞いて安心で脱力し、受話器を落として尻餅をついた。よかった、DIOの呪縛に苛まれていた愛娘は助かったのだ。ジョセフは深く安堵のため息を付き、帽子を前にずらして目を押さえた。
 長い旅が終わった、DIOはこの世から消え去ったのだ。愛娘……ホリィが救われたことが全てそれを物語っていた。

「ジジィ!警官が来ている、さっさと逃げるぞ!」

 暑そうな服装の青年……空条承太郎が病院に飛び込んだ。病院の外からパトカーのサイレンが聞こえる。赤いライトがそこかしこに反射して見えた。

「ホリィが助かった。DIOは敗れたんじゃ。」
「なに……!」

 承太郎の目がにわかに輝いた。彼は直ぐに帽子を深くかぶって顔を隠す。

「この状況はまずい。まずは逃げよう、すまんかった。しかしもう恐れるものはない。……セオ・フェレが全て終わらせてくれたんじゃ。」

 ジョセフは目を細める。疲れと喜びの混じった目尻には、涙が光っていた。







「ごめん……いや、あの、悪いことしたつもりはないけど………あ、ごめん、それこそごめん。これは悪いことだね、これは殺人だからね……ヌケサクのときはとっても凹んでたのにね、自分………。わたし、自分のこと狂ったなって思う……。」
「反省しろ。」

 崩壊間際のDIOのねぐら、その地下にあるワインセラー、である。

「死なない程度に殺せば元に戻る。死んだと見せかけて生きることが出来るんだよ。わたしも自分のスタンドのことを理解したよ……うん。こういう時のためのアトロポスだったんだ、きっと。」
「お前、自分の言ってることがだいぶちぐはぐだと気付いているか?」
「怒ってる?」
「闘いの邪魔をされたことに関してとても怒りを感じている。」
「わたしは無駄な戦いが為されなかったから満足してるんだけど。」
「セオ?」
「……ごめんなさい。」

 セオ・フェレが話をしているのは、昨晩砂になって消えたはずの……間違いなくディオ・ブランドーであった。2人は涼しい空気の漂うワインセラーの床に並んで座り、石壁に背中を預けて身を寄せ合っていた。まるで雨宿りのようである。実際、地上部分は崩壊したために階段の上から少しだけ日光が差し込むので、それを避けるために「日光宿り」をしているのであながち間違ってはいない。大きく尊大なディオには不釣合いな格好で、なんだか面白くなって、セオは心の中で笑っていた。

「上手くできたって自分を褒めてあげたいよ。」
「セオ?」
「……ごめんなさいってば。」

 なぜこうしてディオが無事でいるかと言うと。簡単に言えばセオのアトロポスの力でギリギリまで"殺しかけ"、死なない程度で力の使用をやめて、元の姿に戻した……という、ちょっとばかり都合が良すぎないか?という作戦の賜物のお蔭である。砂になったディオは、まだ死の再現の途中……死に至る前に、セオの力の発動を止められ、風が吹いた先で元の姿に戻っていた。どういった原理で砂になった人間が元に戻るのかは、力の持ち主にも分からない。そう見えただけの、ただの集団幻覚なのかもしれない。
 だとしても、なんだったとしても、どうでも良いことだ。セオにとって、ディオが生きながらえることが今何よりも重要なことなのだから。

「……お願いだから、あの人たちを探し出して始末を付けようなんて思わないでね。」
「おれが何をしようと、この件についてはおれがしたいようにする。それだけだ。」
「……。」

 セオは何も返せなかった。彼女には分かっている、こうしてディオを助けても、必ず彼はいつかどこかで戦いに敗れる日が来るのだと。
 吸血鬼は不死身だ。そうディオに聞いている。もし死ぬとしたならば、それは陽の光を浴びたときか、頭を破壊されたときか、波紋疾走を浴びたときか……それを言われるといささか不死身とは言い切れないのではとも思う。
 アトロポスの能力を受けたディオは、身を裂かれ、その後砂になって消えていた。いつかどこかで、誰かと戦い、そして敗れるのは変わらない未来であろう。もし一生その日がこないならば、能力が効かないか、砂になるだけで終わったろうに。今は衝突を避けられたが、今後またどこかで、ジョセフたちと出遭ってしまうのかもしれない。

「……今はもうちょっとだけさ。」

 否。出遭ってしまうのは確実だ。この世でディオに確執があるのはあのジョースターの一族だけのはず。そして遠いか近いか分からない未来、ディオは彼らに殺されるのだ。セオは悲しくて仕方ない。
 ディオがジョースター家と決着をつけたいことと、彼がセオをどう思っているかはほとんど別の問題で、セオにとっては悲しいことに、その優先順位は前者の方が上だ。セオが出会う前からディオとジョナサンの問題は始まっていたので、今更どうあがいても自分の方が上に立てるだろうとはセオは思っていない。……目の前に愛する人が居てもなお、今はもういない不和の先を見られているのは気に食わないが。

「フン……。」

 戦いの邪魔をされたディオは機嫌が悪い。しかも最愛の人に殺されかける始末。セオは丸く収めたつもりでいるのだろうが、ディオにはそうもいかない。

「あのさぁ……せめてわたしの気持ちも考えてよ。ディオが殺されたらこの世にわたし1人になるでしょう。しかも吸血鬼!絶対に捕虜にされて実験体でしょう……。楽しくない、死ぬしかない。」
「死なないでくれ。」
「言うだけなら簡単だよ。」
「簡単だな。」
「簡単でしょ!?」

 折角生まれ変わって手に入れたこの命だ、セオはディオともっと暮していたい、出来ることなら世界を見て回ってみたい。やってみたいことはたくさんあるのに。悲しくなって膝を抱えると、ディオの大きな手がセオの頭を撫でた。

「……どこか遠くへ行ってみたい。」

 ディオは何も言わなかった。セオもそれ以上言う事はなかったので、目を閉じてこのまま寝てしまおうかと思った。






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