trance | ナノ



 暖炉の外、部屋の中に集まる足音が、暖炉に響いた。誰が来たのだろうか、人数からすると館の住人ではないだろう。セオは耳を澄ます。聞いたことのある声が2人分。1人はヌケサク、セオがアトロポスで殺しディオが吸血鬼として生き返らせた男だ。もう1人は先日初めてエンカウントしたジョセフ・ジョースターだ。するとやはり下にいるのはジョースターたちか。
 大声や破壊音が伝わってくる、セオはとにかく彼らがこちらに気づかないことを願った。幸いに壁を破壊してジョースターたちは出て行ったらしい。壁が大きく揺れて大きな音がした。それ以降人の声も足音もしなくなったので出て行ったのだろう。

 セオはするすると梯子を降り、こっそり様子を伺った。もぬけの殻である。予想通り壁には穴が空いているが、心配するべき日光は射し込んでいない。日没、ディオの時間の始まりである。
 壁の穴から下を覗く。何人かの男が蔦のようなもので下に降りて行くところだった、ジョセフもいる。

「セオ。」
「……ディオ、あれが例の?」
「そうだ。」

 塔の壁にディオがいて、腕をこまねき下の男たちを目で追っていた。麻の外套と金色の髪が風になびいている。

「行ってくる。」
「……。」

 セオは返事をしなかった。
 「行かないで。」その言葉が受け入れられる場合はほとんどない。目的ある男に女が行かないでとすがる場合、大抵男は女を顧みない。顧みないからドラマになるのだ。

 それでも、行かないで、と制止の言葉をかけた瞬間から世界は2つに分岐し、選ばれなかった分岐の先にもあり得た未来が確かに存在する。

「……この先ディオが正義の人々によって殺されるとして、どうして誰もディオの処遇についてわたしに許可を取ろうとしないの。」
「どうした?」
「ディオは自分のことを自分だけのものだと思っているかもしれないけれど、身を捧げあった今、お互いの進退についてはお互いの同意を得る必要があるはずなのよ。」
「お……おい!」

 セオはディオの腕を掴むと、そのまま下に飛び降りた。
 重力に従って地面に落ちる、身体が丈夫になってくれたおかげで、まるで階段を2段飛ばしでジャンプした時のように着地できた。さあ彼らの元に行こう。ジョセフは老衰死だ、ここで死ぬ運命ではない。ならば死ぬのはこの手に掴む男の体か。

「あれは……!」

 地上からこちらを見上げる男たち。銀髪の男が声を上げていた。セオに見覚えのある人……ジョセフもいる。ならあれが今夜の敵なのか。

「セオ、放せ!」
「うるさいっディオ!」

 広い砂漠の先には波線を描く地平線が見える。ディオならきっと、それは平坦でないなら地平線とは言わないと笑うだろう。

「ジョセフ!!……貴方はこの間わたしに、なぜ全ての元凶であるディオと一緒にいるのか、と訊いたけど……。」
「……。」

 ジョセフたちは静かだった。彼らは静かに、セオの動向を見ていた。

「わたしはそれなりにディオと一緒にいるから、それなりにディオとの絆もあるはずで、しかもそれはちょっとやそっとじゃ離れがたいような強さで……。」

 セオは自分が何を言っているか、まとまりがなくなっているのを自覚した。彼女は大きく息を吸う。

「何が言いたいかと……つまり、ジョナサンとディオ君はそれなりに深い因縁で繋がっているのはこの目で見たからわかるし、ジョセフさんたちもそうに違いないんだけど、だからと言ってディオ君の生死を誰かにくれてやろうなんて思わないわけなんだよ、わたしは。」

 ディオはセオの隣で静かに腕をこまねいた。

「誰かに殺されるくらいならわたしが殺そう、なんて、どうも心が病んでいるような女の発言だけど……病んでいても自分が満足するならそれでいいやと思っている。」

 ディオにはこのセオに見覚えがあった。100年とちょっと前のことだ。『ちょっとした冗談』で女の子にちょっかいを出した時、ブチ切れていたセオの姿が隣の女に重なる。
 セオはディオの首をつかんだ。男のディオに比べれば細い腕と小さな手だった。しかし力は強い。ディオは自分の気道が閉まるのを感じた。

「……ぐ。」
「なにをしている!?」

 ジョセフが叫んだ。

「もしこの後ディオ君が殺されるなら、その殺人をここで再現してわたしが殺したい。」

 ディオの身に亀裂が入った。ビシ、と、まるで樹が裂けるような音がする。

「セオ……おま、え…………!」

 足の先から亀裂が伸びて腹まで裂いた。そしてそれは頭まで。

「スタンドか!?」

 暑そうな格好をした青年が表情を変えずに言う。隣でジョセフが頷いていた。

「わたしはディオを生かしたい!生きて一緒に暮らしたい!日陰で、誰にも邪魔されず、誰の邪魔もせずに!そうすれば……許してくれたっていいでしょう!!」
「君、言ってることとやってることがバラバラだぞ!!」

 褐色の肌と短いドレッドヘアが印象的な男が叫んだ。そんなこと自分でも解っている。でもこうするしか方法はないことも解っていたからこうしたのだ。
 ディオの足が砂になり始めた。そうか、斬られたあとで太陽に晒されるのか。上手くらやらなければ失敗しそうだ。砂になったディオが去る先を見る。砂は夜に消えて見えなくなる。

「彼が誰に殺されるか、誰を殺すか、そんなことを考えること自体間違っていたんだと思うよ。可能性が0じゃないなら、こういうことも有っていいでしょ!?わたしがディオ君を殺すパターンだって、有ったっていいだろ!」

 ディオの殆どは砂になってここからいなくなっていた。キラキラ輝く砂のせいで、空の星が手に届くようだった。嫌になるくらい綺麗だった。





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