▼
不覚
「お待たせ、ステーキ焼けたよ。」
真白で大きな皿の上に、厚切りの焼きたてステーキとみじん切りにされたキャベツ。私はその皿を片手に、慣れたようにスタスタと歩き、食堂の席で待つ彼の元へと急いだ。
「遅い。」
彼――アイクは僅かに眉を顰めて、私を見上げた。既に両手には、フォークとナイフが握られていた。私は一言、待たせてごめんなさいね、と、嫌味ったらしく言ってみた。しかし彼に嫌味攻撃は効いていない。彼は肉を見つけると他の物が眼中に入らなくなる。他の物、つまり私と私の声は、既にアイクには届いていない。
「いただきます。」
それでも挨拶はしっかりする。ここは偉いと思う。ただもう一言、食べる前に『作ってくれてありがとう』とか言ってくれればいいのに。私はアイクの向かいに座り、ガラスのコップに注がれた水をぐいと飲んだ。
アイクは食ベ物に、特に肉類に目が無い。それだけでなく、3時間が経てば自然とお腹が空くという。そのことを初めて知ったとき私は、カービィみたいだねと、笑った。アイクはそのときも、僅かに眉を顰めていた。多分不名誉だったのだろう。見たことの無いピンク色のボールと同じにされて。それに気付いた私は直ぐに、ごめんなさいでも何だか可愛いですね、と付けたした。そうすると彼の眉間は更に狭くなった。男に可愛いはタブーだったようだ。
「うまいな。」
私はハッと息をのんだ。驚いた、アイクの一言に。
「そ・・・。」
いつもなら、いただきます、の次に発されるのは決まって、ごちそうさま、だった。・・・美味しいとは、料理を振舞った皆が言ってくれていた。本心か世辞かは分からないが。だから聞きなれているはず。しかしアイクは、ごちそうさまの後でも時々しかそれを言わない。それを聞いて、パッと頭の中が白くなった。こういうときって、何ていい返せば良かったんだっけ?
「それは・・・どうも・・・。」
これはちょっと違う、と思う。
「・・・どうした?」
これまた驚いた。今日は良く喋るね、アイク君。正面からアイクの目を見て、それから目線を下げて、皿を見る。ステーキ肉は半分くらい残っていた。キャベツは一欠片も残っていなかった。元々表情に乏しい・・・無表情なアイク。今もそうだが、どこか違う。目が輝いている気がする。あくまでも、気がする。
「褒めてくれて、嬉しいなぁ。って。」
「ああ、そういうことか。あんたの作ってくれる料理は、何でも上手いぞ。」
ふわっと、頬が熱くなるのを感じた。頬は真っ赤になってると思う。
「どうした?赤いぞ。」
やっぱり赤くなっているみたいだ。恥ずかしくて、隠すように両手で頬を押さえて少し俯いた。俯いた状態でアイクを見ると、真摯な眼差しがこちらを向いているのが分かった。とても恥ずかしい。嬉しいじゃなくて、恥ずかしい。美味しいの一言で、こんなにも動揺するとは・・・。でも、やっぱり嬉しいと思う。
「いいの、気にしないで。料理冷めちゃうから、早く食べてよ。」
「ああ。食べ終わったら、また作ってくれ。」
今日のアイクはどうしたんだろう。材料の中に、なにかおかしな物が入っていたのか?そんなはずはない、しっかりチェックしたのだから。
「うん、作る・・・。」
返事は、ほとんど無意識だった。
―――――
リハビリです。
アイクみたいな人が、急に人を褒めたりすると、
なんだかときめく。・・・みたいな。
書き上げて気付きましたが、名前変換がございません。
(2009.2.24)