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時刻不明 グロズニィグラード兵器廠本棟にて


 バァン!と銃声、オセロットが放った弾丸は、セオの右ふくらはぎに命中した。

「ぐっ!」

 脚がもつれる。セオは床に倒れ、身体を丸めてふくらはぎを強く握った。鉛がブーツを突き抜け、ふくらはぎに刺さっている。触れるとどろっと血液が溢れ出てきた。急いでふくらはぎを握りながら弾丸を取り出す。激痛に耐えられず気を飛ばしそうにもなったが、ここで倒れるわけにはいかない、もちろん鉛中毒もごめんだ。

「あなたを逃がすわけにはいきません!」
「オセロット・・・!君に撃たれる日が来るとは思っていなかった!」
「私もですよセオ少佐。あなたを撃つ日がくるなんて!」

 近づいてきたオセロットは、セオの眉間に銃を向けた。こうされてはもう何も出来ない。無駄な動きをして脳天を撃たれてそれで終わりなんてまっぴらだ。

「最初から・・・私を騙していたんですね・・・。」
「そうだ、最初からわたしは戦争と核を憎むアメリカ人で、他の何者でもなかった。君やこの国を味方だと思ったことはない。」

 オセロットの悔しそうな表情。今まで同士だと、気の許せる仲間だと信じていたセオに、まさかこんな形で裏切られるなんて夢にも思っていなかった。山猫部隊を除けば一番信頼していた仲間だ。通信兵として、幾度となく自分に的確な指示を出してくれていた彼女が、自分の銃さばきが見事だと言ってくれた彼女が、まさか。

「演技が、お上手なんですね。」
「ありがとう。」

 セオは静かに立ち上がる。オセロットは簡単には撃ってこないだろうと踏んでの動作だ。彼はきっと、見逃しはしないだろうが、罰を受けるための猶予は残してくれるはず。オセロットはセオに気を使う、優しい男だったから。

「セオ中佐に差し出します。あとは彼があなたをどうするか決めるでしょう・・・どう転んでも命はないものだと思います、が。」
「セオ中佐・・・あの人は恐かったなぁ。」

 オセロットの悲しそうな顔、泣き出しそうでもある。

「そんな顔をしないでくれ、わたしは敵だ、それだけだろう。」
「・・・あなたを慕っていましたから。」
「嬉しいことだ。」

 ブーツとズボンの間にハンカチを差し込み、包帯でぐるぐる巻く。あてられたハンカチはもう真っ赤になっているが、無いよりはましだろう。まっすぐ立てないので右膝を曲げる。

「わたしもだよ、君は良い人だった。辛いスパイ生活も、オセロット、君がいたからいくらか心が楽だったよ。」
「セオ少佐・・・。」

 嘘偽りのない言葉だ。信じられる人が誰一人としていない生活で、ただ一人オセロットだけは、信頼まではいかなかったが少しの心を開くことができた。歳が近くて手のつけられない上司を持つ同士、休憩中に気兼ねなく話をできたのは楽しかった。だからこそここで彼に手をかけるのは気が引ける。悲しくて泣きそうになる、本当にだ。でも自分の目的を果たすためには、ここで彼には黙っていてもらわなければならない。
 オセロットは少しだけ緊張を解いていた。儚く、力なく微笑むセオに同情をしていた。セオには好都合だ、今ならばこの脚を引きずってでも一撃を与えることはできるだろう。

「悪かったな、オセロット。」

 にへ、と、力なく笑う。まるで降参しましたと言うように。オセロットはそれを見て銃を僅かに下げた。セオはそれを見逃しはしなかった。その一瞬、オセロットが気を抜いたその時、セオは素早く刀を抜いた。そして抜いたそのまま、物打ちで銃を切るように薙ぐ。銃は吹き飛ばされてオセロットの後ろに落ちた。オセロットは振り返るが、セオからの追撃を恐れて後退する。

「悪かった、と、本当に思っている・・・本当にだよ。」

 思った以上に脚が痛む。走ることは出来ない。セオは左足で踏み込み、そのまま鎬でオセロットの腕を殴った。小手の部分に直撃、オセロットはグッと唸ってよろけた。

「罪悪感はない!しかし君には謝らなくてはいけない、」

 そしてもう一撃、刀の腹でオセロットのこめかみを打つ。そしてセオはこれで終わりだと確信し、踵を返して工場を出た。
 気絶はしていないだろうが、直ぐには追って来られない衝撃だったと思う。




 爆弾が発見された、と、放送がかかった。セオ中佐の声だった。爆弾処理班を除いて全員退避せよとの命令がくだる。西棟から東棟に繋がる廊下は兵士たちが並んで素早く逃げて行く途中であった。セオは走れない、廊下の手すりにもたれかかりながら、工場内の様子を見る。高い位置なのでスネークとヴォルギンの様子がよく見えた。スネークの方が優勢だった。




「セオ!」

 そんな悠長なセオを見つけて怒声を放ったのはセオ中佐だった。彼も放送を終えて外に逃げる途中だったらしい。

「セオ、中佐。」
「その脚はどうした!?」
「休憩中、スネークが、いて、脚を、足止めに、」

 喋りづらい、と、わざと思わせるように途切れ途切れに話す。もちろん嘘だ。しかし味方であるオセロットに撃たれたと言えば疑われる。逆にスネークに撃たれたと言えばこの場はしのぐことができるのは確かだ。

「なに・・・!俺に掴まれ、逃げるぞ!」
「は、はい!」

 セオ中佐はセオに肩を貸して再び走り出した。セオは右脚を引きずりながら、セオに引っ張られるまま走った。少しだけ、ほんの少しだけ申し訳なく思う。裏切られていると知らずに、脱出の手引きをしているなんて知らずに、セオ中佐はこんな時に優しいなんて。
 兵器厰から出て、爆発を避けるために十分な距離を置く。爆発までもう残りは少なくないだろう。

「セオ中佐、医務班に行きます、脚を、みてもらわないと。」
「俺も行く。」
「いえ、中佐は他の通信兵を探してください。」

 医務班の元に行くというのは嘘。自分のバイクがある駐車場に行くのだ。そしてそのまま逃走する。着いてきてもらっては困るので、そこにいてくださいと念を押した。
 あなたはめちゃくちゃな上司でしたよ、と、心の中で言い残した。理想の上司とは程遠い、怒鳴ってばかりで仕事が疎かになることも多々ある人だった。ソ連式のやり方なのだと言われればそのままだが、そんな人から離れられるのは清々する。
 久しぶりに使うバイクに不備がないか軽く確認して、軽やかに飛び乗る。敷地内から出て、スネークがやって来るのを待とう。高くそびえるフェンスの門を超えると、そこは森であったが、セオにとっては自由への大きな入り口であった。






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