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Blooming Feeling ... 11
4th STAGEのゴールをくぐる。ずっと前の方に、ジョニィ・ジョースターとジャイロ・ツェペリの姿があった。もしかしたらディエゴも近くにいるかもしれない。8位ですと係員に言われた後、セオは現在までにゴールした選手の着順が書かれている模造紙に近寄った。
おや、とセオは目を少し大きくする。ディエゴの名前がない、まだゴールを通過していないようだ。いつの間にか超えてしまっていたのだろう。
「……ディエゴはまだゴールしていない?」
「ハイ、まだ見えていません。」
応えたのは係員の男。セオは模造紙の隅から隅まで見る。上位に食い込むいつものメンバーの名前の中に、ディエゴ・ブランドーの名は無い。
「まだここを通っていないって事……だよね。」
「ええ。」
ディエゴはまだ4th STAGEのコースを走っているのか。セオは自分が速かったのかと一瞬思ったが、そういうわけでもなさそうだ。セオよりももっと速かった人は沢山いるし、今までのスピードは確実にディエゴより遅い進行だった。
なにかトラブルだろうか、遅れを取ってしまうような何か――2nd STAGEの時のように、命を狙うものが現れて――。
「ディエゴ……。」
走ってきた道を振り返って呟く。ディエゴを探しに行きたいが、どこかですれ違ってしまうこともあり得る。ただ黙って待つしか出来ないのだ、と、セオは立ちすくんでしまった。
「……あ、Dio選手来たみたいですよ。」
程なくして、係員が道の先を指差す。道の向こうから見覚えのある白い馬と、緑色の服の男性が見えた。のだが、どういうことだ、ディエゴはシルバーバレットから降りているではないか。しかも鞍まではずして。シルバーバレットは足を引きずるように、しかし時々ひょこひょこと奇妙に動かしている。
近寄りたい、と、思ったが、脚が動かなかった。ディエゴの纏う空気があまりにも重かったから。姿勢は悪くないが、斜め下を見るように俯いており、帽子のつばで彼の目元は見えない。口は一文字に結ばれていて、それだけでも近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
ゴール脇に控えている獣医師の元に、ディエゴはシルバーバレットを連れていく。獣医師は、シルバーバレットの脚を一本一本丁寧に触って、異常があるかないかを確認する。長い間馬と連れ添ってきたディエゴには獣医師の診察など必要なかったが、シルバーバレットの負傷に必要な薬や道具なんかは医師が握っている。
シルバーバレットは脚の筋肉を痛めていた。馬にとって脚の怪我とは命に別状はなくとも致命傷である。ただシルバーバレットの場合は治癒すれば今まで通りに走ることが出来る程度だったのでまだよかった。
ディエゴはそのまま獣医師の元にシルバーバレットを預けて、自分は宿を探しに行くことにする。彼は名残惜しく愛馬の顔を抱きしめた。
「ディエゴ。」
「……ああ、セオ、なんだ、久しぶりだな。」
「久しぶりだね、2nd STAGEはずっと一緒に居たから余計にそう思う。」
丁度探していたんだけどたまたま正面からディエゴが来たので挨拶をしました、を装うためにセオは素っ気なく言う。ずっと尾行していて今ならタイミング丁度いいと思った、とは流石にストーカーかと言われそうなので控える。
「……心配していたの、フェルディナンドとか言う奴に襲われてから……あのあと何があったの?ディエゴ、あなたは……生きていてよかった……けれど、訊きたいことが沢山あるの。」
セオは縋るようにディエゴの手を取る。まるで母親が、転んだ子どもの身体を心配するように。本気で心配だったのだ、心がずんと重く沈んで引きちぎられるくらい、自分の身を案じるよりもずっと。今までの人生、一番考えて来たのはこの世界のディオのことであったから。
「セオ、あんたが……いや、君がオレの事を心配してくれたのは分かった。悪かったな、そんなに思われているとは気付かなかった。オレも訊きたいことが沢山ある、どこかに入るか?」
「わたしに?」
急に二人称を変えられてきたことにはてなと首を傾げるが、セオはディエゴに必要とされたという事実が嬉しかった。疑問符のついた真顔からゆっくりと笑顔が生まれる。
「あぁ……でも待てよ、飲み屋が開くにはもう少し時間がいるな、オレもやっておきたいことがあるし……期待させて悪いが18時に再集合しようぜ。いいか?」
「……よくないって言ったところで、じゃあ今にするかとは言ってくれないんでしょう。」
「まあそうだな。」
目に見えてションボリするセオ。そんな彼女を見てディエゴは力なく笑う。面白いやつだとは思っているらしいが、うまく笑えていない表情が痛々しかった。