trance | ナノ



Noble Mind pierces through the world -DEA- ... 05


 ホテルに戻ってベッドに潜り、夢の中へ落ちて行ったのは直ぐだった。そして目覚めは良好。朝食にと運ばれてきたクロワッサンやサラダなどを爽やかにいただいて、さてSPWの建物に向かおう。
 エヴァンが用意していてくれた送迎車がホテルの前にいてくれたので、セオは道に迷うことなく支部に到着した。ニューヨークや日本にある建物とは印象の違う、研究機関と言うよりは、大きな総合病院と言える外観をしている。赤十字の掲げられた白く輝く壁、冬の鈍い日光を反射して輝く窓。研究者や医者だけでなく、診察の必要な一般の人も多く出入りしている。

「セオ!」
「エヴァンさん、おはようございます。」
「おはようセオ。早速だけど今日の予定を言っておくね!このあと隔離棟手前の会議室で対象のデータを渡して少し説明して、そのあと波紋で助けて終わり!」
「簡単で良かったです。」
「ね、良かった。」

 じゃあこっち、と、今日も明るくテンション高めのエヴァンはセオの手を引いた。関係者以外立ち入り禁止の札がかけられた扉をくぐり抜け、SPW財団の人たちが働く棟に入る。そこを通り抜けると、段々人通りが少なくなってきた。一つの扉の前でエヴァンが立ち止まり、ここが会議室だよとその扉を指差す。そして彼は扉を開けて、中に入るようセオを促した。

 会議室の中は一つの研究所になっていた。大きなスクリーンに、鉄格子で囲まれた牢が、様々な角度から映されたものが投影されている。牢の中に1人の男がいるのが分かる。この人が例の、肉の芽に操られた男なのだろう。

「ボゼーさん、セオ・ジョースターを連れてきました。」

 エヴァンが声をかけたのは、妙齢の女性。赤っぽい金髪が、白髪のせいで薄まって見えるような女性だ。エヴァンの態度からすると、彼の上司なのだろう。

「あらありがとう。はじめましてセオさん、ジーノ・ボゼーです。」
「はじめまして、セオ・瀬尾・ジョースターです、今回はよろしくお願いします。」

 セオはジーノの手を取り、軽く上下に振った。
 ジーノはセオに一冊の資料を渡した。5枚のプリントがホチキスで留められている。表には『12月20日カレル・ブルネッティの肉の芽暴走について』と印刷されている。ぺらぺらとめくって一番最後のプリントには、ブルネッティと思われる男の写真が載せられていた。額に寄生している肉の芽がアップで写されているものや、腕の皮膚の下を触手のようなものが這っている写真など。ブルネッティという男は、髪は黒く短くて中肉中背の、よくいる中年男性という様相をしていた。肉の芽の暴走が酷くない時に撮られた写真なのだろうが、体格に合わず頬は痩せこけ、目の下のクマは酷い。疲れ切った表情はみすぼらしかった。

「エヴァンやアメリカの団員から聞いていると思うけれど、貴女にはこの男の肉の芽を除去してもらうわ。太陽光や紫外線を当てても死滅しなくて困っていたの。空条博士ならスタープラチナの素早さで引きぬけたのだけれど、忙しいということでね。学生のあなたにお願いしてごめんなさい。」
「いいえ、力を買ってもらっているっていうことですから。任せてください。」
「じゃあ早速行きましょうか。直ぐに出来ると良いのだけれど・・・。」
「難しいんですか?」
「近づくのが難しいわ。」

 資料を見てごらん、と言われて目を落とした写真には、肉の芽からでた触手が、勢いよく、研究員らしい男に突き刺さっている様子が写っている。近づく人間にはこうして攻撃を仕掛けるようだ。セオならば波紋を身に纏うことで攻撃されずに近づけそうではある。
 会議室を出て、渡り廊下を通り、隣の棟へ移動。厚い防弾ガラスに囲まれたスペースの真ん中に、先ほど映像で見た鉄格子の檻が置かれている。ガラスの外側では観察をしているらしい研究員達が、なにやらメモを取っている。

「ブルネッティは近づく人間に気付いた瞬間、肉の芽の細胞を飛ばしてくるわ。何か対策はあるの?」
「波紋を身にまとえば、肉の芽は触れるだけで消えると考えています。そうすれば身を傷つけず近づくことができるはず。」
「なるほどね・・・救護班は用意しておくけれど、危ないと思ったら直ぐに逃げてきなさい。これ、檻の鍵よ。」

 セオはジーノから檻の鍵を受け取り、早速ブルネッティの元へ向かう心構えをした。エヴァンがブルネッティの背中側にある小さなハッチを開く、ゆっくり、音を立てて気付かせないように。セオは部屋内に入る。

「・・・コオオオオオ・・・。」

 薄く開かれた口から、奇妙な音を立てた呼吸。セオの身体がきらきらと輝くだいだい色の光に包まれた。彼女は手のひらを自分の胸に押し当て、身体の中で生成した波紋エネルギーを皮膚全体に流し込む。ぴりぴりとした感覚がする。
 できるだけブルネッティに気づかれないように、と思ったが、セオの輝きに気付いた彼は、そっと後ろを振り返った。そしてセオが自分の攻撃範囲に居ることに気づき、バッと肉の芽の触手を飛ばした。しかし案の定、セオの思った通り、触手はセオが纏う波紋に触れた瞬間にジュッと焼き切れた。ブルネッティは慌てて身体全体をセオに向ける。
 セオは走った、檻の扉の錠前目がけて。次々と飛んでくる触手を波紋で焼きながら、呼吸は乱さないように。錠前に辿りつく、鍵をねじ込むように刺し、ぐるんと回す。扉が空いた、同時にブルネッティが飛びかかってきた。セオは彼の額を鷲掴んだ。突起した肉の芽を掴み、勢いよく引きぬく。鋭い針があらわになった。意思をもった細胞は再び細胞を伸ばして宿主をセオに変えようとするが、波紋がそれを退ける。

「波紋疾走!」

 右手で肉の芽を握りつぶす、手のひらから放たれた波紋が直撃し、肉の芽はぼろぼろと崩れて消えた。鋭い針も、伸びた触手も全て消え去る。
 ブルネッティの脚ががくんと折れる。彼は気絶したようだ、触手を伸ばした時の様な鬼の形相は消え、ぐったりと力を失って倒れてた。

「セオ!」

 エヴァンとジーノ、そして担架を持った救護班がやってくる。研究員たちは素早くブルネッティを担架に乗せ、ベルトで固定すると彼を連れていった。
 セオの纏う波紋が消える。問題なく終わったが、ここまで実戦に近い波紋の使い方をしたのは初めてなので、少し疲れた。

「お疲れさま、セオ。見事肉の芽を取り去ることができたわ。」
「凄いね!ありがとう!」
「いえ、どういたしまして。」
「思ったよりも簡単に終わったから、もう仕事は終わりになるわね・・・。」
「いえ、ブルネッティの身体に波紋は流しましたが、まだ体内になにかあるかもしれませんし、滞在予定の期間中はわたしもできるだけ彼を見張ろうと思ってます。」
「それは心強いわ。」

 額の汗を服の袖で拭う。自分の父親はかなり凶暴で残虐だと聞いていたので、その細胞と対峙するのは緊張した。

 消さなければならないものだったとはいえども、自分の父親の細胞、消すことに少しためらいを持ってしまった。構成する物質は自分と半分は同じのはずだ。なんとなく、心苦しい気もする。なんてエヴァン達には言えないが。

「意識を取り戻すまで何時間かかるか分からないし、街を見てきたらどうかしら。もしブルネッティが目を覚ましたら携帯電話で呼び出すわ。」
「じゃあ見てこようかな・・・すこしぶらぶらしてきます。」
「僕は行かなくて良いの?」
「貴方は仕事があるでしょう。」
「はい・・・。」







 しんしんと雪の降る街を歩き回る気にはなれなくて、結局セオはちょっと歩いただけで目にとまった大聖堂に入った。石造りの屋内も寒いが、壁沿いに並べられた蝋燭やストーブのおかげでいくらか良い。長椅子の壁側、ストーブの近くに腰を下ろし、セオはふっと一息を吐く。正面には荘厳なステンドグラス、イエス=キリストの生涯が表されている。その前には十字架と磔刑になったイエス様。青銅製なのだろう、ところどころ錆びついている。
 ふいに、背後から、ギイイと扉の開く音。誰が来たのだろう、セオはつられて振り向く。妙な格好をした男だった。ヘルメットの様な形をした帽子に、帽子と同じ柄の丈が短いセーター、へそが見えている。羽織っているコートは前が開けられていて寒そうだ。彼はずかずかと足を進め、一番前の長椅子に腰を下ろす。背もたれにぐでんと寄りかかる。あまり信仰心が強くは見えないと思った。彼も寒さをしのぐために来たのかもしれない。

 プルルルル、と、セオの携帯電話が鳴った。石造りの屋内によく響く。相手も確認せずに慌てて通話ボタンを押し、耳にあてた。

「・・・もしもし。」

 控えめなボリュームで相手を問う。

『セオ?私よ、ジーノ。ブルネッティが目を覚ましたわ。』
「目を覚ましましたか!気を失っていたようなので当分目覚めないかと思っていましたけど。」
『早かったわね、私も驚きよ。』
「今行きます、ありがとうございますジーノさん。」
『どういたしまして。事情聴取は始めちゃうわ。じゃあ。』

 用件だけで電話は切れた。ブルネッティが目を覚ましたと知っては急いで戻らなくては。セオは立ち上がってコートの裾を直した。最後に一度、磔にされたイエス様を見上げて、胸の前で十字を切った。
 ふと、自分を見つめる視線を感じる。目線を下げると、後から入ってきた男が自分を見ていたのが分かった。セオは電話に出てしまったのを申し訳なく思って頭を下げた。







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