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Noble Mind pierces through the world -DEA- ... 01


 物心がつく前に両親を失ったセオ・瀬尾・ジョースターは、アメリカはニューヨークのとある大学についこの間入学した18歳。青春ざかりの女性である。百歩引いても普通とは言えない18年を送ってきたセオは、ここ最近なにが起きても驚かないほど神経が図太い。つい最近は大学に行く途中で蛇に遭遇しても、歩行者が青信号の時に横断歩道にトラックが突っ込んできても悲鳴の一つもあげなかった。
 両親を知らないとはいえども施設に入れられることはなく、優しい血縁者に恵まれたおかげで穏やかに成長することができた。祖父母のような存在である義父母のジョセフ・ジョースターとスージーQ、兄のような存在の空条承太郎、母のような空条ホリィ。全員血縁者のようでそうでもないようで、またこれも普通とは言えない関係。
 秘密にされていることが多く、自身も血縁者以外に秘密にしなければいけないことが多く、どうにもストレスの溜まりやすい人生。スポーツやら喧嘩で発散してきた穏やかで少々刺激的な毎日を過ごしている。
 冬、クリスマスを目前としたとある日。そんなセオを、ここ数日SPW財団の研究所にこもりきりだった空条承太郎が、ジョセフ・ジョースターの家に呼んだ。大学に入ってからは学校近くのアパートで一人暮らしを始めたセオ、育ったのはこのジョースター邸なので、ちょっと久しぶりに帰ってきたこの家への挨拶は『ただいま』だ。

「おお、セオちゃん。おかえり。」
「ただいまおじいちゃん!セオだよ!」
「そうじゃったな、セオ。」

 一番に出迎えてくれたのは、ジョセフ・ジョースターだった。彼はめっきり悪くなった足腰をフル活用して玄関にやってきて、そこで待っていたセオを抱きしめた。腰が曲がったとはいえ、若い頃大柄だった名残のあるその体躯はセオを丸め込む。髭が伸びてもさもさした頬を彼女にすりつけ、嬉しさを身体中でアピールした。
 セオちゃん、と、ジョセフが呼んだのは、昔のセオの名前に由来する。セオというのはセオの母親の名前である。母セオは産まれたばかりのセオに自分の名前を付けたのだが、彼女の死後にホリィがややこしいわと言って新しくセオにこの名前を与えた。もちろんジョセフや承太郎達と相談をして。おかげで国籍の予想し難い名になった。亡きセオの気持ちもくんで、その名は「瀬尾」と日本風の苗字に変えてセオの名前に残してある。日本でのあれこれがジョセフの痴呆を良くしたと承太郎が言っていたが、ジョセフは時々セオをセオちゃんと呼んでいた。セオには悪い気はしないのだが、一応と思って毎回訂正する。

「スージーがミートパイを作って待ってるぞ。」
「食べる!」

 リビングに向かうに連れて香りが強くなってくる。焼けた肉と小麦粉のいい匂い。リビングに入って一番に目に着いてしまったのはテーブルの真ん中に8分割されたパイ。がめつくて良くないと思って目線を上げると、スージーQがコーンスープを器に注ぎながら、孫の承太郎と楽しそうに話をしていたのが目に入った。

「スージーおばあちゃん、承太郎さん。」
「あらあセオ、おかえりなさい。元気にしていたかしら?」
「ただいまおばあちゃん、わたしは元気。」
「セオ、急に呼び出して悪いな。」
「大丈夫だよ。」

 パイの8分の1を食べていた承太郎は、セオのためにと空けられた椅子の前に置かれた皿に、彼女のためにとパイを1きれ乗せた。

「大学生活はどうだ?」
「ついていけなさそう、ってことはない・・・から、こっちも大丈夫、って答えておくね。」
「まあ、それは良かったな。」

 セオは椅子に腰掛けパイを一口大に切る。口に運んでもぐもぐと咀嚼する。まだ出来たてで暖かいし最高に絶品だ。スージーの作る料理はなんでも美味しいが、ミートパイは格段に美味しい。久しぶりに頬のとろける感覚にセオは喜び、残りにがっついた。

「そんなに慌てなくてもパイは逃げないわよ。」
「おばあちゃんの作るミートパイ大好きなの。」

 スピードは上品とは言えなくとも、ジョセフが地位のある人なので小さい頃から叩き込まれたテーブルマナーは守りながらの食事。大切な家族に囲まれながらの暖かな食卓は夏ぶりなのでほぼ半年ほどご無沙汰だった。ホームシックにはなっていないが、嬉しくてたまらない。
 ただもちろん、承太郎に呼ばれたという今日の本題を忘れてはいない。そういえばどうしたの、と、パイを1きれ食べきってから、セオは承太郎に問うた。

「ああ、クリスマス休暇のうちにイタリアに行ってくれないかと思ってな。」
「・・・イタリアに?どうして急に。」
「SPW財団のアルバイトだ、いつものように。」
「アルバイトかぁ。」

 SPW財団とは、ロバート・O・E・スピードワゴンと言う男性が開設した医療研究を中心とする研究機関。セオの母やジョセフ、承太郎達などこの血族に関わりの深い財団で、セオはハイスクールに進学した頃から何かと手伝いをしてきた。
 スピードワゴンと言う男性、セオ自身とは関わりはない。しかし両親を失い、その両親の諸々因縁やら門地不明の謎やらを抱えた彼女が社会の表に立って生活が出来ているのは、この男が立ち上げた財団のおかげだ。

 セオの両親は吸血鬼だった。父親のディオ・ブランドーは石仮面をかぶり吸血鬼として覚醒し、母親のセオ・フェレは若くして亡くなった後100年後、ディオによって吸血鬼として強制的に蘇った。2人はジョセフの祖父、ジョナサン・ジョースターの時代に、ジョナサンと共に青春を過ごしたが、そこにも様々因縁があって承太郎が高校生の頃に一悶着起こしたらしい。それについてはセオも聞いていたが、色々と展開が吃驚過ぎてついていけなかった。
 ディオは承太郎に斃され、セオは愛する旦那を追って自殺したと聞かされている。本来なら承太郎はじめこの血縁者達はセオにとって憎むべき存在なのであろうが、自分を育ててくれたこの人達にはそんな気持ちは起きなかった。むしろ、両親が吸血鬼という俄かに信じ難い血筋を持ち、戸籍も何もない存在のセオに、生きるための、健康で文化的な最低限度以上の生活を与えてくれた彼らにこそ感謝している。
 とはいえ、両親に無関心なわけでもない。幼い頃は、遺された写真で彼らの姿を眺めては嘆息する日も少なくなかった。

 話は戻って、承太郎が持ち出したイタリア行きの話題。SPW財団のアルバイト、アルバイトと言っても接客やらレジ打ちやらでないのは分かっている。探検やら研究やらと手伝わされてきたので、今回もそんな感じのとんでもないものではないかとセオは思った。

「イタリアで『肉の芽』が暴走した所為で殺人行為を繰り返す男が捕まったんだ。DIOが斃されてから何年も経つが、最近になって暴走をはじめたらしい。まだ時折自我を取り戻し罪を反省する言葉を述べているらしいが、それと交互に殺人衝動が湧き上がって酷いそうだ。」
「肉の芽が・・・なるほど、それでわたしに肉の芽を消し去ってきて欲しいってことね。」
「ああ。実践に使える波紋を習得している人物を、私達はジョセフじいさんとセオ、君しか知らない。まだ救済の余地があるらしいから、君に行って助けてやって欲しいんだ。」
「それなら行くよ、お父さんがしてがしたことなら、娘のわたしが落とし前つけないとね。」
「・・・悪いな。」
「だから謝らなくていいって、承太郎さんは正しいことをしたんだし。それで、イタリアに行くのは早い方がいいんだよね、明日にでも?」
「そうだな、できるなら明日にでも立って欲しい。」
「じゃあ明日に。けど、わたしイタリア語は分からないなぁ。日本語ならいけるけれど。」
「それについては対策がある。イタリアには、遠回りになるが、東回りではなく西回りで行く。途中で日本に寄って行く。」
「あ、露伴先生か。」
「そういうことだ。」

 岸辺露伴、セオが日本旅行をした時に承太郎によって一度会わせてもらったことがある。逆上がりが出来なくて困っていたセオは、露伴は彼のスタンド、ヘブンズ・ドアーの能力を以って助けてもらった。今回もそれに頼るということか。
 察しが良くて助かる、と承太郎はそう言ったきり口を閉じた。元々あまり喋る方では無いので、ここまで沢山話したのは久しぶりな気がする。あれこれセオに勉強でも彼女の生い立ちでもなんでもを教えてくれたのは、兄のように思う彼ではなく、その母親や祖父母達だったから。呼ばれた理由がはっきりしたセオもそれ以上訊くことはなかったので、スージーの料理に集中した。





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