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疑心


「あ・・・セオさん・・・こんにちは・・・。」

 空条邸のキッチン、である。平日だけれど検査も仕事もなにもないセオは、ぐうたら、とまではいかないが、家でのんびりしていた。と、そこにやってきたのは、学校帰りらしい花京院典明。前の学校の制服だったという緑色のスラックスが、雪でしっとり濡れている。手に持っているコートやマフラーにも雪が積もった名残があった。

「典明君、こんにちは。承太郎は帰ってきてないよ。」
「あ、はい・・・さっきそこでホリィさんに聞きました・・・。」
「そうだったかあ。あ、なにか淹れようか?コーヒーでいいかな。」
「・・・じゃあ、はい、お願いします。」

 花京院は濡れたコートを気をつけながら椅子にかける。台所に立つセオから一番遠い、入り口近くの席だ。
 エジプトでの一連の出来事があって、花京院はセオへの警戒心が捨てられないでいる。今もこうして、まるで見ず知らずの他人のような話し方をされている。いくらセオ本人が平和ボケをして、花京院や他ジョースター御一行、SPW財団への敵意を捨てているとしても。見ず知らずではない、と、セオの方は思っている、のだが。アトロポスの能力で死の間際ギリギリまでを体験した恐怖が拭えないでいるのだ。実際に死んだことのあるセオが、死ぬのは恐怖する暇も無かったと語り、承太郎が、老衰と分かって良かったじゃあねえか、と、言っても、花京院はアトロポスを従えるセオに心を開ききることが出来なかった。
 セオは来客用のマグカップを2つテーブルの上に置き、花京院の目の前でインスタントコーヒーの粉とお湯を注いだ。イギリス生まれのセオは紅茶にはこだわるが、コーヒーはほとんど興味がない、のでインスタントだ。そして彼に、先にどっちか取って、と選ばせ、残った方のカップをセオが取る。セオの考えすぎなのだが、毒でも入っていないかと花京院にあらぬ疑いをかけられないための行動だ。

「学年末試験、近いんだよね。」
「はい。」
「それで勉強会か。」
「そうです。」
「この間承太郎に教科書見せてもらったけど、やっぱりわたしが学生だったころよりも知識が新しい、化学とか。」
「化学とか・・・そうですね。」
「100年だもんなあ、産業革命なんて今では言われてる時代とはいえ。」
「そうですね・・・。」
「そうなんだよね・・・。」

 シン・・・と静寂。会話が続かない。それでも新記録の長さだ。ちなみに今までで一番長かったのは『これ飛行船?』『いえ、飛行機です。』『飛ぶの?』『飛びます。』だった。 
 嫌われている、までではない、と、セオは思いたい。ただ不審がられているなのだ、きっと。それはそれで心にキツいが。いや、嫌われているのと不審がられているのはどうちがうのか、同じようなものだ。しかしセオもジョセフ達を含め全てを信頼し切ったとまでは言えないのでお互い様か。いつ目の前の人物に殺されるか分からないと思っているのは、花京院もセオも同じだった。ただお互い、殺す気はないのは確かなのだが。

「マグカップは置きっぱなしでいいよ、わたし、奥に行くね。」
「・・・あ。」

 居心地の悪さが限界に達し、セオは立ち上がる。無理に会話しようとするのは自分にも花京院にも悪いだろう。

「自分の家じゃあないけれど、ごゆっくり、って言っておくよ。」
「はい・・・。」

 花京院の反応は薄いが、顔を見ると、申し訳なさを全面に出したように眉を方向けさせている。あなたがそんな顔をする必要はないのにと言いたかったが、余計なことは口に出さない方が賢明か。セオが花京院に対して負い目を感じているのは、花京院自身は悟っているだろうが、わざわざその通りですと言って関係を悪化させるのはセオの望むところではない。
 それじゃあと一言残し、セオは縁側へ出て行った。





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