trance | ナノ



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 バンに押し込められて5分も経たないうちに、再び後ろの扉が開いた。そこに立っていたのは血まみれで青い服を雑に着た少年と、彼に抱えられているジョセフ、そして人間1人が入ってそうな大きさの麻袋を抱えた先ほどの軍人2人だ。
 どくり、と、大きくセオの心臓が波打つ。シュラフの中に入っているのは、何か、誰か、間違いない、セオには分かる。

「大人しく捕まってるようだな、悪いがDIOのヤローは俺がぶちのめした。」

 青い恰好をした少年は制帽のつばを持ち上げ、セオと目を合わせてそう言った。ディオと違い正義の心を持っていて、それが伝わってくるような目の力。これっぽっちも心の無いような詫びの言葉ひとつと、DIOは斃したいう報告。
 セオの心臓に図太い杭がググと打ち込まれた。

「おれは空条承太郎。このじじいの孫だ。」

 自分から丁寧に自己紹介をしてくれたので、この少年がディオの言っていたジョセフの孫だと分かる。彼にもスピードワゴン財団の人達のように、セオへの殺意や敵意はない。ただ少し警戒しているようだが。彼は脇に抱えていたジョセフを、マットの上にそっと横たわらせた。ジョセフは死人のような顔をしている。生気も血色もない見た目だ。そして身体中の体液を抜かれたように身体がカラカラだった、ディオに吸血されたのだ。

「わたしはセオ・フロレアール。ジョセフさんから聞いていると思うけれど、ディオの知り合い・・・いえ、恋人で、ジョナサン・ジョースターの親友だった。」
「テメーはDIOの仲間だが害のない人間だと思っている、他のスタンド使いとは全く違うな。殺すだったり危害を加えるだったりはする気がねえ、だからテメーも不審な動きをするな。」
「もちろん。」

 さっき花京院という少年を殺そうとしました、とは流石に言えなかった。
 軍人2人が麻袋をジョセフと並ぶように置いた。しかもセオの目の前に、である。セオはきゅっと全身を緊張させ、じっと麻袋を見つめた。人が寝るようなシュラフだが、実際は棺桶代りなのだろう。嫌な汗が溢れてくる、ディオの亡骸を目にする覚悟はしている、しかし実際に目にしたくない。実際には覚悟なんてしていないのだろう、心で覚悟できていると思うだけで。死を受け入れる覚悟、アトロポスでディオの死因を確認していたら、できていたのだろうか、いや、きっとそんなとこはない。
 誰を、この目の前にいる承太郎を、ジョセフを、恨むわけではない。恨んでなどいない。仕方のないこと、そう思いたい。結局はこうなる運命だったのだろう。

「おれを恨むか?」

セオの心を見透かしたような承太郎の問い。セオはもう一度自分の心に問いかけてから、首を横に振った。

「・・・ジョナサンみたいな正義の人の子孫とその仲間が相手なんだ、ヒールがどっちかなんて考えなくてもわかるものだよ。」
「恨んでねェって言うのか?」
「そう言いたいね、言うよ。」
「どうしてDIOに味方した?」
「好きになってしまった、それだけ。」
「じゃあなんで改心させようと思わなかったんだ、悪い奴だって分かってたんじゃあねェのか?」
「正しい道を示して改心させられるほどわたしは強い人間じゃあないからね。」
「間違っているの一言も言えなかったのか?好きになった奴が道を踏み外しているなら。」
「わたしの場合は違ったの。やっていることが何であれ願った通りになって欲しいと、そう思っていたから。」
「ふゥん。」

 承太郎はジョセフの隣に座り、帽子を深くかぶって自分の祖父の姿を見下ろした。
 口に出してすっきりしたような気分をセオは味わう。言葉にして、割と納得できた。明るい将来など無理だとどこかで分かっていても、そんな不幸な未来を自分から消しにいこうとはしなかった。毎日の瞬間瞬間に納得して、この生まれ変わってから短い時間をディオと過ごすことができた。彼が悪に身を染め、いつか浄化されると分かっていても、そんなささやかな幸せを手に入れられた、それだけで良かったとそう思いたい。
 一旦、無理矢理にディオのことを考えるのをやめて、ジョセフの眠る姿を見る。眠る、というか、もう既に死んでいる。しかしセオには彼が死んだものだとは思えなかった。なぜなら彼女はジョセフの死因を知っているから。自分の力は絶対だと、そう思ってている。ジョセフは寿命を迎えて死ぬのだから、ここで去るのは運命通りではない。

「ジョセフさんはここで死ぬ運命じゃあない。」
「分かるのか。」
「わたしのスタンドは死因を知ることができる。ジョセフさんは寿命で死ぬんだ。」
「テメーのスタンドは人を老化させるものだとじじいから聞いていたが。」
「それは偶々ジョセフさんが老衰したからだよ。」
「・・・ならばおれのやろうとしていることは成功するわけだ。『死体』から『死体』への輸血ってやつは。」

 死体から死体への輸血、つまりディオからジョセフへの輸血。まさか想像もつかないことだが、承太郎はさも当然のようにやってのけるといった表情をしている。彼はシュラフのジッパーを上げる。中から特徴的な靴が現れた。黄色いズボン、綺麗に割れた腹筋、それを包む黒いインナー、どれをとってもディオでしかない。承太郎の手はジッパーを首の手前まで開けて止めた。

「頭部は破壊した、グロテスクだから見ない方が良いぜ。」
「気遣いありがとう。」

 ガラスケースに入れられたディオの隣りにしゃがむ。セオは彼の手を両手で握った。元々体温は無かったが、今は死の実感がわく。力の入っていないだらりとした腕は、ただただ重いだけだった。

「死んでいる。」
「ああ、朝になったら完全に砂にしてやるぜ。いいな?」
「同意を求める必要があるの?酷いことを言うね。」
「悪かった。」

 輸血の機械がジョセフとディオにつながれる。承太郎は自身のスタンドの腕をジョセフの胸に突っ込んだ。規則正しく、脈拍と同じ速さで心臓を圧迫するスタンド。すると心電図にジョセフの心拍が記録され始めた。至って正常な動きに戻る。ディオから輸血され、身体は膨れ上がって血色がよくなった。
 そしてそれと同時に、ディオの身体が薄く凹んでいく。先ほどのジョセフのように。

「ディオ、毎日が楽しかったよ。生前から怖い思いを沢山させられてきたけれど、それを打ち消すくらい幸福な日々だった。」

 もう動きを取り戻さないディオの心臓に手を当てて、祈るように呟く。すっと涙がこぼれて頬を下っていく、しかし拭う気にはならなかった。一瞬でも手を離すのが惜しい。視界がかすんで、頭もかすんでいく。ありがとう、ごめんなさい、仕方がなかった、もっと一緒に居たかった。沢山の言葉が浮かんでは、喉まで届かずに心に沈んでいく。
 セオは静かに目を閉じた。直ぐに貴方に会いに行くから、そう心の中で思いながら。






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