trance | ナノ



... 1 9 ... black


 少年の顔がしわしわと萎れていく。鮮やかなマゼンタの髪も白色に変わった。あと1分もあれば彼は死ぬ、セオはそんなことを感覚的に掴んでいた。アトロポスの腕は緩まない、この力を故意に使って死に至らしめようと意識したのは初めてだ。目は少年のゆがんだ顔だけを見詰める。頬を嫌な汗が流れた。
 少年の口からはうめき声すら出なくなった、もう少しだ。
 しかし―――

「てめえッ!!」

 背後からの怒号がセオを現実に引き戻した。そして同時に、脇へ走る激痛。

「ぐああッ!」

 思わずアトロポスの力を抜いてしまった、少年の生気がみるみるうちに戻っていった。
 血液がせり上がってきて口から吐き出る。痛みの元は脇に刺さった鋭い棒だった。レイピアだ。レイピアは引き抜かれない、それどころか、身体の中心に向かって抉られる。抵抗をしてしまえば身体を引き裂かれそうだ。セオはやむなく、レイピアに押されるまま地面に倒れた。
 顔の皺も髪の色も戻り、疲れは見えるがこちらを睨みつける少年が視界に入る。目線を上げると、レイピアの持ち主である奇妙な甲冑と、傍らに立つ銀髪の青年が見えた。

「・・・誰・・・。」

 未だレイピアの刺さったままの腹を気にしながら問う。

「オレはジャン=ピエール・ポルナレフ。てめェはセオ・フロレアールだな。」
「・・・ジョセフさんの知り合いの方なんですね、わたしの名前が分かると言うことは。」
「ああ、よォ〜く知ってるぜ。ジョースターさんが念写した写真を見せてもらった。」
「見られているんですか・・・?プライベートなにもない・・・。」
「花京院、捕らえろ。」

 花京院と呼ばれた少年は立ち上がり、再びスタンドを出現させた。彼のスタンドがアトロポスをぐるぐると縛る。セオ自身も少年によって手首を押さえられ、背中で拘束された。腕と背中に上から圧をかけられて動けない。セオは大人しく、冷たいコンクリートの上に頬を付けた。
 ポルナレフのスタンドがレイピアを抜く。ビー玉ほどの大きさの傷口前後2つから血液がどくどくと溢れた。穴を押さえようと思っても腕が拘束されているのでどうにもならない。男2人には心配する様子もないので、このまま放っておかれるしかないらしい。

「わたしはディオに会いに行きたい。」
「まさか許すと思うか?DIOの野郎はジョースターさんと承太郎が斃す。邪魔はさせねェ。」
「どうしてディオを殺す必要があるの?」

 セオはディオの残虐非道な行いの全てを知っているわけではない、むしろ全く知らない。もちろん、花京院とポルナレフに対して彼がした事についてもだ。ジョセフ達がディオを斃そうとする理由も、そういえばセオは知らなかった。だから純粋に、何故なのか、それを知りたかった。しかしその問いが彼らの逆鱗に触れてしまったらしい、どうしてだと?とポルナレフは低い声でセオの問いを復唱する。深く刻まれた眉間の皺は、本当にディオを憎んでいるのだと物語っていた。

「DIOの力はジョースターさんの娘を危篤状態に陥らせている。DIOの呪縛を解くためには奴を斃すしかないんです。」

 比較的冷静に見える少年の方が答える。

「ジョセフさんの娘・・・ということは・・・ジョナサンの・・・。」
「ええ、ジョナサン・ジョースターの子孫です。そうだと知ってもなお、貴方はDIOを守ろうと思いますか?」
「わたしが大切なのはディオなんだ、だから・・・。」

 セオは言葉をつづけられず口をつむぐ。コンクリートに目じりを押しつけ、ゆっくりと溢れて来た涙を地面に落とす。そして自嘲的にふっと笑った。

「そう言って割り切ることが出来たなら、どんなに楽なんだろう・・・。」

 諦めた、というように身体の力を抜く。
 ディオとジョナサンを天秤にかけてはいけないということは身にしみて分かっているのだが、分かっていてもジョナサンの事を考えてしまう。つくずく自分はずるい人間だなぁとセオは思った。
 自分に出来ることは無い、天命を待つしかない。

「ディオ・・・。」

 地面が揺れた、車が近づいているらしい。フロントライトの明かりがセオの視界を覆った。眩しさに目を瞑る。バタンと扉が開き、中から2,3人の人が降りてくる音がした。

「スピードワゴン財団の方に、あなたの身柄を引き渡します。」
「・・・スピードワゴン財団?スピードワゴンってあのスピードワゴンさん?」

 セオの問いに答える人はいなかった。少年のスタンドがアトロポスを解放し、それと同時にセオの両腕の押さえも取られた。しかし彼女の腕には手錠がかけられる。後ろ手にされているので、肩に掛かる負荷は取れない。
 明かりが消えたのでセオは目を開ける。目の前には、軍人のような男が2人と研究者のような男が1人立っていた。彼らはポルナレフ達の様な殺意は持ち合わせていないが、吸血鬼に対する緊張感を漂わせていた。

「すまない、手荒なまねはしたくないが、ジョースターさんからしっかり拘束したうえで保護してくれと指示を受けているんだ。」

 研究者のような白衣の男性が、セオと目線を合わせるように屈んで言った。

「あっけなく負けた・・・。」

 セオはもう何をする気にもなれなかった。ただディオの無事を願うだけである。しかしそれが虚しい行為になりそうだという現実を、彼女はなんとなく理解していた。






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