trance | ナノ



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 ダイニングルームに1人、セオは図書室から持ってきた本をテーブルに積み重ね、本を読んでいた。今はディオと別行動、彼も調べ物があると言って1人で図書室にこもっている。一緒に居たかったのだが、1人で考えたいことがある、と言われてしまったので身を引いた。ということでセオは食事以外にあまり使わないダイニングに居る。
 神代の物語、特にアトロポスについて知りたいと思い、集めてきたのは神話集。いろんな神話にいろんな神様が居て面白い。

「お嬢さん。」

 ふいに、入り口の方から聞こえた声。 じっくりと読みふけていたので、近づいてくる足音には敏感になれなかった。ここにはセオしかいない、彼女はお嬢さんとは自分のことかと思って顔を上げた。扉の前に男の人が立っている。テンガロンハットをかぶり、ガンマンを連想させる服装をしている。少しくすんだ真っ直ぐな金髪は長めだ。彼は口に咥えたタバコを外し、石造りの壁で火を消すと、吸い殻を近くにあった盆の上に乗せた。

「美しいお嬢さん、この館で生きている女性と出逢うのは久しぶりだなぁ。ご機嫌はいかが?」
「いい方です・・・貴方は?」

 男はすいっと自然にセオの隣に近寄り、彼女の顔を覗き込んだ。

「おれはホル・ホース、しがないガンマンさ。お嬢さん、貴女のお名前は?」
「ホル・ホースさん。わたしはセオ・フロレアール、大したことはしていないこの館の居候です。」
「フーン、居候ね。ダイニングルームで本を山積みにしてのんびり出来ているということは、かなりDIOに気に入られてるんだな。」
「・・・ええ、わりと。」

 ホル・ホースはセオの隣の椅子に腰を下ろし、目の前に積まれている本の背表紙を眺めた。が、あまり興味はわかなかったらしい。女の子が好きそうな神話の本より、女の子そのものの方が彼は好きだった。話題作りに読んでみようとも思ったが、他に話のネタは幾つかあるし特別眺める必要はない。

「君がいるお蔭かな、館が綺麗に見える。館内はいつもと違って血溜まりがなければ、奴の食い残した死体もない。」
「気を使ってくれていますので。」
「へえ、あの吸血鬼が気を使うなんていうこともあるんだな。」

 セオは何とない違和感を覚えた。それはこの男のディオに対する態度から来るものだと思う。この館に居る者は全員、ディオに対して従順で、そして盲目的である。全員と言っても、出会ったことがあるのは3人のスタンド使いと1人の餌の女性くらいだが。その4人とこのホル・ホースには決定的に違う。まずディオに様を付けていないこと、そして彼を少なからず軽んじているということ、である。この館に出入りする皆が皆ヴァニラのようなのかと思ったが、そうでもないのかもしれない。

「ところで、そのDIOはどこにいるか知らないか?」
「ディオでしたら今―――」

 ふいに、コンコンと品のいいノックの音。セオは言葉を続けず、一言失礼、と言って、廊下にいる人にどうぞと声をかけた。入ってきたのはテレンスだった、彼はトレーの上に紅茶のセットを持っている。

「おや、ホル・ホース。」
「なんだテレンスか。」

 テレンスはセオを挟んで本の山とは反対側に紅茶を置いた。

「息抜きにどうぞ。」
「ありがとうございます!」
「おれにはないのか?」
「来ていると思いませんでしたので。」

 十分に蒸らされた紅茶が注がれる。温かそうな湯気が、空気の動きの少ない宙でふわふわとのぼる。本を読んでいた自分を気遣ってくれて嬉しい。セオは時計を見る、本を読み始めてから結構な時間が経っていた。一息入れるのにちょうどいい。まだ飲めない熱さの紅茶に砂糖を入れてくるくるとかき混ぜた。

「セオ様、この男が何か失礼をしませんでしたか?」
「ないですよ、ちょっと話をしただけです。」
「セオ、様?なんだ、領主の娘か何かなのか?」

 普通ではない敬称にホル・ホースが反応した。彼のつんと立てられた人差し指が、不躾にもセオに向けられる。彼は、セオがヨーロッパではそこらを歩いているような女性の格好をしていたことから、ただ街を歩いていた時に捕まえられた観光客だと思っていたので意外に思った。いつだったかにDIOが捕まえた、日本人の男子学生のように。
 対してテレンスは、ホル・ホースの失礼な態度を改めようと、彼の人差し指を叩いて降ろさせた。初対面であるし、DIOの方からは何も言っていないので、ホル・ホースが知らなくても当然だとは分かっているが。

「DIO様の真に愛する方です。100年前からの。」
「100年前ェ!?じゃああれか?君も吸血鬼なのか。」
「『貴女も』。」
「ああ・・・貴女・・・も。」
「ええ、ディオにされました。」
「フゥン!なるほどね、遊んでそうな美女ばっかり侍らせてたわりに、こんな礼儀正しい淑女が本命でした、か。」
「ホル・ホース!」

 セオの前で他の女の存在をほのめかす発言をしたホル・ホースを、テレンスが怒鳴りつける。セオはがんばって割り切ろうと思ったので、大丈夫ですよと複雑な心境の混じった笑顔を浮かべた。

「悪かった。いや、すいませんでした。んで、どこに行っ・・・きましたって?DIO様は。」

 使い慣れていないような敬語でホル・ホースが再び問う。セオがいい女だったのでちょっと口説いてお話でもと最初は思ったのだが、自分の現ボスの女に手を出そうとするほど無謀な事はしない。

「図書館にいるはずですよ。」
「へー、恋人同士だってのに本を読むのは別々なのか。」
「ホル・ホース!!!」
「いやいや悪い悪い。」
「今日は何となくですよ、ご心配なさらないでください。」

 申し訳ねえ、と言うようにホル・ホースはヘコヘコと頭を下げながら部屋を出て行った。テレンスは最後まで彼を睨んでいたし、セオはセオで不思議なものを見る目を離せなかった。

「・・・すいません、あの様な失礼な態度をみすみす見逃してしまいまして。」
「いえ、自由で面白い人だと思いました。平気ですよ。」
「そう言っていただけて安心しました・・・。」

 セオが寛容で良かったとテレンスは胸を撫で下ろす。セオとしては寛容も何も、ホル・ホースの言動にはひとつも苛立ちを覚えなかったので本当に平気なのだが。
 やりとりをしているうちに湯気が消えた紅茶、セオはカップを持ち上げて一口啜った。美味しい紅茶だ。何時間か潤いのなかった口の中が満たされていく。

「美味しいです。」
「重畳です。あとでまた軽く食べられるものをお持ちします。」

 嬉しそうにニコと笑うテレンスはどこまでも礼儀正しい。スタンド使いだからディオに目をつけられたと聞きていたが、元々執事かなにか、その様な奉仕を本職にしていたのだろうか。セオの家は一般の家庭だったので勿論執事など居なかったが、ジョースター邸でメイドも含めて主人に奉仕をするのが本業である人との交流は多かった。ジョースター邸の人々に負けないくらいな丁寧さがテレンスにはあった。
 テレンスはトレーだけを持って出て行く。セオは再び本に目を落とした。






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