trance | ナノ



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「あら・・・あなたもしかして、『吸血鬼の女性』?」
「はい?」

 図書館で1人、イギリスの文学を読んでいたセオに、後ろから女性の声がかかる。吸血鬼の女性、というのはどちらも自分に当てはまるが、この女性は自分の事を言っているのだろうか。赤い頭巾を被った、褐色の肌の女性。腕と脚はすらりと長くスタイルがとても良い。脚を露出するのは受け入れられないが、女のセオも羨ましく思うほどの姿だ。

「ああ、やっぱり。DIO様と同じ赤い目をしている。」
「あなたは?」
「わたしはマライヤ。9栄神の1人、バステト女神のマライヤよ。」
「では客間に集まっている方の1人なのですね。」
「ええ。」

 マライヤは、立ち上がったセオの姿をじろじろと四方から見て回る。顔立ちや髪やスカートの丈、色々な女性として大切なチェックポイントを見られた。セオは抵抗したかったが、9栄神は強いと聞いていたので下手に動けない。大胆な行動にたじたじである。

「クラシカルでイイ感じね。流石100年前、淑女の時代から来ただけあるわ。姿勢も良くてホレボレしちゃう。」
「・・・ありがとうございます?」
「今の女には無い美しさだわ。」

 セオは素直に照れた。急に褒められたが悪い気はしない。マライヤはセオの肩をすっと押し、再び椅子に座らせた。彼女は椅子の肘かけに腰をおろし、上からセオを見おろす。

「テレンスが言ってたのよ、DIO様の本命がいるって。他の野郎に言ってなかったということは、男には会わせすらしない気なのね。大切にされているのが分かるわ。」
「・・・大切にだなんて。」

 セオは赤面する。知らないところでも大切にされてるなあなんて自信過剰に思う。
 マライヤはサイドテーブルに重ねられた本の中から一冊、適当に薄いものを取り上げ、5.6ページめくって見てからすぐに元の場所に戻した。またちらちらとセオの事を見て、ニヤリと口角を上げる。

「DIO様って貴女と居るときどうなの?普通のカップルみたいなものなのかしら。」

 普通の、といわれても、この状況が普通ではないのは重々承知であるので返事に困った。生き返る前に誰と付き合ったこともないので比較も出来ない。

「普通と比較ができない・・・。」
「あらそう、じゃあ夜は?あのお方と一夜を共にして生き残ってる女なんて全然いないから、こんな話聞きたくても聞けないの。いたとしても次の日には館を追い出されてるし。」
「え・・・!」

 赤面を通り越して茹で蛸になるセオ。夜の事なんて聞かれたところで答えられるはずがない。彼女は両手で頬を覆い、背中を丸めて顔を隠した。この時代ならば、女同士で自分の恋人との話もできるのだろうが、生憎セオはそんな交流を知らずに生きた人間である。

「・・・そうよね、淑女さんには答えられないわよねェ。変なこと訊いたわ許して。」

 若干育ちを馬鹿にされた気もするが忘れよう。しつこく問いただされるよりはマシだ。頭を上げて、まだ赤みの残る頬を抑える。マライヤからつんと顔をそらし、あからさまに答えたくないですという態度をしてした。
 まてよ、マライヤの話しぶりからすると、一夜を共にした女性は決して少なくないことがわかる。一体何人の女性を相手にしたのか。それも、吸血だけ、でなく。そういう意味で。好奇心か何かで一晩過ごしたあとに生きて返した、というのも許し難い。いや、殺せば良いというのでは全くないが。今となっては吸血だけに留めてくれているとしても、セオのは自分が不愉快に思ったのを自覚した。

「あら、言ってはいけないことだったかしら。」
「いえ、分かっていた事なので・・・。」

 自分が生き返る前の事だ、気にしない方が賢明だというのは分かっている。今は自分だけを見てくれて、他の人は食事の為だけに連れてきている、のは分かる。

「淑女さんでもそんな顔するのね。」
「人並みには。」
「悪くないわ。」




 ふいに背後から石畳の上を歩く音がした。マライヤは腰をあげ、姿勢を良くして音のする方を見てじっと待つ。彼女には誰が来るのかわかったのだろう。かくいうセオも、この堂々とした、遅くはないが悠然とした足音の持ち主は分かる。
 現れたのは思った通りのディオだった。彼は真っ直ぐセオの方にやってきて、彼女の頭をそっと撫でた。待たせて悪かった、とでも言いたいのだろう。

「・・・マライヤ、お前もここにいたのか。」
「はい。セオ様という方が気になりましたので。」
「そうか。」

 先ほどセオに向けていた人を見定める様な目から一転、マライヤの瞳はとろんととろけ、目の前に居る信仰の対象に心酔しているようなものに変わった。変化は直ぐに分かった。恋慕でも淫欲でもないその視線には、純粋な崇拝しかない。セオはある種ほっとした気持ちになる。

「他の者達は館を出た。お前も行ってくれるな?」
「もちろんです、必ずわたくしがジョセフ・ジョースター達の息の根を止めてみせましょう。」

 マライヤは一礼をして図書室から出て行った。ディオと離れるのが惜しいというように最後まで彼の方を見ながら、そして廊下に消えていった。彼女は明確に、ジョセフ達を殺すという意志を持っていた。それはよく伝わってきた。彼女自身にはジョセフ・ジョースターとの軋轢は無いのであろうが、本気でいるのは分かる。彼女のすべてであるDIOの命令は絶対なのだ。
 じんわり、と、セオの手が汗ばんだ。

「ジョースター達はついにエジプトに上陸したようだ。」
「うん。」
「セオ、君はどうする?あのジョジョの・・・君の親友である者の子孫だ。」
「わたしは・・・。」

 言葉に詰まる。答えなど、セオには用意できない。恋人と、親友の孫たちと、どちらも大切だ。選べ、というようなディオの問いには答えられない。きっと彼もそれを分かっている。分かっているうえでの言葉なのだろう。もしかしたらセオを試しているのかもしれない。最愛の人が、自分を取るか、それとも、古くからの親友を取るか。しかしこうして聞くと言うことは、自分を否定する言葉は出てこないと踏んでのものだろう。言わせない、ではない、セオは絶対に彼女自身からディオを否定する言葉言わないと分かっている。しかもどちらを取るか迷って答えが出せない、セオがそうなるのも予想済みで。

「すまないな、君が答えられないことなど知っていた。・・・君は考えなくていい。おれたちはおれたちで決着を付ける。」

 セオは考える。どうすれば、双方が生きて残る事が出来るのか。いや、きっとそんな方法なんてない。必ず決着をつけなくてはならない問題なのだろう。セオには事の深刻さのすべては分からない。ただ、自分が口を出してはいけないのは確かだ。
 なにか策はないのかと考えるが、セオは非力な女である。吸血鬼になったとはいえ、格闘も護身もやったことのない女だ。スタンド能力はあるが、それはまだ実戦向きではない。ましてディオとジョセフ達を止めるために使うには向いていない。がんばったところで2人とも亡き者にするくらいである。

「わたしは、戦って欲しくない。でも、そうはいかないんでしょう。」
「そうはいかない。おれはジョースター家の血を根絶する。向こうもご先祖様の意趣返しはしたいだろうな。」

 その返事を聞いて、セオはずるりと滑り落ちるようにして、椅子の上に背をつけて寝転がる。そして仰向けになった頭に本をかぶせて目をつぶった。だらしない格好になったが、気にしている余裕はなかった。一人にして考えさせて、というように、セオは本でディオとの間に壁を作った。






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