trance | ナノ



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 館は全体的に汚かった。長年降り積もってきた埃まみれだったり、館の主に無許可で巣を張るクモたちがいたりなど、決して綺麗とは言えない様相だった。図書室も、本は読めるが読むための環境が最悪であった。ディオは短時間ならここで読んでいくが、長い間読みふけるとなると部屋に持ち帰って読むらしい。
 セオは自分の死後に発行された社会学系の本や思想関係の本を3.4冊見繕った。つい最近ディオが読んだのか、どれも他に比べていくらか綺麗である。

「今の君にはこれも必要じゃあないか?」

 一緒に図書室で物色をしていたディオが、セオに一冊の絵本を差し出した。幼児向けに大きな文字で『もののなまえ』と題の付けられたもの。ページをめくってみるとそこには、タイトル通りに色々な物の名前がイラストと一緒に載って紹介されていた。セオの全く知らない電気製品系も載っている、これは大切だ。

「ディオもこれで勉強したの?」
「ああ、なにせ100年で世界はめまぐるしく変わったからな。あとでイギリスで使われている歴史の教科書も持ってこよう。」
「ありがとう。こんな大の男が小さな絵本を見ていると思うと、ちょっと面白いな。」

 イージーチェアにディオが座り、その上に無理矢理セオは座らされた。恥ずかしかったので抵抗したが、結局は捕まえられ、おとなしく座らされた。ディオの筋骨粒々な肉体(正しくはジョナサンの)は彼女が1人乗って暴れたくらいではスンともしなかった。
 セオが『もののなまえ』を読むのを、ディオも一緒になって眺めた。世界中色々なところを見て回った彼には、もう十分に役目を果たした本。それを今度は生き返ったセオが読む。なんと幸福なことであろうかと彼は思った。

「・・・車?これは馬は必要ないんだね。」
「ガソリンで動いている。これは良いぞ、良い乗り物だ。」
「そのうち乗ってみたいなあ。あ、テレビもある。」
「この家には電線もテレビもない、悪いな。」
「外に出た時に見るよ。」

 わくわくして絵本を読むセオは、まるで子供のようだった。齢20、もうすっかり淑女ではあるが、こんな幼い喜び方をするのか。そんな姿も愛しい、と、ディオは心で思う。

「機械かぁ・・・面白いね。ねえ、街に行かない?直接目で見てみたいの。」
「そうだな、ならばカイロタワーに行こう。あの天辺ならばカイロの街が見渡せる。」
「行ってみたい!連れて行ってください!」

 胸を高鳴らせるセオ。ディオは早速クロークを見に纏い、テレンスに出掛ける旨を伝えに行った。





 すらりと背の高いカイロタワー。180Mちょっとのそれは、セオはには見たことのない高さだった。下から見上げると首が痛い。上に行けばどんな良い景色なのだろうか。セオは早速タワーの入り口に向かったが、それをディオは阻止した。彼はセオを姫抱きにすると、タワーの後ろの、表からは四角になる茂み入った。そして上を見上げる。まさか、と、セオは思った。そのまさかだった。ディオはグッと屈んでジャンプをすると、タワーの壁を器用にジャンプで駆け上がり始めたのだ。さすが人間を超越した者。考えることもビヨンドしている。セオはきゃー!と叫びながら連れて行かれるがままだった。
 天辺はドーム状になっていた。ディオは セオに、柱に捕まって立つように言い、彼女をそっと下ろした。そして柱を持っていない片方の手を握る。セオの脚はかくかくと震えた、しかし下を見下ろして緊張も恐怖も吹っ飛んだ。
 土壁の街並み、通りにはどこもかしこも灯りがたくさん灯っていてふんわりと明るい。街全体が発光しているような、そんな感じに見えた。少し高めの時計台も遥か下、タワーに並ぶ高さのものはない、まるで世界の全てを見下ろしているようだった。

「うわあー・・・。」

 感嘆。言葉に出来ない。
 街の外れの砂漠や、今は真っ暗な地平線も見える。空を見上げると、街の灯りにかき消されない星たちと、欠けた月が輝いていた。

「どうだ?」
「最高だよ・・・ありがとう、ディオ。こんな風景初めて見た、嬉しい。」
「喜んでもらえて何よりだ。」

 カイロの風がセオの髪とスカートを揺らす。その時、ふ、と、ディオが何かに反応して後ろを確認した。セオもつられて後ろを見る、が、特に変わった様子はない。背後も街と砂漠と空が広がっている。しかしディオには何かが分かったようだ、彼は眉を顰めて、威嚇するように牙をチラリと見せた。

「どうしたの?」
「・・・ジョセフ・ジョースターだ。奴のスタンドには念写能力があるらしい。今、奴に見られた感覚がした。」
「・・・ジョースター?ということはジョナサンの?」
「ああ、アイツの孫だ、そして曾孫もいる。奴らはこのおれの呪縛を解こうと、このカイロを目指して旅をしているのだ。」
「ジョナサンの子孫が・・・。」

 曾孫がいるだなんて、セオはより一層100年という年月の経過を感じた。
 ところで、あの頃からの因縁はまだ残っているのか。ディオがジョナサンに斃され、それで終わりではなかったのか。ディオがこうして再び世界に暗躍している、そして、ジョナサンの子孫達がディオに会いにこようとしている。これはきっと、また何かが起こるのだろう。深い因縁を感じる、カイロで双方が出会った時、またなにかとんでもない事が起こるような気がした。ディオはジョセフ達についてそれ以上何も言わなかったが、セオの中に生まれた嫌な予感は拭えない。





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