trance | ナノ



... 0 7 ...


 次の日の日暮れ、である。太陽光に当たると死んでしまう吸血鬼は夜行性。セオは日が昇る前に客室のベッドで就寝した。目が覚めたのは丁度太陽が遠くの砂漠に沈んで消えていく頃だった。昨日のうちに教えてもらっていたディオが食事(ワイングラスに入れた血液と人間の食べるものを少し)を取る大広間にやってくると、丁度ディオが食事をとっていた。彼に合わせて時々に昼夜逆転の生活をしているテレンスも居た。
 セオは以前ディオが餌にした女性の服を借りて着るのだが、それでは申し訳なさや何となく感じる嫌悪感でいっぱいになるということで、今夜はディオにカイロの街へ連れて行ってもらうことにした。

「夜に服屋さんってやっているのかなぁ。」
「まだ日が暮れたばかりだ、開いているだろう。」
「だといいな。」

 館を出て少し歩くと、大きな通りに出た。繁華街は夜でも明るく、イギリスで言うバーのような店が軒を連ねていた。
 七色に光る電灯、道を走る馬車のような鉄の塊・・・どれもが100年前には見られなかったものだ、セオの心は大きく高鳴り、色んなものが輝いて見えた。一番驚いたのはテレビだ、バーの店先にあるテレビは、小さい箱の中で映像が動いている。映写機がずっと発展してこうなったらしい、服屋そっちのけでがぶりついてしまった。

「すごいんだね、発展って。カメラで写真を撮った時以上にすごい。」
「吸血鬼になって良かったか?」
「・・・わりと、悪くないかなぁとは思い始めている。血も吸血鬼になれば美味しく飲めたしね・・・ただワイングラスに注いでくれたもの以外は無理だと思うけれど。」

 ディオと乾杯をして飲んだ一杯の血はとても美味しかった。なんとも形容し難い、しかし甘くて舌触りが良くて、これが世界一美味しいとさえ思った。飲んでしまえば道徳なんてものもなくなった。これは吸血鬼としては良い成長なのだろうか。
 小さな服屋を見つけた。店は小さいが中には色んな服が詰まっている。宗派によって決められた女性の服装を遵守したようなものや、露出の多く色っぽい踊り子衣装、学生向けのものなど様々が乱雑に並べてある。出来れば昔(とは言ってもセオにとってはついこの間の感覚だが)着ていたおとなしいロングスカートがいい。ついでに言うと上もブラウスでベストがあればなお良い。
 ディオがこれが良いのではと丈の短いスカートやなぜか腹部の出ている衣装を勧めてくるがやんわり断った。その一方でセオは理想通りの丈の長いスカートとブラウス、そしてベストを見つけた。濃紺の生地は上品で、イギリスにいつ帰っても周りに馴染めそうである。カイロやこの時代に馴染んでいるかどうかは別である。ディオに支払いを任せて早速着替える。何処の誰とも知らない、落ち着かない服を脱ぎ捨てて着替えると、やっと身なりが落ち着いた。

「とてもいい、満足してる。」
「それは良かった。どうする?このまま街を見て歩くか?そうすれば君のスタンドの実験台になりそうな奴が大勢いる。」
「試していきたいな、実験に使っても良さそうな人っていうのが引っかかるけれど。」
「街の外れには柄の悪い奴らがいるんだ、そういうのなら構わない、そうだろう。」
「わたしは命の軽重なんて考えないよ。」
「まあ、そういう考え方もあるんだ。」
「貴方がジョナサンは殺そうとして、わたしは生き返らせたように?」
「・・・ジョジョの名前は出さないでくれ。」
「ごめんね。」

 大通りから道をひとつ逸れると、ディオが言ったとおり、柄の悪そうな人が集まっていた。ひとつの怪しいバーに溜まって、何かを吸っている集団がある。考えなくてもわかる、あれは麻薬の類だ。セオはあからさまに眉をひそめた。
 酒に酔ったのか顔を真っ赤にして路地に入っていく男の姿が視界に入った。大通りと繋がっている細い路地。ディオはセオの耳元であいつにしろと囁いた。セオはこくと頷く。路地に消えた男・・・40代くらいに見える少し痩せ気味の男のあとを追って、セオもそこに飛び込んだ。
 フラフラした背中、セオはそれにむけて手を伸ばす。手の先から、白い手が浮かび上がった。はっきりとしたヴィジョン、まるで石灰のような白、脆そうな皮膚がよく見える。男の背にセオの手が触れる。男は誰かに触られたのに気づき、ふと振り返ろうとした。しかし次の瞬間、男に異変が起きた、館でスタンドを当てた女性の時よりもずっと早い効果だ。男の脚がさらさらと砂になっていった。まるで吸血鬼の様な。

「が・・・なんだ・・・お前・・・!」

 男は振り返り、自分に起きた異変の原因を捉えようとした。しかしそれをセオは許さない、ぎゅっと背中の肉ごと服をつかんで身動きをとれなくする。するとついに身体全体が砂になり、さあと地面に落ちてしまった。

「砂になった・・・消えた・・・この人、吸血鬼なの・・・?。」

 ん?セオは残った砂に注目を続ける。手を離したのに元に戻らない。ヴァニラや女性の時は直ぐに変化は消えて元に戻ったのだが。

「・・・ど、どうしよう、殺してしまった。」
「ふむ、効果を持続させるとそのまま死に至るのか。だいたい2分を要したな。」
「冷静にならないでよ!人を殺したの・・・え・・・。」

 あまりにも呆気ないものだった。自分はただ男の背中をつかんでいただけ、生気を吸い取るでも何か凶器があったわけでもない。ただ、見えない何か、得体の知れないものが砂に変えただけだ。セオは恐ろしくなって、男から隠れるようにディオの後ろに隠れた。

「疑う余地もなく消えた。しかし君には何の非もないさ。ただ死期が早まっただけだ。」

 信じられない。興味半分だった心の中が罪悪感でいっぱいに塗り替えられる。さっきまで背中に当てていた手ががたがたと震えた。そんなセオの手をディオは取って、ぎゅうと握る。怖がる必要などないと、堂々としていればいいと、そう言ってくれるようだった。しかしセオにはそうできない。全てを割り切り、腹を括ったディオとはまだ違うのだ。

「まだ人間であって、今後吸血鬼になるというのなら助かるだろうな。」
「まだ人間?」
「ああ、まだ人間で、今後『誰かの手によって』吸血鬼になるというのなら、いまおれがそうすればいいのだ。」
「できるの?」

 ディオはセオの手を離し、砂の横に屈んだ。彼は、手首をぴっと切り、そこからどくどくと溢れる血液を砂の山に垂らす。砂が土のように固まり始めた。ぶちぶち、と、肉体の組織が生まれ変わる音がする。男は脚だけでふらりと立ち上がった。大きく痙攣しているその姿はとても気味が悪かった。こちらに振り向く男の目、焦点は定まっておらず、顔はセオの方を向いているが何を視界に入れているのか分からない。
 セオは思わず、ヒッ、と、息をのんだ。

「セオには刺激が強すぎるようだな。確かに気味の悪いツラをしている。」
「きゅ、吸血鬼。」
「君は覚醒と同時に理性を取り戻したんだがな。」

 歩くわけでもなく、しゃべるわけでもなく、男はただ佇んでいる。あまり見ていたくないが、自分の失態で男はこうなってしまったのだ、

「このまま街に放置して何が起こるか観察するのもいいが、今騒ぎを起こされても厄介だ。連れて帰るか。」
「館に置くの・・・。」
「もう少し時間が経てばおれ達と同じようになるさ。それまではあまり目のつかない所に置いておこう。」





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